この講演録は平成9年1月と2月に実施されたJR西日本の経営幹部(部次長)での講演を元にJR西日本の社員研修センターがまとめたものです。

いすゞ自動車の風土改革(下)


12.風土改革への処方箋

風土改革を実現するためには、二つの基本的な方法があります。一つは、例えば21世紀ビジョン委員会みたいなものを作って、「21世紀にはこのような会社にしよう」というような夢を描いて実行していく。つまり21世紀に会社の中心勢力になる若手社員を集めて、討議しながら実行していく「ビジョン設定型改革」です。これは目標が明確でわかりやすいものですから、全社的な取り組みにはある程度有効です。しかし、いすゞ自動車のような大赤字を抱え、しか重度の大企業病に冒されている企業ではなかなかビジョン設定型だけではうまくいかない。そこで、いすゞ自動車の体質改革では、もう一つのやり方として「問題解決型改革」で進めることとし、会社の抱えている問題点を洗い出し、その問題の原因を究明し、対策を実行するというやり方で取り組むことにしました。つまり、大企業病の症状を明らかにし、病気の原因が「人と情報の価値観」にあるという仮設を立てて治療しています。治療薬としては次の七つの漢方薬を使って進めています。

(1)社長メッセージ

社長メッセージというのは、極めて重要で、会社の方向性を示すためのものです。この表紙は関社長のッセージで、ワープロで打って社内で印刷したものですが、今までに5回ぐらい出しています。このメッセージには、社長の人生観、想い、哲学などが素直に述べてあり、日頃の経営方針などでは伝えられない価値観が盛り込まれています。社長がこのようにすると専務がこれを真似て自分のメッセージを出しました。次に部門長である開発のトップ、そして工場のトップが出していきました。このメッセージを作るポイントですが、会社の方針、課題、仕事、目標値などは、経営企画部門が作ったものがありますし、社内報にも出ていますから、社長メッセージの内容は、「無機質なものではなく、想いがあり方向性が示してあり、どういう価値を求めるのか」などというものが入っていて人を共感させるものがいい思います。書き方もなるべくシンプルに、分かりやすく書くことが大事です。そして、次に部門長、支社長、課長の順で出していくといいと思います。それから出来ればお正月や期の変わり目に「今年はこれだぜ」というような、非常に簡単なものでいいですからメッセージを発行する。時にはメッセージ委員会などを作り、経営幹部の人にインタビューを行い、それでドラフトを作り上の人とやり取りをしながら作るという方法もあります。そうすると自分ひとりで作ったものではなく、部下が参画した雰囲気もできます。そういうやり方も一つの方法であると思います。

(2)社長対話

次は社長対話について説明します。これは昔からやっていて、社長が就任するとなぜか決まって「対話をやりたいなあ」と言い出します。そして常務を呼んで、「対話やりたい」と言うと、常務も「対話ですか、いいですね」と賛成します。そうすると常務は人事部長を呼んで、「社長が対話をやりたいと言ってるんで」と言います。今度は人事部長が工場の総務部長に電話して「社長が対話やるといっているんで、お膳立てをお願いします」と連絡をします。これを受けて、工場の総務部長は「社長が来るんだってよう」「掃除だ掃除だ」といって掃除を行い、いろんな汚い所をきれいにしたり白線を引いたりします。社長が工場で何回か現場監督者との対話を行ったとき、こんなことがありました。
対話の出席者が工場の総務部から指名されて出てきます。工場の総務部はお弁当やコーヒーを出してサービスしますが、皆な緊張して対話にならない。そうすると社長の機嫌が悪くなり「なんだ折角これだけ時間があったのに俺ばかりしゃべって独演会やってしまったじやないか」となってしまう。こうなると総務部長がちょっと危なくなってきます。
このようなことを今まで体験学習していますので、対話の時は的確に踊りまわる社員がいたほうがいいということになり、うまく立ち回りをして納めてしまうことのできる人を選びます。しかし、その人たちは本音はあまり言わないということです。うまくパーフォーマンスをする人が総務部長の手帳に書いてあります。対話が来たらこいつを出そうと事前に準備しているわけです。これを「対話要員」と呼んでいます。つまりここでも「つじつ合わせで対応」して、社長も喜んで「やはり工場に行くといいのがいるなあ」と言うことになってしまう。こんなやり方をず一とやっていたものですから、実際には無駄な演出ばかりに終始し空しい思いをしていました。これでは改革できるはずがありません。それで対話のやり方を変えました。今では「対話」の世話人がいて、現場に『「社長来る」「副社長来る」対話したい人集まれ』というポスターを張ります。社長対話に参加するかどうかの拒否権を認めたいのです。このやり方ですとそんなに多数は集まりませんが、口コミの努力などにより自分の意志で参加を希望する何人かの人が出てきます。「社長ってどんな人だ」「一回そばで顔を見ておきたい」「直接話をしておきたい」「写真を撮って家に飾っておきたい」「子どもに自慢したい」というような人が出てきます。このように自らの意志で集まった人たちが参加して社長対話をやっています。その立ち会いには、私一人だけが出席しますが、当日は始まる30分前に行って「社長はね、本音でやらないと面白くないよ。社長に建前でやると、社長は活性化しないよ。だから社長にドンドン言えばいい。私が保証するからね」と。そして「今まで社長にいろんなこと言って首になった人は一人もいないし、異動になった人も一人もいないから」。このように事前に肩の荷を降ろすことを吹き込むやり方を行い、いままで64回もの社長対話をやってきました。その中で、社長が本当に伝えたいことは「ここだけの話だよ」「これはオフレコだよ」とざっくばらんに話すのですが、これが一番よく伝わります。次の日には工場のほとんどにこの話が伝わっています。このように社長のメッセージが身近に伝わっていきます。対話に出席した課長が300人の部下に社長と話したことを生々しく伝えると、すぐに下まで浸透していきます。このように腹を割って話をし、「うちの社長だったら会社よくなるかもしれないな」「こういう社長だったら俺達もついて行きたいな」という気持ちになってくるわけです。しかし、そういう直接対話をやると、ミドルの人たちの中には嫌がる人もいます。特に部長や課長の立場にある人たちは「直接やられたら困るよ。俺達がいない所でどんなことを話したんだ」ということになる。それでも私は平気で社長対話をどんどんやっています。これからはEメールの時代になり、そういうことに慣れてもらう意味からも必要なことなのです。

