提携の大ワザに挫折して基礎体力の重要性に気づく
ここ3〜4年の不況で赤字に苦しむ企業は多い。いすゞ自動車も1991年10月期に、483億円の巨額の経常赤字を出した。その後、再建計画に取り組み昨年10月期にはようやく47億円の黒字を出したが、445億円の累積損失が残り、4年連続の無配が続いている。
需要減少や、3年間で約900億円の減益要因となった円高がいすゞの現在の苦境につながっていることは間違いない。しかし、同社の根本的な病因はもっと深い部分にある。
いすゞの過去20年間の売上高経常利益を見ると3%以上の利益を上げたのが77〜79年のわずか3年。赤字が7年。残りは、ほんのわずかの利益だけだ。
自動車はスケールメリットがものを言う産業だ。しかし、いすゞは小さいゆえに苦境にある、とは言い切れない。日本の四輪メーカー11社中、売上高でいすゞは第6位だ。
いすゞはかつて、トヨタ、日産とともに日本のビッグスリー(御三家)だった。2年前まで乗用車生産メーカーは日本で九社あったが、大きなトラックから乗用車への転換をしたのは御三家だけであり、残りは二輪車や軽自動車から発展していった。
スズキの鈴木修社長は、「二輪車の開発者は四輪の開発に移せるが、その逆はうまくいかない。二輪は何円何銭単位のコストダウンをするのに、四輪は何百円単位の削減しかしないからだ」という。売上高で七位のスズキは、昨年、183億円といすゞの三倍以上の利益を上げた。
コストダウンでは小よく大を制する。これが日本の自動車産業がスケールメリットだけでは捉えられない点だ。いすゞはかつての御三家意識から厳しいコストダウンもできず、長い間、乗用車を諦めることもできない時期が続いていた。乗用車を捨て切れなかったツケ
いすゞと、同じくトラックを主力とする日野自動車工業を比べると、規模と企業の体力が一致していないことが、さらにはっきりとわかる。表のようにいすゞは日野の倍の売上高がある。それにもかかわらず過去10年中6年は日野のほうが高い利益を上げている。しかも、好況期はいすゞがわずかに上回るが、不況期には大きく日野に差をつけられている。
いすゞは日野よりも、資本が効率的に活用されていず、利益が少ない(総資本経常利益率)。最近になりその差は2.4%と縮まったものの、販売費や管理費がかかりすぎである(売上高販売一般管理費比率)。特に87年までは約6%もの差があった。また、トヨタに鍛えられた生産の効率化でムダが少ない(棚卸資産回転率)。これも最近では日野の0.6カ月分に対して1.09カ月分と接近したものの、91年の大赤字までは倍以上の差があった。
日野自工も30年前はいすゞと同じように乗用車の生産を行っていた。しかし、66年のトヨタの資本参加を機に、乗用車の生産を諦めトラックの専業メーカーとなり足腰を固めていった。
80年代の初めにいすゞは、乗用車生産に活路を見いだすための離れわざを放った。71年から資本提携関係にあったGMの世界戦略に乗っかり乗用車生産を拡大しようとした。当時は米国メーカーには到底、日本車並みの小型車は作れないとされていた。そこで、GMはいすゞから安い日本車の供給を確保しようとした。
84年にいすゞは乗用車生産のために、北海道工場(苫小牧市)や造った。まず、エンジン工場が稼働し、やがては組み立ても含めた一貫工場となる計画だった(北海道工場は、同社最大の藤沢工場の1.3倍の敷地を持つが、建物は十分の一である)。80年代初めにいすゞの資産や負債が増加したのはその対応のためだった。ところが、その後に当初は三年で終わるとみられた対米自動車輸出自主規制の延長や円高によって計画は頓挫してしまった。1〜2年で地固めができるか
この乗用車生き残りのための、最後の賭に失敗したいすゞが撤退を決断するためには、483億円の赤字を出した後の92年末まで侍たなければならなかった。
バブル期に一息ついたものの、やがて景気が後退し、さらにトラックに主に使われるディーゼルエンジンの排ガス規制強化に対応しなければならないという課題が表われた。
トラックの開発強化などに対応するための資金を得るために、いすゞは長期借入金を90年から94年にかけて1706億円増やした。「再建計画を立てる時に、含み資産にどれだけの担保能力があるかを気にした。乗用車をやめてでも、トラックに力を入れるのだ、ということで銀行に納得してもらった」と松香宏道副社長は言う。
ここ二年間の再建期間の間に、いすゞは大型から小型までのトラックのフルモデルチェンジを行った。借入金を増やしてでも、商品力を強化することに賭けたのである。
現在、日本の自動車産業全体が苦境に陥り、再編やそこに至る前段階としての提携が、自動車の構造的不況の特効薬であるかのように言われている。長期的に需要が減少するために、トラック四社に再編が起こるのでは、という噂もある。その可能性のすべては否定ができない。しかし、再編の前にすべきことは企業自身の体力の強化である。
いすゞは過去十数年の間に、日産、GM、スズキ、富士重工、本田技研、マツダと数多くの会社と、さまざまな形態の提携関係を結んできた。目まぐるしいほどの連携の連続だった。
いすゞの関和平社長は将来の合併論を聞かれると、「赤字の会社同士がくっついて、いい会社になるということはない」と答えている。
松香副社長は、「ここ1〜2年の間に、企業の力をつけること。それが今一番大切なことだ」と言う。
いすゞはともすれば、精神的、物質的“遺産”にこだわり続け足元の強化を怠ってきた。いすゞに今、必要なものは、一発逆転の再編の大ワザをかけようと惑うことなく、地道に足腰を鍛えることなのだ。(本誌・高林秀縦)