再建急ぎ大胆に決断 支える社外・企画経験者
昨年末、永年の懸案だった乗用車生産からの撤退に断を下したいすゞ自動車。本田技研工業との提携で乗用車販売は継続するが、踏み出した経営再建の道は険しそうだ。「今年はあらゆる局面で切所を歩くことになる」。今年初め、社長の関和平(56)は系列部品メーカーで組織する「いすゞ協和会」の賀詞交換会でこうあいさつを締めくくった。
リストラも若さで実現
92年1月に社長に就任した関。受け継いだ“遺産”は480億円にも上る巨額な経常赤字(91年10月期)だった。就任直後の社内集会で「いすゞの問題は戦線の肥大化、総花経営にある」と経営再建に取り組む意欲を表明した。7月には全社部長に「部長との対話」というパンフレットを配る。「朝令暮改は優柔不断に勝る。とにかく決めないのは最悪だ」。
本田との車種補完とそれに伴う乗用車生産の中止は、一連のパンフレットで社員に問いかけた問題に対する自らの回答だった。社員一年生の“駆け出し”ながら、世間をあっと驚かせたダイナミックなリスタラクチャリング(事業の再構築)を実現できたのはまず若さだ。トヨタ自動車や日産自動車であれば、常務になるかならないかの年齢である。それだけではない。頼りになるお目付け役
関体制は縦糸と横糸が緊密に織り成す形で、リーダーシップの基盤をつくっている。横糸はいすゞの三つの「後ろ盾」から派遣された社外出身役員である。筆頭株主の米ゼネラル・モーターズ(GM)、主取り引き銀行の第一勧業銀行。そしてGMとの提携を仲介して以来、親密な関係にある伊藤忠商事。入社以来、一貫して企画畑を歩き、GMとの提携劇でも活躍した関は、この三者と太いパイプで結ばれ、これが武器になっている。
関の補佐役として注目すべき人物の筆頭はドナルド・サリバン(49)。GMヨーロッパ副社長を努めた経歴を持つ。ステンペル前会長に変わってGMの全権をにぎったGM社長のジョン・スミスの人脈に連なる。
サリバンはいすゞの筆頭記者会見で「(ビッグスリーが求める)米国のミニバン関税引き上げには反対だ」と発言した。この言葉におそらくウソはない。いすゞはGMの連結対象会社だ。いずれはデトロイトのGM本社に戻るサリバンにとって、再建が成功すればキャリアパスになることは間違いない。
第一勧銀出身の専務の松香宏道(58)は財務・広報・工場などを幅広く担当する。銀行派遣のお目付け役のように思われることもあるが、実態はかなり違うようだ。春闘での難しい交渉やマスコミ相手の広報活動をそつなくこなす。「関体制にとって重宝な存在」と評する向きも少なくない。伊藤忠出身の役員では北米以外の海外事業を担当する常務の吉沢彪(55)と、非常勤取締役の伊藤忠アメリカ会長のジェイ・チャイ(59)。「思い切ってやればいい」。チャイは常々、関にこうアドバイスしているという。
生え抜き組みとして縦糸を構成しているのが関の出身母体の企画部門経験者。筆頭常務の大野修(55)は昨年6月に企画から北米担当に移った。左遷との見方も出たが、その後、GMの北米工場で中型トラックを現地生産するプロジェクトが決まり、その交渉に特命を帯びた大野が動いていたことがわかった。
今年1月には40年入社の三枝重雄(52)が取締役に昇格した。企画部門出身で、入社年次の最も若い役員となった。現場に不満 求心力必要
強固に見える縦横の体制だが、問題がないわけではない。関が社長就任直後に開いた社員との対話集会で、「いすゞの人事評価はどうもおかしい。部署によって損得が大きいのでは・・・」という疑問が社員から飛び出した。
GMや企画出身者を大切にするあまり、生産、開発、販売といった現場をないがしろにしているのではないかという不満が社内にくすぶっていることが浮かび上がった。
営業担当副社長の高橋純次(63)はディーラー出向から92年1月に復帰した。入社年次は関より8年も上。異例の配置といってもいい。乗用車生産撤退でディーラーの不満を吸収できる人材は関配下の若手の名簿にはなかったのかもしれない。
乗用車生産中止で同社株はリストラ関連銘柄としてもてはやされたが、「まだ山頂に到達したわけではない」と関は強調する。93年10月期も経常赤字は避けられそうもなく、復配のめども立っていない。
関は社長に就任してからの1年で手がけてきたことは「登るべき山を決め、その登山口まで会社を引っ張ってきたことだ」と答える。乗用車メーカーの老舗で、かつては名門自動車会社といわれたいすゞ。名門の礎だった乗用車を切り捨て、商用車中心の合理的な企業への再生を打ち出した。もう後戻りできない。社内の求心力を高めつつ、目標を現実に変える道をひたすら走らなければならない。 =敬称略(西条記者)
《いすゞ自動車》
・役員数40人(監査役4人含む)
・役員平均年齢=54.9歳。最年長69歳、最年少37歳
・役員学歴=慶大7人、早大、東大、東工大各4人、東京外大3人、東北大、京大各2 人、山梨 工専、米デ トロイト大、専修大、九州大、大坂大など各1人
・経営陣の主なメンバー(卒年は昭和)
飛山 一男 会 長 20年山梨工専機械卒
関 和平 社 長 35年早大第一法卒
ドナルド・サリバン 副社長 46年デトロイト大修士課程終了
高橋 純次 副社長 27年専大商経卒
松香 宏道 専 務 33年東大法卒
鈴木玄八郎 専 務 31年東大法卒《記者から》
いすゞ自動車が苦渋の決断をした乗用車生産の中止は、トラックやRV(レクリエーショナル・ビーグル)重点主義に経営のコア(核)を移すという意思表示でもあった。GMとの関係強化、他社との商品補完を柱とする中期経営計画の発表はこれを裏づけている。95年10月期の売上高は1兆4500億円(92年10月期は1兆1900億円)、営業利益は400億円(同181億円の赤字)を目指している。しかし、そこに至る道筋はいまだ不透明だ。
・一見して鮮やかな手綱さばきを見せる関だが、「土俵際の社長」であることに変わりはない。再建に失敗し短命政権で終わるようだと、後継者を社内から出せない状況に追い込まれる可能性もある。過去をよく知るいすゞグループのある関係者は「いすゞのトップにはハッピーリタイアメントできない宿命でもあるのか」と振り返る。若くして社長になった関が人生の最も大きな岐路にこれから立つことになるのは、本人が一番承知しているはずである。