5年ぶりの経常赤字に転落するいすゞ自動車。生産能力不足で内需拡大に乗り遅れ、その後増産に転じたら内外での需要減に直面。立て直しに失敗すればトラック4社の再編論も再燃しそうだ。
エンジンの鋳物部品が不足 「売りたくても売る車がなかった」
「エンジンのシリンダーボディーやヘッドなど内製している鋳物が不足して車が作れなかった。正直、こんなに需要が膨らむとは思ってもいなかった。いすゞ自動車の水澤譲治会長は,売りたくても売る車がなかった昨年を振り返り,悔しそうな表情をみせる。
自動車業界が内需景気にわいていた昨年、いすゞは生産が販売にまったく追いつかず、シェアが落ち込んだ。いすゞ系のあるディーラーは「納期が50日を超えたので,かなりのお客さんを他社に奪われた」と不満を漏らす。
この結果、90年の国内登録台数は普通トラックが4万5114台と前年を0.2%下回り,乗用車に至っては3l万4619台と前年よ販売増を期待していただけにシェア低下のショックは大きい。1月の株主総会では生産・開発担当の専務など役員7人が一気に退任、「引責人字」との噂が飛び交った。
いすゞは当初、生産が混乱した理由を「増産のために川崎工場にいれた機械が相次いで故障したから」と説明していた。しかし、エンジンの鋳物部分が不足したとなると、根本的に需要予測を誤ったと言わざるを得ない。
エンジンのシリンダーボディーやヘッドは、自動車の性能を大きく左右する最重要部品。自動車メーカー各社は,これらの部品を外注には出さず,内製している。鋳物の製造には熟練工が必要なこともあって、急な増産は難しい。つまり,どれだけ鋳物を内製できるかで,その自動車メーカーのも生産能力が決まることになる。
飛山一男社長は.需要予測の外れを否定はしない。「昨年は国内で作った分が57万台,海外で現地生産するノックダウン分が13万台。つい3年前は国内で53万7000台,ノックダウン分が2万6000台だったんだから,いかに急増したか分かるでしょう」。
突然の増産に苦しんだのは.系列部品メーカーも同様だ。いすゞの川崎工場と目と鼻の先,東京・蒲田でエンジン関連の部品を作る協力会社の社長は、こう証言する。「去年の稼働率は110%を超えていた。それでも当社はまだましな方だ。いくつかの部品メーカーは完全にパンクして.製品が流れなくなった。そのわずかな部品が足りないために、いすゞ全体の生産量が伸びなかった」。
加えて89年に富士重工業と共同で設立した米国の製造拠点,SIA(スバル・いすゞ・オートモーティブ)への人員派遺が混乱に輪をかけた。飛山社長は次のように説明する。「昨年SIAで新しいトラックの生産を立ち上げるため,班長クラスの熟練工を200人派遣した。日本ではジェミニのフルモデルチェンジ。うちの規模で勢力が分散したんだから,大変な思いだった」。
いすゞの組み立てラインでは2000人の季節工が張りついて増産に備えていたが、鋳物をはじめとする部品がないので,なかなかフル稼働しない。そうでなくとも季節工は作業に不慣れ。当然、生産効率は上がらなかった。
人手不足で,季節工の月給は40万円を超えることも珍しくない。工員募集の費用もかさんでいる。1台当たりの生産コストは、増える一方だった。根本原因を棚に上げて,人海戦術だけで増産を図ったことに無理があった。減量経営から増産体制に転換、その矢先湾岸戦争による販売低迷
増産に対応できなかった遠因として,減量経営の影響も無視できない。84年に飛山社長が就任した際、いすゞの短期借入金は約3500億円に上り,売上高の半分を超えていた。そのため飛山社長は借入金の圧縮を最大の課題とし,設備投資を抑えて1000億円弱まで縮小した。
この経営スリム化は,いすゞ株の約4割を保有するゼネラル・モーターズ(GM)の方針でもあった。一般的に米国企業は日本企業よりも短期の収益を重視、中長期をにらんだ設備投資には積極的ではない。まして当時のGM会長は.財務畑出身でコスト削滅を強力に押し進めたロジャー・スミス氏である。いすゞの設備投資が後手後手に回ったのもうなづけなくはない。
また,トラック4社は長い間生産過剰に苦しんだ経験を持つ。79年には19万台を超えていた国内の普通トラック需要が80年代前半には11万台弱と極端に低迷。各社は値引き競争に明け暮れた。83、84、86年には経常赤字に追い込まれたいすゞにとって、増産よりも企業体質の強化を優先したのはむしろ当然でもあった。
しかし減量化の結果、生産能力の不足から販売シェアはじわじわと落ちていく。国内の普通トラック市場では、86年の11万台から90年の19万2ooo台へと需要が急回復しが、いすゞのシェアは25.5%から23.5%へと落ち込んだ。
いすゞが増産へ踏み出したのは,現場の混乱を目の当たりにした昨年のことである。その背景には「借入金の圧縮は一段落したし、高水準の内需は当分続く」との判断もあった。
90年10月期の投資額は、それまでの300億円前後から570億円に急増し,構造的な生産能力不足を解消するため,岩手県和賀町に年産3万6000トンの鋳物工場の建設を決めた。投資額は300億円で,94年6月に完成予定。現在の川崎工場が年産10万トンだから,大幅な能力増になる。同時に,60億円を投じて北海道工場内にアルミ鋳物工場を新設する。94年までは,GMとGMグループの韓国・大宇自動車から,月4000〜5000トンの鋳物を購入して急場をしのぐ。
