21世紀の幕開けと共に、ファーレン東京は、フォルクスワーゲン東京へと社名変更した。1999年2月、林文子氏が社長に就任して以来、同社の売上は前年比約30%増で推移している。77年に31歳でホンダに入社した林社長は、年間145台の売上記録を打ち立てるなど、トップセールスとして活躍。87年、BMWに転職後は2ヶ所の支店長を経験し、いずれも販売成績を全店トップに押し上げた。その経営手腕を見込まれてのファーレン東京への社長就任とはいえ、林社長はわずか1年半で同社の業績を黒字転換させた。「企業は人なり」という言葉をまさに実感していると強調する林社長に、人材育成について伺った。
自分が何を考えているかをまず部下に伝えよう
■ モノが売れない時代であると言われている中で、御社はこの2年間、素晴らしい実績をあげておられますね。
林 お蔭様で2003年に予定した累損一掃は、2002年に前倒しできそうです。
■ 成功の鍵は何だと分析していらっしゃいますか?
林もともと潜在能力が高い会社だったのだと思います。
確かに私が社長に就任した当時は、赤字に苦しんでおりました。バブル時に投資した不動産の借入が本業を圧迫しておりましたし、経営不振から社員教育は不十分、ショールーム、サービス工場なども設備も老朽化が目立つなど、改善しなければないことが数多くありました。フォルクスワーゲン、アウディ販売に参入する以前は、いわゆる売り切り型の中古車販売を主とした会社でしたから、アフターサービスに対する意識が希薄で、顧客管理も確立しておりませんでした。14拠点もの営業所があるというのに転勤などの人的交流が少なく情報の共有化が乏しかったことも、社内の活力を削ぐ要因だったと思います。人事制度も年功的で、評価もはっきりしない。外資系であるにも関らず、非常に日本的な風土の会社だったのです。
しかし、社員の平均年齢は約31歳と若かった。1970年に創業した時からの歴史を踏まえれば、定着率が低いとと反省すべきでしょうが、風土改革ができ、業績向上に向けて社内の意識を共有することができれば、この若さは脅威になると思いました。
■ 風土改革をする、といっても簡単にはできないはずですが。
林 経営者としてではなく、営業パーソンの喜びも痛みも分かる先輩として、誠心誠意のコミュニケーションを重ねたことが、功奏したのだと思います。コミュニケーションは、言葉です。ともかく語り続けたのです。自分がどんな人間であるか部下に理解してもらっていないような上司に、部下が心を開くはずがありません。まず、自分が何を考えているか部下に伝えることからはじめなければ。
■ 「報告」「連絡」「相談」を「ホウレンソウ」と呼びますが、林さんの持論は「ホウレンソウは上司から」というものでしたね。
林 ええ。ですから私はこの2年間、私自身を理解してもらうために経営幹部をはじめ社員に対し、仕事以外のことも含めて、毎日毎日語り続けてきました。休日をどのように過ごしたかまで(笑)。「昨日出かけた公園は、桜が見事だったわ。で、あなたはどう過ごしたの?」という具合です。経営幹部だけではありません。できるだけ社員一人ひとりに声をかけるようにしました。「体調はどう?」、「お昼は何を食べた?」。
まず、私自身を知ってもらうこと。どんなに素晴らしい経営ビジョンを描いたところで、経営者の顔が見えなければ、戦略も戦術も共有することはできないからです。自動車のブランドイメージはディーラーが構築すべき
林 人を大切にするというのは、相手の存在を認め、理解し合うこと。上司の中には、「部下を、ベテラン、中堅、新人とわけて、名前では呼ばない人がいます。これでは、部下をセールスマシンとしか捉えていないと非難されてもしかたがないのではないでしょうか。「うちの林くんが」ではなく、「うちの女性が」「うちの中堅が」といった言い方に、かつて私自身が非常に寂しい思いを抱いていました。大切なのは、部下の一人ひとりと向き合うことです。
■ 確かに日本企業には、「うちのベテランが」という言い方をする上司が多いですね。
林 それは、まず“数字ありき”だからですよ。かつて多くの場合ディーラーは、目標である販売台数を意識するあまり、顧客満足よりも販売実績第一主義ともいうべきセールスマシンに自ら陥ってしまっていました。車を持つ喜びをお客様に提供するのがディーラーの仕事であるはず。そうであるなら、車をご購入したことで味わう顧客満足を、ディーラー自身が実感できなくてはなりません。
■ 林社長が就任して、営業所の営業時間が短縮されたと伺いましたが。
林 午後9時までだったのを、午後7時までに変えたのです。時短で得た時間を活用して、自らを磨いてほしいからです。一家団欒の楽しさを知らずに、お客様に心豊かな生活のご提案ができるはずがない。幸せな気持ちで働くことができなければ、お客様に気持ちのいいサービスはできません。長時間労働に疲弊すると、お客様に対しても慇懃無礼な態度になってしまいがちです。
私たちの仕事は、車のある、それもフォルクスワーゲン、アウディといったヨーロッパ車を持つというライフスタイルを提供すること。私は、自動車のブランドイメージをお客様に訴求する急先鋒は、本来、販売を担当するディーラーが担うべきだと思っています。ブランドイメージにそぐわない環境のショールームで、ブランドイメージにそぐわないような労働環境で車を売るのは間違っています。
■ なるほど。御社がショールームを使ってクラッシクコンサートやダンスパフォーマンスのイベントを開催するのも、ヨーロッパ文化を紹介することで、ブランドの持つ哲学や歴史を伝えたいという思いがあるのですね。
