新入社員教育をどのように変えたらいいのか
1 はじめに
私はいすゞ自動車に新卒の新入社員として入社し、定年までの35年間、一つの企業で働いてきました。そして退職後の5年間はいくつかの企業で風土改革のお手伝いをしております。本稿はその間に気づいた人材育成に関する問題意識をもとにまとめたものです。
これからの時代は採用、教育、配置、処遇などの人事システムが大幅に改革されるでしょう。新卒者が正式に雇用契約を結ぶ前に、企業の中で働く体験をし、採用する側と採用される側の相性をテストするようなことも行なわれるでしょう。あるいは新卒者の採用を縮小し、プロ企業人の中途採用を雇用の中心にすることもあるでしょう。人事部が一括採用するのではなく、事業部や部門が必要に応じて採用、教育を行うようにもなるでしょう。採用、教育事業の分社化、専門化もいっそう進むはずです。プロのビジネスパーソンは自分の費用で能力開発を行い、キャリア経験を重ねて、ポータブルなビジネス能力をよりよい条件の雇用契約に結び付けるということになるかもしれません。
今は過去に有効だった人事システムが変わっていく過渡期にあります。本稿では今までのように新卒者を定期的に採用し、導入教育を行ない、配属をするという前提での「新入社員教育の変革」という論点で展開することにします。
2 新人社員を受け入れる職場風土の問題
新入社員の導入教育でビジネスの基本を教えて配属しても、職場でその基本が実行されていないことが最大の問題です。教わったことと現場で行なわれていることのギャップが大きいほど悪影響を及ぼすからです。
企業にとって「お客様がいちばん大切です」と教わっても、職場では幹部社員がお客様を見るよりは上役のほうを向いて仕事をしています。現場で行なわれる判断の基準がお客様のほうを向かないで、上を向いて言われた通りに実行するから社会の常識に反する企業不祥事が続発します。職場ぐるみの不祥事隠しをなくすために「内部告発の制度化」をするよりは、一人ひとりの社員にお客さまのほうに顔を向けるよう会社ぐるみの風土改革を行うべきでしょう。
また職場の活性度がいちばんよく表れる日常の挨拶のことです。職場では朝「お早うございます」ときちんと挨拶しましょうと教わって、配属先でそれを実践しても、日常的に挨拶が交わされていない。そのようなギャップを体験するうちに次第に挨拶をしなくなります。
新入社員と配属先の職場との関係はまさにB=f(P・E)の通りになっています。
BはBEHAVIORで行動、PはPERSONで新入社員、EはENVIRONMENTで職場風土、FはFUNCTIONで関数を表します。新入社員に教える教育内容と職場で実践されていることが一致してはじめて行動が定着するということになります。
従って新入社員に教え、企業風土として定着させたい事柄は一般論としてではなく、「こういう企業風土にしたい」という会社トップの意思を基にある程度、絞り込む必要があるでしょう。
ここで世間から評価されている優れた会社に共通の企業風土を挙げてみます。
● お客様のほうに顔が向いている
● 変化をするのが当たり前
● 基本(5S、挨拶など)が徹底されている
職場の先輩たちが自社の強みとして自信を持っている企業風土を見極めながら、整合性のある教育をしていくべきでしょう。
3 新人社員をどのような社員に育てたいのか
(1)自立した個性ある社員
これからの企業の変革の方向を考えると新入社員のうちから「自立心」と「個性力」を発揮させるような教育をしたいのです。「自立」とは「自分の頭で考えて自分の心で判断する」、「個性」とは「人は皆、違って当たり前」と定義しています。
右肩上がりの時代は新入社員だけでなく、マネジメントに携わる社員までもが「依存心」と「同質性」が強化されるよう育てられました。まず採用の時から、指定校、指定学部の成績優秀者をぺ−パーテストとわずかな時間の面接で採用してきました。偏差値が高い人たちは「依存」と「同質」の性向が強いといって間違いないでしょう。そして入社後の新入社員教育から始まる階層別教育によって社員の「依存心」と「同質性」は更に磨きがかけられました。そのように育てられた社員が企業戦士となって高度経済成長を支えたのは周知の事実です。
時代が変わってしまった今、このような「依存」と「同質」の社員では企業の成長を支えられなくなりました。「依存」と「同質」の社員は上役の指示に素直に従って仕事をする点では優れているのですが、何か新しいものを産み出す力、つまり創造力が不足しているからです。企業も個人もすでに「創造する時代」に入りました。「自立心」と「個性力」を持った社員こそが競争力のある商品、サービスの創造を実現します。そして一人ひとりの人間として生き生きとした人生を創造していくでしょう。
(2)学び続ける社員
人生では教わる時間より学ぶ時間のほうが圧倒的に多いのです。そこで社会への入口の段階で学び方を体得させます。教わるためには「先生と生徒の関係」が存在します。学ぶことの基本は「我以外、万物皆、我が師」という考え方で日常の仕事や生活を通じて自ら学ぶことです。日常で学ぶというベースがあって、問題意識を持った時に教室で教わるのが理想的な学習の方法でしょう。学生時代のように知識の量に価値を置くのではなく、「気づく力」「考える力」を伸ばすほうがどれだけビジネス社会で役に立つのかを感じとってもらいたいと思います。学び続ければ、知性と心は生涯、右肩上がりで成長できるということをまず学ばせましょう。
(3)テーマを持った社員
