風土改革とは意識改革、自分の意思でやるべきことです。

インタビューアー    
新日鉄化学人事部 小林修さん
新日鉄化学樹脂部 瀬田みゆきさん

TQCでの苦い経験から「やらせ」の活動を払拭

小林:まず、いすゞ自動車が風土改革に着手したきっかけと今日に至るまでの全般的な流れをお聞かせ下さい。

北村:昭和30年代のいすゞ自動車はトヨタ、日産と並びビッグスリーと言ってもいい、いわゆる名門企業でした。トラックに強く、資産もあり、京浜地区では優良企業と呼ばれ、当時の就職希望者の多くが「ぜひ、いすゞに入りたい」と思ったものです。ところがその後、さまざまな経過があり11社ある自動車会社の中での位置づけがだんだんと落ちてしまった。そのような状況の中でも、いすゞという会社はかなりな資産がありましたので、上の言うことを聞いて会社内部の秩序に忠実であれば、そこそこ昇進していく。見方によってはあまり厳しくない居心地の良い会社ですが、それでは当然儲かりません。景気がよくなれば黒字になりますが、またすぐ赤字になり資産を売って給料を払う。その繰り返しでした。しかし今から5、6年前にどうしようもなくなってしまいました。癌で言えば末期症状です。
当時は、先代の社長が就任時に導入したTQC活動を盛んに展開していました。ところがこれが形式化してしまい、TQCで良いプレゼンテーションをすることが能力の高いことだ、というふうに目的と手段が逆転していたのです。さらに先代の社長は「デミング賞への挑戦」を宣言しました。そのため、仕事そっちのけで膨大な資料を作り、さらに資料をファイルから30抄以内で取り出す訓練など受審のための準備が進められたのです。そんなことを一生懸命やっていれば、会社はどんどんと悪くなります。そうするうちに、社員は経営陣を信用しなくなってしまったように思います。そして社員同士もお互いに不信感を持ちはじめ、部門間でも企画部門がライン部門を攻撃するオフェンス、ライン部門は企画部門にディフェンスするといった関係が生まれて厚い壁ができてしまった。普通であれば会社が完全に傾いてしまうような状況です。この様な状況の中から一部の社員が、これじゃしょうがない、このまま流されるのも面白くないと、今の風土改革が始まったわけです。

小林:事務合理化の室長というポジションに就かれたのはその頃ですか。

北村:TQCの下部組織として、ホワイトカラーの生産性向上を図るIJS(いすゞ事務システム)と工場の現場改善を目的としたIPS(いすゞプロダクションシステム)が設けられており、そこに海外部品部長だった私が異動となったのです。そこでいかにIJSがイカサマであったかを知りました。初代のIJS室長が自分で孝えたことを現場にどんどんやらせるわけです。「やらせ」で…。そして現場は「やった格好」をして数字を出します。例えば文書ファイルの幅を「50センチにしろ」などという目標を押しつけてそれを測定していく。全社画一的に進める。現場の事情によっては必要なファイルもありますから、そういう人は自分の車のトランクにファイルを入れておき必要な時は駐車場まで取りに行く。そんなばかばかしいことをやっていたのです。

小林:しかし室長という立場は本来それを引き継いで推進しなければなりませんね。それに異を唱えるのは大変なエネルギーを使われたと思いますが。

北村:それはたしかに大変でした。前任の室長がIJSの元祖で、この人が着任して3年目ぐらいから成功してきたように見えてきたため昇格し私は後任の室長として着任したのです。私の上司になった前任者は、いわゆる鬼軍曹タイプでガンガンとやられました。私もサラリーマンだし、まだわずかに出世の可能性もありましたから、あまりケンカしてもいけないと思い、やっているふりをしていたわけです。確かにホワイトカラーの生産性向上は大義として正しいし、そこへ私が今のやり方ではだめだと言っても断言できるわけもなく確信も持てない。
ただ、これは単なるつじつま合わせでしかないということは分かります。しかし、それを証明して変えさせるといったエネルギーはなかった。だからひそかに抵抗しました。

