ケーススタデイ

うわさの会社の気になる制度

建前」「やらせ」を徹底排除 本音ムキ出し、リスク覚悟の風土改革

 いすゞ自動車では,今ひそかに風土改革が進められている。「ひそかに」というのは,トップダウンで推進体制をつくって,全社一斉に展開していくような運動ではないからだ。TQCなど過去に取り組んだ全社運動の失敗を踏まえ,全く新しい方法で改革運動が展開されている。推進本部も事務局もなし。出入り自由でメンバーも固定されない「100人委員会」が,改革の核となるメンバーを次々と生み出し,ダイナミックに企業風土を変えつつある。

やらせ、格好付け、おつき合いを排除した改革運動

 「100人委員会」は,いすゞの風土・体質改革を討議し,実行していくことを目的として,92年11月に発足した。「100人」とは,多数の人という意味で,委員会に参加するメンバーの数というわけではない。
当初は部長職を対象に,「21世紀のビジョンを考える」というテーマで公募したところ,17名が集まった。この委員会では議論が白熱し,意見が分かれて紛糾した。風土を変えるには,まず自己を疑ってみるという作業が必要だ。果たして,従来の価値観で成功体験を積んできた部長に,それができるのかという疑問も出てきた。
そこへ,係長クラスの若手社員数名が,自分たちも委員会に参加したいと手を挙げ,4人ほどが入ってきた。いすゞをなんとか変えたいと願う,意欲的な人たちだった。
「100人委員会」の仕掛け人であり世話人の一人でもある北村三郎氏(人事部門担当役員付部長)は,委員会で若手の発言を聞いているうちに,「頭の柔軟性がある若手社員の方が,改革を推進できるかもしれない」と思ったという。

・参加を強制しない出入り自由の公式活動

 この100人委員会の大きな特徴は,メンバーになるのも辞めるのも自由という「出入り自由」の原則で貫かれていることだ。一般社員から経営幹部まで,全社員に参加する権利があり,また参加を強制するものでもない。
各自掲示板などを見て,参加したいと思う人が自主的に参加するのである。一度参加して良かったと思った人が,口コミで仲間を誘うこともある。上司から「行ってみたらどうか」と,いわば強制的自主性で送り出されることもあるが,原則として上長は部下に参加を命令してはいけないことになっている。逆に,100人委員会に対してあまり熱心でない上司に対して,部下が上司を説得するケースもあるという。
指示・命令による活動でないだけに,100人委員会がインフォーマルな活動のような印象を受けやすいが,これはれっきとした公式活動として位置づけられている。
92年末に策定された中期経営計画の中では,全社重点課題として組み込まれ,予算も確保している。

・トップ風士改革の先頭に立つも運動推進はトップダウンに非ず

 92年2月に就任した関和平社長は,『いすゞの皆様へ』という小冊子の中で,「全社的に異常な高コスト体質に陥っているのではないか。形式主義,机上論,セクショナリズムがはびこり,全社的に活性に乏しく,持てる力が発揮されていないのではないか。つまるところ経営風土・企業体質の問題に尽きる」と指摘し「私が風土改革の先頭に立ち,私自身がまず変わります」と,改革の必要性を訴え,トップ自ら変わることを宣言している。
100人委員会は,こうしたトップの意向を具現化する場でもある。それでも,職制を通じて活動をアピールしたり,参加を呼びかけたりしないのは,上から押しつける「やらせ」や「建前」で失敗した,苦い経験があるからだ。
かつて,同社では,TQC活動に取り組み,デミング賞受賞に挑戦していた。しかし,全社総がかりで取り組んだその活動はノルマ化し,やがてごまかしとつじつま合わせの活動に流れてしまった。
当時北米部長だった北村氏は,「発表のための資料作成などで,本来やるべき仕事ができないくらいTQCに時間をとられていた」と話す。
“活動のための活動”にしないためには,トップダウンではなく,社員を信じて自主性に任せる活動にするしかないと,北村氏は結論を出した。外部協力者として,コンサルタントの柴田昌治氏と組み,意識改革を通して,改革に意欲あるメンバーを発掘してきた。そうした活動を通じて,現在の100人委員会の素地を作ってきたことになる。