SIAから熟練工たちが帰国し,生産ラインの混乱も一段落、これから量産効果が出てくるという時に予想外の出来事が起きた。。湾岸戦争である。
いすゞは売上高の63%を輸出に頼り,中でも米国向けはその半分以上を占める。米国の自動車販売は.戦争が始まった1月から対前年同月比で20%近く落ち込み,戦争が終結した今でも回復をみせていない。それどころか米ビッグスリーは4〜6月の乗用車減産を1〜3月よりも一層強化。前年同期比で19.5%の減産を予定している。米国と並ぶ輸出先である東南アジアでも,販売の低迷が続いている。
確実に伸びてきた国内市場も,昨年末から陰り始めた。3月の販売実績は,前年同月を乗用車が7.8%トラックが0.3%,いずれも下回った。赤字270億円,4年ぶり無配へ コスト削減、部品メーカ−冷ややか
この状況を受けて,いすゞは91年10月期の計画を大幅に下方修正せざるをえなくなった。4力月前には59万2000台を予定していた国内、輸出合計の販売目標を,51万台まで減らした。米風向けの中小型トラックを生産している藤沢工場(神奈川県)では,既に生産調整に入っている。
昨年から積極投資に転換し,資金需要が増えている折だけに,販売低迷で受ける傷は深い。売上高は前期より5%程度減り,経常利益は120億円の黒字見込みから270億円の赤字に転落。4年ぶりに無配に追い込まれることがほぼ確実となった。
窮地に立ったが,飛山社長は以前のような減量経営に逆戻りするつもりはない。「抵公害エンジンの開発、安全対策の強化、生産ラインの自動化など,今やらなくてはならない課題は多い。今期予定していた730億円を1割ほど圧縮するが,必要な設備投資は続けていく」。ここまできて後戻りはできないという覚悟だ。
もちろん,手をこまぬいているわけではない。役員報酬を1O%以上カット。同時にアフタサービス面を充実して拡販につなげる。部品メーカーを巻き込んだ原価低減も一層強化するが,これは一筋縄ではいきそうにない。
ある系列部品メーカー首脳は,匿名を条件にこう打ち明ける。「いすゞ系の部品メーカーは儲からない体質になっている。今までは量が伸びてきたからコスト引き下げもできたが,これからは難しい」。
いすゞは経営のスリム化を進める際,系列部品メーカーに「いすゞに依存しなくても食っていける体質作り」を強く要求した。突き放された系列メーカーは、低価格を武器に他社系列に食い込んだ。そのため常にフル操業していないと,利益が出にくい体質になってしまった。
前出の部品メーカー首脳は,さらにこう続ける。「いすゞさんは“親亀がこけたら子亀も困るだろう”とばかりにコスト引き下げを要求してくる。むげに断るわけはいかないが,うちの取引の大部分はいすゞ以外のメーカーだ。我々自身は,いすゞ系ではなくて無色透明だと思っている」。円高不況の時には知らん顔しておいて,いまさら何だ,との思いがある。今後の「長期的な投資効果」に期待 不安材料はスタミナ不足
米国のSIAも大きな負担となっている。米国では輸入トラックに25%の高関税がかかるため,現地生産が不可避ではある。ただ,進出時期が米国市場の落ち込みと重なった。
飛山社長は「現在の月産4500〜5000台を秋には7000台まで引き上げたい。5年で黒字化する方針は変わらない」と主張しているが,91年10月期には100億円を超える損失を計上しそうだ。
国内乗用車販売の不振も気掛かりな材料だ。販売店の間では「せっかくフルモデルチェンジしたジェミニが発売早々で品不足となり,量産が軌道に乗ったころには人気が下がってしまった」との指摘が聞かれる。
飛山社長は今後についてこう語る。「今が一番苦しい時期だが、今の投資は,来年以蜂に必ず生きてくる。5月末までには,経営再建計画も発表できる」。生産能力を強化しておけば,将来需要が回復した時に再び品不足に悩む心配はない,と考える。
利益源である国内トラック市場は,多少落ち込むとはいえ依然として好調に推移するとの見方が強い。公共投資の増額や小口配送の浸透など.トラックが売れる条件はそろっているからだ。
そうなると「最近はいすゞも十分に量産できるようになったから,いままでのうっぷんが爆発すると怖い」というライバルメーカーの声は,あながち誇張ではない。湾岸戦争で一時的には伸び悩んでいるが、建設ラッシュが続く東南アジアでのトラック需要は底堅い。88年から下降を続ける米国市場にしても,91年が底だろうとの見方が少なからず存在する。
とはいえ円高不況から内需景気、湾岸不況へと続く景気の波に一歩ずつ乗り遅れ、270億円もの経常赤字を招いた経営陣の責任は決して軽くない。もし米国市場の低迷が続き,いすゞの業績がさらに悪化するようなら,かねてくすぶっていたトラック4社の再編論が再燃する可能性さえある。飛山社長の言う「長期的な効果」が先か,いすゞのスタミナ切れが先か。体力不足は隠せないだけに経営判断が遅れたツケは思いのほか大きい。(寺山正一)