(3)100人委員会

100人委員会というのは、100人のメンバーを固定化しないで、なるべく大勢の社員に参加してほしいという主旨です。誰でも参加でき「出入り自由」になっています。つまり「やりたい人がやる」という考えを基本としています。これは100人委員会の全記録でが、平成4年から6年までの間に、これだけやりました。例えば、全社100人委員会、粗型材工場100人委員会、生産技術100人委員会、ボデー工場100人委員会、取締役・担当補佐100人委員会というように矢継ぎ早に行いました。100人委員会では大企業病の分析を通じ、社員どうしが共感し壁を取り払っていくようなことなどをやりました。

(4)ミニコミ誌

ミニコミ誌もたくさん作っています。例えば「100人委員会からのレポート」という情報誌を不定期的に発行しています。他にも風土改革に関連するミニコミ誌は、全社で 10種類位はあると思います。これらの内容は、職場改革のユニークな事例や社外から招いた講演のまとめなどを発行しています。それからミニコミ誌そのものではありませんが、もう一つブラスアルファでメディア対策も行っています。メディアにいすゞの風土改革の記事が出ると、社員は「たこ壷」に入っていますから、「あっ、こんな風にうちの会社は評価されているのか」となり自信につながっていきます。いろいろな雑誌に積極的に記事を掲載してもらうようにしているのはそういう目的もあるからです。つまりマスメディアを戦略的に活用しているということです。

