スペシャルレポート
瀬戸際いすゞ、副作用覚悟の大企業病治療
「お仕着せ排除」で社員動かす非公式活動は風土変えられるか
いすゞ自動車で生き残りを賭(か)けた「風土改革」運動が進行している。官僚体質にむしばまれ,お仕着せに拒絶反応を示す社員を動かすために,危険を承知で仕掛けた非公式活動だ。あえて混乱を演出するいすゞの苦悶は,大企業組織が抱える病の深さを象徴している。
5月28日,東京・大森のいすゞ自動車本社・いすゞホール。午前9時の定刻通り,全社部長160人を前にパネラーが登壇した。演題は「私は部門をこう変えたい」。販売,購買,生産、開発の担当常務4人が,コンサルタントの司会で自分の担当部門が抱える問題を披歴し,どう変革しようとしているのか,自らがどう変わろうとしているのかを“告白”するパネルディスカッションが始まった。
「短期計画はあっても中期計画がない。長持ちせずにコロコロ変わる」
「決定権の所在があいまい。協力企業が『決めてくれ』と言っても逃げる」
「会議を開かないと何も決まらない“いすゞ社会主義”に陥っている」
「本音で戦ってないから『これでいいや』となり,責任があいまいになる」
「部長会議の代理出席者が『部に持ち帰る』では,何のための代理か」
常務の発言があけすけなら,会場の部長からも次のような遠慮会釈ない詰問が飛ぶ。
「分からない,アイデアを出せ,計画を作らせているとおっしゃる。あなたは一体何なのか。もっと自分の意思をはっきりと出すべきではないか」
いすゞ能力開発センター(社員研修などを行う子会社=ITEC,本社東京)が提案したイベントは,「この非常時に」という人事部の意向でいったんは却下され,トップの了解で復活した。海外出張の日程を変更して出席した常務もいたという。会場で聞き役に回っていた関和平社長の懸念は「リスキーな試みだが,効果はどうだったか」。壇上の常務が三角帽子をかぶせられて人民裁判になる危惧と,逆に無内容の儀式に終わって「何だ,こんなものか」と受け止められる恐れである。反対で覆った人事部起案の応援計画 TQC推進室解散・・・“本音の洪水’
4月13日から5月の連休明けにかけての第1陣を皮切りに,開発、購買,本社などの間接部門から生産現場に応援を繰り出す「生産応援」が始まった。部課長級の管理職を含むところがミソで,第1陣の400人中,部課長は50人。2カ月の期限付きだが,実施期間は1993年10月までの再建期間中というから延べ4000人強、間接部門の人員をほぼ網羅する規模になる。
人事部起案の応援計画は、関社長就任直後の2月の常務会で承認された。ピーク時に3200人にまで膨らんだ期間工(臨時雇用の作業員,6月現在2400人)を減らして間接部門の社員で埋め,わずかでも人件費を削ろうとの趣旨だ。ゼネラル・モーターズ(GM)をはじめ大株主や第一勧業銀行などの銀行に再建への姿勢を示す一方,全社員に危機感を浸透させる狙いもある。
そこで予期せぬ波乱が起きた。応援を送り出す側の開発部門と受け入れ側の生産部門が「新社長は人を大切にするという方針を掲げたはず。対外的ポーズを強調した人事部の説明は人の気持ちを無視している」と人事を突き上げた。「権威の象徴とも言える人事がいったん決めて公表した施策が,社内の反対で履されるなどあり得ないこと」(管理部門幹部)だった。
人事部は計画を引っ込め,派遣側と受け入れ側の意見を入れて実施要領を練り直さねばならなかった。当時の管理部門担当,田尻洋三専務(現いすゞ販売金融社長)が全社部長を前に「趣旨説明,方針の下ろし方に配慮を欠いた」と陳謝する場面もあった。購買部門の幹部は「結果的に納得の行く形で収まったから良かったものの,人選まで済ませた応援計画が二転三転したのは,生身の人間にすれば耐えられないことだった」と語っている。
まだある。いすゞは飛山一男前社長時代の88年に「デミング賞受賞挑戦」を決意してグループ総がかりの全社的品質管理(TQC)に取り組んだ。そのQCサークルの年に一度の大会が4日後に迫った昨年11月26日,「いすゞグループQCサークル大会開催中止連絡とおわぴについて」というTQC推進室長名の通知書が正式配布前に全社に広がった事件である。
海外(英国)からの参加者が飛行機に乗ってしまったことなどもあり,大会そのものは「QCサークルを見直そう」という批判集会に衣替えして行われた。当日は小集団活動とは名ばかりの“一人QCや,データ集めと図表作成に1000時間も費やす無駄、改善効果の数字のねつ造,ノルマ消化のための発表済み改善事例の焼き直しなどの実態が次々と明らかにされた。翌12月,TQC推進室は解散した。