林 ええ。それに、幸福や豊かさとは、感性に響くものです。フォルクスワーゲン、あるいはアウディを持つ生活の豊かさを言葉で説明することは実は非常にむずかしい。しかし、芸術に触れることで、幸せや豊かさを実感していただくことができる。今後もイベントは積極的に行なっていきますが、近いうちにぜひ、能を企画したいと思っています。能が持つ研ぎ澄まされた美の世界は、ヨーロッパ車の持つそれと共通していると思うからです。
■ イベントは、非常に盛況だそうですね。
林 先日開催したダンスパフォーマンスでは、ダンサーと共に営業マンが運転してニュービートルも出演しました。斬新な演出は、非常に印象的だったようです。こういったイベントは、社員にも好評です。企画はもちろん、お客様へのご招待状から当日の舞台装置まで、すべて社内で分担して行うという、芸術家たちと一緒になってモノを創るという体験が、自分を磨くことにもなるのです。褒めるだけでなく、感謝することで部下を育てる
■ 働きやすい職場環境は、社員のやる気を促がすと。
林 そう思います。会社が生まれ変わることを視覚に訴えようと、まず初めに東名横浜店(東京・町田)の中古車センターを全く新しいデザインでリニューアルオープンさせたのですが、この店は結果的に前年比190%という販売実績を達成したのです。
99年4月からは、年功序列だった組織を改め、若手の抜擢を積極的に行ないました。女性もきちんとキャリアアップできるように制度を構築し、女性を主任にもしました。これは男性には少なからず影響を与えたようです。ある上司は、「女性をはじめて、戦力として考えるようになった」といいました。女性に対する見方が変わった。それまで当社では、女性はアシスタントにすぎなかったわけです。
■ 女性、というより部下のやる気をうまく引き出していない上司は、多いのかもしれませんね。
林 当社の事例ではないのですが、私が講演した会社の女性社員に、上司に感謝されたことはありますか、と問うたことがあります。約400名の女性社員にお尋ねしたのですが、答えはいかがだったと思いますか?
■ 「ある」という女性社員は、せいぜい1割程度かなぁ。
林 残念ながら、ゼロ、です。女性に限らず、部下に感謝する上司は、ごく少ない。褒めて育てる、ということはよく言われますが、私は褒めると共に、感謝することも忘れてはならないと思います。私は部下に「あなたと出会って、一緒に仕事ができて幸せだわ。どうもありがとう」と臆面もなくいうことにしています。いわれた当人は「私もです」なんてことはまず言いません(笑)。照れて苦笑するばかり。ですが、私は認められているのだ、というのが社員のモチベーションになり、それは仕事の結果となるのです。自動車を販売する喜びを社員全員で共有
■ 林社長の就任は、社内に大きなエネルギーを生み出したのですね。
林 短期間で結果がでたおかげで、社員一同、変革の手応えを感じることができたことが幸いしているのだと思います。
社名変更を記念して、全社員と共に、年頭にキックオフミーティングに続き祝賀会を行ないました。社員一人ひとりにIDカードを配ることにし、ミーティングの最後に代表者3名に壇上に上がってもらった。シドニーオリピックの余韻があったせいか、社員証であるIDカードを、思わず社員の首にかけてあげました。ただそれだけのことだったのですが、その後、パーティ会場に入ってみて驚きました。社員全員がIDカードを首にぶら下げているのです。わずか200名に満たない社員数ですから、カードなど下げていなくても全員が顔見知りであるにもかかわらず。しかも、会場内の華やぎと熱気。皆が一体となった喜びというのかひしひしと伝わってくるのです。
普段は寡黙なサービス工場のメカニックの男性が、「社長、僕、今年ははじけるよ」って、声をかけてきましてね。いえ、彼だけではありまません。社員が私と「やったね!」とハイタッチをし合うというありさま。本当にうれしい、感激の一時でした。
普段の仕事には、目標達成の感激に抱き合うなどという、テレビで放映されるドラマのようなエンディングはありません。実際、前年比30%増を実現しても、社内は淡々と日々の仕事をこなす、といった感じでした。私自身、あのような体験ははじめてのことで、本当に夢の中にいるようでした。その夜、家族に感激を伝えながら、寝てしまうのが惜しい、と思ったほどでした。
■ 自動車を販売する喜びを社員全員で共有されたのですね。
林 当社には「話し込み」という言葉があります。「コミュニケーションしてね、語り尽くしてね」という私の言葉を、社員たちが「話し込み」という造語にしてしまったのです。会議では営業部長が、「今月も話し込み、よろしく」といった具合に使っています。日本語としては乱れていますが、私にとっては本当にうれしい言葉です。
■ まさに“話し込みュニケーション”といったところですね。
●林文子(はやしふみこ)氏
1946年生まれ。東洋レーヨン、松下電器産業などに勤務後、1977年ホンダオート横浜、ホンダオートバックス(現ホンダクリオ神奈川北)勤務、1987年ビーエムダブリュー東京事業部(現ビーエムダブリュー東京) 世田谷支店勤務、同新車営業課課長、新宿支店支店長、中央支店支店長を歴任。1999年、ファーレン東京社長に就任。2001年1月、フォルクスワーゲン東京に社名変更。
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