・目標は利益を生み出す体質づくり

 改革意欲に燃える社員を次々と巻き込んで,それぞれが各職場で世話人となり,部門100人委員会が生まれていった。93年3月には,取締役・担当補佐を中心とした「経営幹部100人委員会」も発足した。
現在は,100人委員会のあり方や方向を話し合う「全社100人委員会」のほか,「川崎工場100人委員会」や「小型開発100人委員会」「商品企画100人委員会」など,工場単位,部門単位の委員会が続々と誕生している。北村氏も,自主的な活動だけに,すべては把握しきれないという。
いずれの100人委員会も,目標は「利益を生み出す体質づくり」にある。委員会では,世話人がその委員会に合ったテーマを話し合いで決め,討議が進められる。

・問題,原困,対策というパターンを追わない

 取材に伺った日は,ちょうど「川崎工場100人委員会」の2回目の会議が同社の研修セミナーで開催されていた。この日の出席者は24名。初めて参加する人が8割を占めた。参加者は「職場の100人委員会には出たことがあるが,川崎工場の委員会にも出てみようと思って」「上司に出るよう言われて」「忙しい時期なので職場を抜けにくい状況ではあったが,ぜひとも出たいと思いなんとか上司を説得して」など動機はさまざま。
この日のテーマは「『カべ』の正体は何・・・!?」である。儲かる儲からないという視点から,私たちの回りに見え隠れするカべについて話し合ってみようというものである。
討議に入る前に,業界周辺の実情やトップの経営計画についての情報,組織や体質の問題などについての情報が提供された。
その後,5〜6人のグループに分かれて,日頃問題だと思っている事がらなどの意見を出し合ったあと,全体討議に入る。討議の進め方のプロセスとしては,次のページにあるようなガイドラインを提示している。
討議の進め方のプロセス(ガイドラン)
1 「意味のない仕事をしていないか」という視点で社内外の事実を見る
2 「問題」と思われる事実を出し合って共有する
3 なには本質的な「問題」かを共有する
4 その「問題」の背景にある「部門の常識」を共有する
5 これからの「部門としての望ましい常識、価値観」を共有する
6 その「常識、価値観」を実現するために、どのように行動するかを共有する

問題→原因→対策という,この種の会議にはつきもののパターンを追わないのが大きな特徴である。

・自ら気づいて行動や意識が変化することを期待

 討議のルールとしては,「ホンネでやる」「発表を目的にしない」「個人を攻撃しない」「実行に結びつくまで,自主的に討議を続ける」「上下関係を気にし過ぎない」「討議内容を書きとめる」「経営幹部はメンバーと同じ目線で」などが挙げられている。
これは,最初からあったルールではなく,今まで実施してきた討議の中から生まれたものである。従って,問題の本質に迫る方法として,もっとよいルールがあれば,自分たちでどんどん作っていこうというスタイルになっている。
とにかく,人のためにやるのでなく,自分たちの仕事をやりやすい環境に作り変える活動であり,自分たちで委員会を育てていこうというやり方なのだ。
日程も,具体的な討議テーマも,情報提供を北村氏に依頼するかどうかも,すべては世話人が話し合いで決める。最近は,経営環境や経営計画に関する情報を聞きたいというニーズもあり,経理部長を交えた情報提供会も始まった。
こうした自分たちに任された自由なやり方は,今までなじみが薄いだけに,戸惑う人もいるようだが,委員会で討議しているうちに問題に気づき,仕事の仕方や行動が変わってくる人もいる。
100人委員会での討議を通じて問題、部門の常識、お互いの気持ちを共有すると、対策を決めなくても自分の行動を変えることにチャレンジしたり、だんだん仕事に対する価値観や意識が変わってくるという人もいる。そうした意識の変化が,この委員会の目的とするところである。