瀬田:その後、具体的な活動のきっかけとなったのは北村さんの意気に感じて動く人がでてきたということでしょうか、それとも北村さんが何か具体的な方向性を掲げてそれに賛同する人が増えてきたということでしょうか。

北村:会社というのはある種の権力構造から成り立っていると思います。社員一人が強い想いをもって何とかしようとしても周囲は動かない。限界があります。だからトップが社員の活動を本気で支援していかないと潰れてしまいます。

瀬田:改革のシナリオなどはご自分でお考えになるのですか。

北村:そうですね。何か物事に取り組むときは、小手先の作戦ではなくて大きな方向性をもったシナリオを描きます。ところが会社の体質を変えるといったような第一次計画、第二次計画のようなきちんとした見通しの立つ青写真はなかなか描けない。日々刻々と変わる状況に応じて、シナリオを書き変えていくのです。

小林:トップからの具体的な働きかけが社員を動かす一つのキーポイントとなるということですが、上層部の方がだんだん改革のための意識を持ちはじめ、それを広げていかれたのですか。

北村:そうですね、役員や部長も入って何回もミーティングをしました。しかしあくまで本社の偉い人がハタフリをして本社の運動としてやらせられるのではなくて、現場の人達の主体性、自発的な活動として進めるよう配慮してきました。

瀬田:女性の自主的な参加はありましたか。

北村:いすゞ自動車というのはトラックメーカーということもあって非常に男性的な会社です。もちろん女性も各部門にいますが一万六千人のうち三〜四百人と非常に少ない。女性のメンバーもいましたが長続きしなかった。ただ、最初から男性とか女性とか分け隔てはしませんでした。昔のいすゞの風土ではそうはいきませんが、今は性別も学歴も中途採用なんて立場も関係なくみんな同じだ、という思想が生まれつつあります。

瀬田:私の職場に限らず、情報の共有化や、意思の疎通などは非常に大切だという認識はあるのですが、実際にはなかなか実践できなくて、特に女性に伝えられる情報はすごく限られているように感じていまして・・・。

北村:女性は本物かどうかを見抜く直感が大変優れていますし、これから企業を良くしていこうというときには女性も責任を持ってどんどん参加していかなければいけない。だから、もし活用してくれないとか、話が伝わらないとかいうことがあっても、自分で閉じこもっていたらいつまでたっても女性の地位は上がらない。何度も諦めずに挑戦してほしいですね。

意識改革には刺激が必要 自分と違う人から何かを学ぶ

小林:意識改革の必要性は分かっていても、その実行は難しいと思います。いすゞではどのような方法で進めてられているのですか。

北村:風土改革をつきつめていくと意識改革になります。意識改革は自分の意思でやるべきことです。誰かが他の誰かの意識を変えてやろうという意図的なことがあったら決してうまくいきません。しかし、ものごとは何の働きかけもないと何も発生しないことも確かです。だから意識を変えられるような場やチャンスをつくってあげるのです。それをするのは会社の責任だと思います.
世の中はどんどん変わってきており、現状維持ではだめなことは歴然としており、そこで意識や行動を変える社員を必要とするなら、会社としてもそれなりの工夫をしなければいけません。だから私は「やらせ」はいけないけど「仕掛け」はいいと思うのです。その仕掛けもみんなが受け入れられるような、納得するような明るいもの、それをみんなが知恵を出し合って作っていく。
いすゞにはそういう人達がいっぱいいますよ。もちろんたくさんのミーティングを重ねた結果としてここまできたわけですが。

小林:その中で共感を受けたときに社員が自分で意識改革をし、会社を変えるために自らも働きかけようと動いていったわけですね。

北村:そうです。意識改革というのは自分がそうだなと思った時にできるものです。そのためには刺激が必要だと思います。今までと同じような人と付き合ってもあまり意識改革はできません。自分と違った人達と付き合って、違った体験をすることが必要ですね。例えば異業種の人と付き合うとか、年を取っている人は若い人と、男性は女性と付き合うといったことです。人はそれぞれ必ず学ぶところがあり、そこを見て、腹を割って話をしたりすると、なるほどなと思えることがあるのです。