(5)企業間交流

 企業間交流といっても、川崎にある大企業の東芝やNKKに行ってもだいたい同じようなものですから、全く違う所と交流しようということになりました。
そこで時代の流れと戦っている人たちとの交流を望み、中小企業経営の原点を学び、中小企業マインドを導入しようということで、いすゞの技術者と異業種の中堅企業の技術者との交流を行っています。一つ効果が上がった事例を紹介しますと、いすゞ系販売会社の東京いすゞの豊洲工場のサービスマネージャーとの交流でした。それまで、初期品質の不具合改良のプロセスは、販売会社のサービス工場からメーカーの品質保証部、そして品質管理部、製造、開発という流れになっていました。ここまできて初めて改良を行っていましたので、不具合の根本を直すのに2ヶ月もかかっていました。ここで、現場のマネージャーから、「自分たちの作った車がどのようになっているのか見たい」ということになり、交流を通じてナマの実態を見るようになりました。今では交流から戻ると、すぐにEメールで流し、不具合の状況原因を共有化していますので、いままで2ヶ月もかかっていたものがすぐに直せることもあります。これが企業間交流の大きな意義だと思いますが、実際にはサービス部門の仕訳けをする人たちが、自分たちの存在がなくなると文句を言ってきます。しかしお客様がどのように使っているのか見たいという社員の気持ちを押さえることはできません。もっと良くしたいという努力が大事で、このような人たちを守っていくことが、この活動では大切だと思っています。
また、私たちはミュージカル劇団の「ふるさとキャラバン」と交流しています。劇団というのは、とてもチームワークを大事にしており、照明係や衣装係、音楽担当などいろいろな人たちが協力し成り立っています。
この役者たちがかぶっている帽子はいすゞの作業帽で、これはいすゞの作業服です。このように衣装提供やトラックのアルミボディに「ふるさとキャラバン、いすゞ自動車から」というように塗装課の人間が派手に絵を描いて寄贈し、この劇団と親密に交流しています。平成8年2月25日には読売ホールを借り切って、1300人の社員が観劇をしました。いすゞ自動車は今バスケットボールが日本一なんですけど、このようにバスケットボールや都市対抗などスポーツの世界に加えてこのような文化の世界でも交流して社員が一同に会して、皆で楽しんでいくということも大切なんです。当日は、社長や副社長や専務も参加して一緒になって「裸になったサラリーマン」というミュージカルを楽しみました。また、今年の4月から8月にかけて、東京代々木のホワイトシアターのテント劇場で、いすゞ自動車をモデルにした「オーマイ・サン・社員」というミュージカルがロングランされます,このときも社員が一日借り切って観劇しようという活動をしています。

(6)自主勉強会  

これは職場の有志が自主的に講演会や勉強会を実施しているもので、講師は社内外から招かれます。例えば、工場の人たちが会社の財務状況について関心を持ったとすると、その場合直接社員が経理部長に依頼して説明会を実施したりしています。いまでは、社外の専門家を呼んで講演会を開催することも当たり前になってきています。

(7)オフサイトミーテイング  

これは「いつもの場所を離れて」というやり方の会合です。日頃の会議室や職場から離れてホンネで意見交換をするために行っています。主として、役員や部課長を対象に人事部が参加案内にあたっていますが、これも参加は自由で、会合の結果は対策や結論を出しても出さなくても良いという自由な発想で行っている活動です。

13.風土改革の効果

(1)漢万薬的効果と西洋医学的効果  

風土改革の効果とは東洋医学的で、手術に頼らず漢方医薬的効果を用いて自己治癒力により人間や組織というものを蘇生させていきます。これに対して西洋医学というのは、病気の原因を突きとめて、それを撲滅していきます。
東洋医学は、自己治癒力を高めそこをサポートするわけですから、コスト・品質・サービス・安全すべてに効能があると考えています。JR東日本では、「安全文化」「安全哲学」ということで安全対策部が音頭をとって風土改革もやっています。私も長野支社や水戸支社に行って講演をしましたが、風土改革をやりながら「安全第一」の職場づくりを目指しています。これは安全を西洋医学的に原因を追求し再発防止をする方法と、東洋医学の漢方薬的効能の両方を併用しているということです。
カルチャーというものは、そう簡単に変わるものとは思っていません。いすゞが7年かけたなら、私たちは3年でやろうといっても、そう簡単には出来ません。つまりカルチャーの改革というものは、外圧ではなく早めに手を打ち自分の意志で変えていこうとする戦略が必要だと考えています。

(2)絶対“差”  

カルチャーとしての土壌改良は、大衆運動としてボトムアップで行うのが基本だと思います。戦略や仕組みの改革は、トップダウンとボトムアップの平行つまりシンクロでやっていけばいいと思います。カルチャーづくりは時間がかかりますから、いいカルチャーを作れば絶対「差」になってきます。そういう意味でもJR西日本が、意思をもってある種の力ルチャーを作って欲しいと思っています。これからは絶対に競争が激しくなり、メガコンペティション(Megacompetition)の時代が到来します。そのとき重要な企業の財産は、お客様や社員が現場で毎日肌で感じる世界、つまりよい風土、よいカルチャーだと言っても過言ではありません。


(3)組織のハンドルの遊び  

いすゞ自動車は、風土改革のためにコストはおよそ1億円をかけています。一般経費は1,000億ですから0.1%になります。風土改革にかける時間は一人当たり時間コストで2時間位です。出入り自由ですから全員がやっているわけではありませんが、だいたい0.1%位になります。この部分の費用は、費用対効果を直結させないという考え方で行っています。心のイノベーションを数量的に報告しろといっても難しく、これは教育部門が一番苦労するところだと思います。説明できないから景気が悪いと教育予算がカットされたりします。経営トップは私のプレゼンテーションで効果を確認するのではなく、現場にいって対話することによって風土改革の効果を確認することが非常に大事となります。現在では、いろいろな変化が現れてきています。自動車がまっすぐ走るためにはハンドルの遊びが必要となりますが、組織にも「ハンドルの遊び」が必要であると考えています。この部分が風土改革のある種のコストと言えます。