さまざまなところに見られる効果

・主体的に動く社員が増えてきた

 さて,100人委員会は果たしてどういう効果があるのだろうか。変化の兆しは随所に見られる。同社の風土として,セクショナリズムや定量偏重,部門間・上下間のぶつかり合いの回避などがあったが,それがだいぶ変わってきたという。
具体的なエピソードを挙げてみよう。川崎工場100人委員会の世話人である手塚氏は,同工場の委員会を実りあるものにするには,ぜひとも工場長自身が変わったことをアピールしてもらいたいと,数人の仲間とともに面会を申し入れた。委員会活動を通じて,工場長も同じ考えを持っていることを知っていたからこそ,必ずわかってくれると判断できたわけである。
そうはいっても,係長,主事クラスの社員が,取締役である工場長のところへ直接意見を具申すなどということは,今までの同社では考えられなかったことだ。
手塚氏は,他部門とのコミュニケーション不足から発生しているムダな作業にも気が付き,部門間の話し合いをコーディネートするという行動も起こしている。
いわば自立した個人として,セクションや上下にこだわらず,「利益の出る体質づくり」を阻む壁を取り除くために,言うべきことは言い,問題を見つけたら,ただちに行動を起こすという社員が増えてきたのである。

・効果の調査報告はしない

 また,従来ならば,こうした風土改革運動に対して,どのような効果があったのか,経営幹部に報告するのが当たり前であろう。しかし,100人委員会の場合はそういうことをしない。
定量化できない意識の変化をあえて報告しようとすると,それは因果関係を無理やりこじつけた作文になってしまうからだ。いくらでも作り話を捏造することができる。また,このての報告は,委員会が何回開かれ,何人出席者があったかという,意味のない数字にこだわることにもつながる。それではかつてのTQCと同じになってしまう。
「我々は報告するために委員会活動をしているのではない。本当に利益の出る体質にするために,自分たちのためにやっているのだ」と,現場から,報告書を作成することによって生じる問題を指摘する意見も出るようになった。
「現場に行って,2〜3人の社員から話を聞けば,効果はすぐにわかる。トップも了承してくれています」(北村氏)。
こうした意見が現場から出てくること,そして,またそれがきちんとトップに伝わっていること。そのこと自体も大きな変化であり効果といえるだろう。

100人委員会の権力化は阻止

・一定のリスクは覚悟

 100人委員会は,前述したように,公認された活動ではあるが,職制に基づく命令・指示関係を伴わないだけに,部門によっては上司が参加をなかなか認めてくれないというケースが生じる。そのため,平等に参加するチャンスが与えられていないのではないかという指摘もある。その一方で「100人委員会だから仕方がない」とか「100人委員会に睨まれる」といった声も出てきている。
「100人委員会が権力を持ってしまったら危ない。そうならないようにしなければならない」と北村氏。
従来の価値視や意識を“本音レベル・参加自由”の柔軟な組織が変革していくわけだから,ある程度の秩序の混乱は避けられない。善意の変革の意志が,誤解や摩擦を生む可能性も当然ある。
コンサルタントの柴田氏は「委員会で,ある人のことが議論され,その人がたまたま異動になったりすると,全く関係ないにもかかわらず,委員会が人事に影響を与えていると言われかねない懸念もあります。だから,そういう点には十分注意する必要があるでしょう」と話す。

・今後は将来ビジョンがテーマに

 現在,100人委員会は「利益を生み出す体質づくり」を目標として活動をしている。まずは黒字体質に転換することが急務であるからだ。しかし,今後はその目標に加えて「21世紀にふさわしい企業文化づくり」をテーマに,同社の将来のビジョンや社会貢献のあり方,新しい企業イメージの構築などにも着手していきたいとしている。
乗用車生産からの撤退という大決断を下した同社の社員が,会社をどう変えていくのか注目したい。

  トップページに戻る