風土改革は人の心に関わる仕事 自ら広いキャパシティを持つこと

小林:開発部門の改革から着手されて、比較的短い期間で業績が大幅に向上していますね。現在の成功に至るまでのポイントはどこにあったと思われますか。

北村:もちろん会社の戦略、経営のトップの決断、ポリシーがありました。でもそれを実行していく社員サイドに意識改革が進んだことも重要な要素だと思います。みんなで知恵を出し合っていこうというのは5年も6年もやっていましたから。
意識改革、風土改革というのは農業でいう土壌改良です。つまり土にエネルギーや養分があって、そこに種を蒔いて農家の人達が大事に育ててはじめていい作物ができるわけです。それが荒れ地になって、人の心がすさんでいては何をやってもだめです。

小林:そのためには常に継続を怠ってはいけないということですね。ところで、先ほど極地法のお話がでましたが、現在、北村さんから見て登山でいうと、いすゞの風土改革はどの辺りにあると思われますか。

北村:五合目ですね。というのはまだこれから購買、海外、企画、システム、人事等に波及していきますから
企業の風土や体質、これを企業文化とも言いますが、これは何十年もの歴史によって形成されています。でもこれから21世紀に向かって世界規模で環境も世の中も変化していく。そうした時に、今までの文化では取り残されてしまう。競争に負けると見たわけです。でも何十年と流れてきた文化を変えるには3、4年での急ごしらえではだめです。明治維新も封建時代から近代に流れを変えるのは10年以上かかりました。どんな会社でも国家でも、今までの文化を破壊するのに4年間、それから新しい方向を模索するのに2年間、それを塗り替えて定着させるのに4年間、全部で10年位はかかります。
今ちょうど5年目ですから、一種の破壊が終わってどういう新しい文化にしていくか模索中です。将来は破壊が得意の私に変わって、もっと建設型の人が現れて、21世紀に通用する企業文化を築いていくでしょうね。

小林:北村さんは、これまでいろいろな場所で多くの転機を向かえられ、そこで積まれた経験を今の活動に非常に役立てられているように感じますが・・・。

北村:この仕事は人の心に関わっていく仕事ですから、たくさんの人の心を受け入れるだけのキャパシティを持たなければいけない。それをやっていくと自分でも意識革命をせざるを得なくなってきた。それは今でも続いていますね。

ナマの情報を理論化し、提供する情報への考え方で会社も変わる

小林:北村さんが吸収されたさまざまな情報は「情報の共有化」を目指して社内に提供されていると伺っておりますが、その情報は主にどういったところから得られておられますか。

北村:情報は現場にあるということです。情報というのは第一次、第二次、第三次とあって、第一次情報というのは現場のナマの断片情報。第二次情報はその断片的ナマ情報に意味付けされた情報。第三次情熱とはマスコミで流通している情報。本や新聞になった時はほとんどの人が知っています。従って世の中の変化は文章になっていない第一次情報の中にあるわけです。私が集めるのはそういった現場の生身の人間から得た情報です。マスコミからも情報を得ますがあくまで補助的なものです。会社のトップに情報提供をする際に第三次情報を伝えてもあまり役に立ちません。

瀬田:さきほどからお話をうかがってますと常に笑顔を絶やさないでいらっしゃって、とてもやわらかい印象を受けますが。

北村:笑顔は「タダ」だし、嫌がる人もいないですよね。男性でも女性は笑顔を通じてどんどん魅力的な部分を出していったほうがいいですよ。顔だけの笑額じゃなくて、内面からの笑顔じゃないとだめです。いつも安定した気持ちでいること。それこそ私はたくさんの人と会いますから相手に会って良かったなと思っていただきたいし、私も何かお役にたちたいといつも思っているんですよ。

小林:今日はお忙しいなか大変貴重なお話をありがとうございました。

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