14.右手の法則と左手の法則  

最後に申し上げたいことは、「右手の法則、左手の原則」という考え方です。今まで右肩上がりの国家総動員法の時代は、右手だけで会社を経営していました。右手の法則とは「効率・統制・フォーマル・左脳・IQ・義務教育・PDCA・金太郎」という視点で行っていたと思います。いままではこれだけでも経営ができたのでが、「右肩上がり」から「うつむき加減」の時代になると、右手だけではバランスが取れなくなってきます。左手を使ってうまくバランスが取っていけば更に良いと思います。左手の原則とは「創造・自由・インフォーマル・右脳・EQ・塾・ACDP・桃太郎」のことです。
いすゞ自動車は右手が90%で、左手が10%位のバランスで新しい風土を創っていこうとしています。つまり、このような左手の価値が生まれ、暖流と寒流、あるいはオールドウエーブとニューウエーブが入り乱れながら、変革が行われています。いずれは右手が80%で、左手が20%位になっていくと思っています。しかし効率も大事で、これが追求されていない組識はまだ沢山あります。ところが、効率と統制の延長線上にはクリエイティブは生まれてきません。創造性というのは、自由にいろんな事に挑戦することにより培われます。リスクを認めようという雰囲気がなければクリエイティブにはなれません。ですから会社には右手と左手の両方が必要です。また、義務教育というのは階層別教育や職能別教育のように、計画に基づき会社の施策として実施するものです.これに対し塾というのは、例えば幕末の頃、吉田松陰という人が山口県の萩の地において30坪弱の建物の中で、2年半に亙り下級武士を教えた松下村塾というのがあります。この地には別に明倫館という藩校があり、侍の子どもが通った学校があったのですが、実際に明治維新を起こしたのは、この明倫館で学んだ人たちではなく、松下村塾で学んだ人たちだったのです。このように、学校だけに頼るのではなく、私塾を通じて塾長の想いを伝えていくことにより、塾生が育っていきます。ですから会社の中にも義務教育と塾とを並列させるということが大事であると思います。ACDPというのはPDCAの逆まわりの発想でアクションファーストを示しています。まずアクションし、後で修正を行ってドゥをする。よければ更にプランを立てていく考え方です。[俺は右利きだ]と思い込まないで、ここにいる幹部の方々は、右手も使い左手も使ってバランスを取っていくことが大切であると言えます。部下には右利きもいれば左利きもいます。自分の価値観だけに頼らず、懐に大きく包みこみ、いろんな人をうまく統合させていくということが、これからの新しいマネジメントのやり方ではないかと思います。

15.変革の時代を生きる

(1)今の時代を生きる  

1975年から2025年の50年間は、大きな変革期と位置づけられますが、私たちはこの時期にたまたま幹部社員として存在するわけです。さきほどの2・6・2の法則ではありませんが、「誰かが改革してくれるよ」「それに乗っかっていけばいい」というような生き方もあると思います。また自らが百匹目の猿のようにその一人となって、20%の素直な人を巻き込み、更にはもっと大勢を巻き込むことにより改革することも出来ると思います。どの道を選ぶかは自分の問題であり自分で決めることです。そして民間レベルの私たちが改革を行い、グローバルな変化に対応することにより、日本が日没にならないよう、また日本が21世紀にも世界のリーダーの一員となれるようにしたいと思います。いま日本の将来についていろいろと危機的なことが言われていますが、日本人の知恵と能力でもって、もう一度新しい時代を創り上げていくことが、今日に生きている私たちの使命ではないかと思っています。

(2)志を持つ  

改革を志す人にとって、一番大事なことは何かと言えば、まず自分を固定化させずに変わり続ける能力をもつことではないかと思います。例えば人間の一生は、宇宙レベルから見ればほんの短い人生で、それもほんの一点であると思います。もっともっと知らないこともあり、別の世界もあることを積極的に吸収しながら、「今日よりも明日、明日より明後日」というように自分を成長させていく、そういう姿を自分の部下や仲間が見た時必ずサポートする人が現われてきます。必ずそれに同調する人が出てきます。そのように、自分が変わり続けられる能力を持てば、会社には定年があっても、人生の定年はないと私は思っています。 ご静聴ありがとうございました。(完)


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