大会中止を社長に進言して,室長の地位にあった推進室の解散を率先遂行した鷲野嗣郎・品質保証室部長は「ノルマ化して,ごまかしとつじつま合わせになったQC活動を何とかしないと会社が持たないと思った」と話す。現在のいすゞには,品質保証室にTQC担当者が置かれているものの,会社の権威を背負った看板はない。人聞・設備の能力超えた仕事の洪水 その日暮らしの開発,生産現場
時間の経過を逆にたどり,いすゞで起きている象徴的出来事を並べてみた。そこにあるのは組織の権威と秩序が瓦解し,きれいごとの建前が履された後の“本音の洪水”,グラスノスチを進めた旧ソ連のペレストロイカをほうふつとさせる混沌である。
だが,瀬戸際に追い詰められたとはいえ半世紀を超す歴史を持つ大企業で,自然発生的に起きた現象と考えるのはナイーブに過ぎる。混乱状態それ自体はいすゞが変わり始めたことの証明であり,それを意図した組織を揺さぶる仕掛け人もいればトップの意思もあるのだが,それが目に見える組織活動として展開されているのではないがゆえに無秩序と映る。
開発,生産現場(藤沢・川崎工場)では何が起きているのか。
証言1(生産技術部門の課長複数)
「3年前から人がバタバタ辞め,50人の課で退職者は十数人にのぼる。学卒技術者で,あと2年もすれば係長という中堅どころが辞めていく。こんな状態だから,自分で設備の図面を引ける技術者が少なくなった。先輩の作った古い図面を持ち出して機械メーカーに発注する手配師になっている」
証言2(現場監督者の区・班長)
「班(10〜30人の最小組織単位)の50%が期間工という職場まである。ブラジル,ペルーの日系外国人が増えて言葉も通じない。それでも会社は本工,期間工の区別なしに要員1人と計算する。本工比率が高くなればなったで,引き抜かれて元の木阿弥」
「先輩が後輩の面倒を見る暇がない。現場の神様だった班長や区長もラインに張りつくことが多くなった。苦労ばかりで見返りの少ない区長,班長にだれもなりたがらない」
「現場の監督者は雑用係。帳票整理や通知書、報告書作りに忙殺されている。エンジニアが仕事の計画と作業依頼書を作り,現場は指示通りに動くだけ。開発の現場はジェミニ(主力乗用車)の設計の悪さを分かっていたが,上に聞く耳がないから市場に出て大騒ぎになる」
証言3(開発部門の部課長)
「プロジェクト当たりの要員が少な過ぎる。無理があるからミスが多くなって,やり直しの無駄な仕事が増える。仕事がオーバーフローしているところに,実情無視の経費削減や生産応援の割り当てが一律に下りてくる」
現場がモグラたたきのその日暮らしに追われるようになった原因の一つは,人間と設備の能力を超えた仕事の洪水だ。過去10年間に国内生産台数は42万台から49万台に増えたが(ピークは86年度で57万台),それ以上に車型(車体やエンジンなどの型を掛け合わせた構造上の車の種類)の増加が著しい。主力の小型トラックの車型は84年式の314から91年式は686に2倍増,RV(レクリエーショナル・ビークル)では81年の42車型が91年には149車型に3倍増。ほとんど売れない車型もあるが,何台売れようと車体やエンジンの設計,部品展開にかかる手間は同じだから,開発,生産部門の作業量は激増している。
もう一つは,会議を開かなければ何も決まらない“いすゞ社会主義”の一方で進行した仕事の空洞化である。「自分の仕事を振り返ると上と下,右と左の調整ばかり。本当のアウトプットを出す仕事をしている人間がどれだけいるのか」と語る管理職は多い。川崎工場では,工場長名でスタッフ全員にアンケート調査を実施した。「あなたの仕事は何か」「それは本当にあなたの仕事か」「部下や同僚のやっている仕事ではないか」・・・。「上から押し付ける“やらせ” 長続きした試しがなかった」
実態を見ただけではまだ,なぜ再建に向けた活動が目に見える形で整然と行われていないのかの説明にはなってない。関社長が就任直後に社員全員に配布したメッセージ『いすゞの皆様へ』の中に答えのヒントがある。
「今回の危機の本質はいすゞの持つ構造的な悪さが露呈した。持っているリソース以上に戦線を拡大し過ぎているのではないか。全社的に異常な高コスト体魔に陥っているのではないか。形式主義、机上論、セクショナリズムがはぴこり,全社的に活性に乏しく,持てる力が発揮されていないのではないか−。つまるところ経営風土・企業体質の問題に尽きる」
「私が風土改革の先頭に立ち,私自身がまず変わります。全社員,特に経営者・中堅管理者の皆様一人ひとりがこの問題について考え,具体的な行動を直ちに開始していただくことを切望します」
トップ以下の幹部の頭には,TQC,IPS(工場改善活動),IJS(事務合理化活動)など,過去の“官製”運動が残した傷痕への悔悟と反省がこびりついている。