右肩上がりの時代、多くの企業人は「就職」するのではなく、「就社」しました。「寄らば大樹」という考え方で安定を求めて就社したものです。ですから、人事異動を受け身でとらえ、配置された先々で「仕事をそつなくこなす」人が優秀と評価されました。安定を求めているから、失敗を極力、回避しながら仕事をするようになりました。チャレンジやリスクを避けていては、仕事の能力が伸びないののは当たり前のことです。
今後、「やりたい仕事」「好きな仕事」といった仕事のテーマを持っていないと、プロとは言えない時代になっていきます。仕事を無難こなすだけでは、商品、サービスを創造するのは難しいでしょう。仕事が好きで楽しい、ということであれば、潜在能力も開花していきます。新入社員の時代から適材適所というのは難しいかもしれませんが、生涯にわたる仕事のテーマを見つけることの大切さを教えたいと思います。自己申告がもっと活用される時代、つまり「人事は自分で決める」という時代が近づいているからです。
(4)仕事の基本サイクルを回すことができる
仕事の基本サイクルは段取り・実施・後処理から成り立っています。仕事を通じて成長していくためには、段取り・実施・後処理のサイクルを自分、またはチームが一気通貫でやる必要があります。新入社員だからといって上役の指示の元に「実施」だけをさせられるのではなく、自分自身でビジネスサイクルを回せるようなトレーニングを新入社員の時代から取り組ませたいのです。
4 新人社員をどのような方法で育てるのか
以上のような四つの育成目標、「自立、個性」「学ぶ力」「テーマ発見」「仕事の基本サイクル」を修得するためには次のような方法が考えられます。
(1)導入教育
導入教育はなるべく短い日数で終わるのがいいでしょう。社長からは経営ビジョン、企業方針などを明確に提示していただきます。特に真(経営哲学)善(企業倫理)美(美意識)について社長個人の考え方をご自分の言葉で語っていただくことが重要です。あとはその企業の業界での位置付けなどマクロ的視点での講義を経営企画担当役員から話していただければ、講義はそれで充分でしょう。
教育担当者は新入社員に手取り足取り教える段取りをしないこと、新入社員が自ら調べ、学ぶようにリードすることが役割です。
(2)業務内容の調査、研究
会社がどのような商品とサービスを開発・製造・販売しているのか、そして組織や業務内容などは座学で教えるのではなく、自分たちで調べるようにさせましょう。数名のチームを組んで、自分たちが興味、関心がある職場を訪問、仕事の内容などをインタビューします。訪問する職場の事前研究、インタビュー項目の絞り込みなどのプロセスを通じて仕事の段取り・実施・後処理などの基本を学びます。
インタビューした内容を持ち寄って、調査、研究した職場の業務内容や課題、印象などをチームでまとめます。新入社員を受け入れる職場のリーダーはその職場への配属希望が出るように精一杯、対応します。あわせて配属して欲しい人材かどうかの見極めをするチャンスでもあります。
(3)販売現場での実習
お客様第一というマインドを育てるために販売現場での実習を行ないます。販売現場の実習は開店前の清掃、陳列、商品の搬送などの販売の段取りの仕事も体験させます。
特に店舗の周辺の清掃やトイレ掃除の実習は適切な指導者がいれば、「気づく能力」の開発、段取り・実施・後処理のプロセスを学ぶのに有効です。
メーカーの場合は販売現場が別会社のことが多いので、現場実習を工場実習ですませるケースが多いのですが、私はあえて販売実習の必要性を強調しておきます。従って教育担当者は販売第一線の受入先を見つけ、実習コーディネーターとの調整、受入先での実習プログラムを作成します。この仕事は簡単にことが進むはずもなく、並大抵のことではないでしょう。この壁を打ち破って、販売現場での有効な実習プログラムを作成するところに教育担当者としての力量があると思います。
(4)体験を共有するための合宿
業務内容の調査、研究が終わった段階、販売実習が終わった段階で体験を共有するための合宿研修をそれぞれ行います。合宿ですから「同じ釜のメシを食う」ところにも大切な意味が込められています。チーム毎に体験した事柄を発表し、体験を共有するようにします。プレゼの方法などは型にはめないで自由に工夫させることにより創意工夫の力を育てます。プレゼの場には現場でお世話した関係者も参加するといいでしょう。新入社員のほうから、学びたい、教わりたいテーマが具体的に提起されたら、その分野の専門家を招き座学や対話を行います。
(5)配属後のフォローアップ研修
競合他社の商品、サービスの調査と研究をチームで行ないます。職場での仕事の体験を通じて感じた職場風土の問題点を持ち寄り改善の提言をまとめさせます。新入社員の目から見ると職場では「職場の常識、世間の非常識」が当たり前に行なわれていることがあるからです。
5 終わりに
このような新入社員教育の改革の方向は私が現在、いくつかの企業で実践している風土改革の方法をベースにまとめたものです。「生涯、忘れない体験」、「汗を流す感動」を新入社員の心に刻むためには、新入社員教育の担当者が手間をかけ、汗をかいて計画、実行するしかないでしょう。マンネリを避けて時代のニーズを先取りした新入社員教育のプログラムを創造し、実行し、評価するという試行錯誤を続けていけば、教育担当者としてのプロフェショナリティーが身についていくでしょう。
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