社命の錦の御旗と外部の権威を傘に着て,上から押し付ける“やらせ”は長続きした試しがない。多くの社員は,やらせに乗った“ふり”をする面従腹背に陥ってしまった」という総活である。どんなに危機感をあおり立てても,組織や制度をいじってみても,お仕着せのにおいをかいだだけで社員は自分の穀に閉じこもってしまう拒否反応への異常なまでの恐れだ。
だから,再建のカギと位置付ける「風土改革(活性化)」活動には事務局も推進本部もない。ただ仕掛け人はいる。人事部門担当役員付部長の肩書を持つ北村三郎氏だ。外部協力者としては,日産自動車の組織改革で実績のあるスコラ・コンサルト(本社東京,社長柴田昌治氏)が介入している。年間契約料数千万円の支払いは人事部決裁だから,会社公認であることは当然だ。
北村・柴田コンビが現場に入り,自らの意識改革を通じて仕事と会社を変えようとする意欲のあるコアメンバーを発掘して,当初はボランティア的に活動の輪を広げてきた。しかし,社員の多くはそんな動きがあることを知らされておらず,知っていたとしてもボランタリーな活動と思われていた。「人事部は彼らがどこでだれに会い,何を仕掛けているのか,一切聞かないことにしている」(久保有徳・管理部門担当補佐)と言うように,活動が再建の柱に位置付けられるようになった今でも,人事は表に出ようとしない。
仕掛けもある。高卒社員の教育機関いすゞ学院(ITECの一部門)のベテラン講師、中川紀夫氏の私的な“裏”組繊の活用もその一つだ。コアメンバーのネットワークだけでは不十分だし,非公式(インフォーマル)活動に公式の組織や職制は使えない。労組執行委員の経験もある中川講師は、北村部長の求めに応じて社内各部署に散っている学院卒業生や労組OBの人間関係をたぐりよせ,本音の情報を伝達・収集している。とかく建前になりがちな“表”組織や職制を通じたコミュニケーションにはない効用もある。
社長方針が職場に浸透しているかどうかもチェックされる。「何も伝わっていないところ,社長の言葉をおうむ返しに下ろしただけのところ,部課長が職場の実情に合わせて翻訳して説明したところなど様々。サンプリングした情報は,北村部長から上に上がっていると思います」(中川講師)。意思決定を左右して二重権力構造を生む恐れも
会社組織が欧米流の機能集団であれば、本音と建前のかい難は少なくて済むのだろうが,全人的な忠誠と服従を求めがちな共同体的集団の日本では,必ずしも仕事本位に物事が進まない悩ましさがある。しかし建前に振れ過ぎた風土を本音に引き戻すための非常手段ではあっても,会社である以上、正規の組織と職制を飛び超えた非公式活動のはらむ陥穽は無視できない。
“活動”そのものに熱中して遊びに流れる本末転倒の危険。重大なのは、初めは傍流のゲリラ的存在だった活動家グループがトップと直結して動くようになり,意思決定を左右して二重権力構造を生む恐れがなくはないことだ。
活動の過程で問題があぶり出されてくれば,「ネックはだれか」に行き着く。生臭い問題は課長,部長,そして役員へと上級人事に波及する。「本当の改革とはそういうものなのかもしれない」(藤沢工場幹部)とはいうものの,形の上では非公式活動である点に疑問が残る。「ゲシュタポにはなるなよ」と上司に注意されたコアメンバーもいる。「特定グループを通じた情報を基に人事が決められているのではないか」と疑念を抱く社員も出てくる。社長交代で人事が動く時期だけに,疑心暗鬼が新たな軋轢(あつれき)を生む懸念もある。
トップはどう考えているのか。田尻元専務は「何が飛び出すか分からないリスクは承知している。非公式活動の弊害は避けられないから,長くやる運動ではないと思う」と語っていた。関社長は「特殊な人間がコーディネートしなければ動かない間は本物じゃない。会社全体が動き出す臨界点が来れば,正常な状態に戻すべきだろう。人事の危険性は分かっている」と言う。
混乱と揺らぎに焦点を当てて見てきたが、体質改善の具体的行動や成果も現れている。大型トラックの車型の削減が急ピッチで進み,乗用車部門では社長の指示で開発を中断した事例も出てきた。開発部門からは組織の壁を越えた活動が,RV「ニュー・ビッグホーン」のヒットにつながるというサクセスストーリーも生まれている。いすゞが変わり始めたことは間違いない。
1万数千人の大組織を揺さぶる「社員が会社を変える」実験は,不発に終われば再起不能の打撃を受ける後がない賭けである。混乱を収拾するマネジメント能力が問われるとともに,不採算部門(乗用車)からの撤退など事業領域の見直という経営の大本の決断が避けて通れないことは,だれよりもトップ自身が分かっているはずだ。 (末村 篤)
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