大きな会社の中は「たこ壷」のようになっている。
歴史のある大きな会社には先輩が作り上げてきた社会的信用もあるしブランド商品もある。会社の中にはいろいろな設備、独自技術、システムがあって、自分独りがそれほど頑張らなくても、組織が利益を生み出してくれる。
そして毎月決まった日に必ず給料が銀行を通じて振り込まれてくるのだ。それに会社にはいろいろな部門があるし、多種多様な仕事が山のように存在する。それに会社にはトラベルサービスや保険代理店、食堂を経営しているものもある。健康保険組合は有名な観光地に保養所を持っている。会社は一つの社会だから冠婚葬祭のつきあいはとても大事だ。つまり大きな会社は自己完結型の社会だといえよう。
そのような会社に入ると、大部分の人たちはその会社の中に潜り込んでしまうようになる。会社の中の秩序と常識にそって働いていれば、何とか定年まで会社が面倒をみてくれそうな気がしてくる。時には、世間で非常識になっていることがその会社で通用する常識になっていることもある。「会社の常識、世間の非常識」「世間の常識、会社の非常識」というわけだ。自分たちがやっていることが「何だか変だ」と感じてもそれを口に出して言うことを差し控えるようになる。この「たこ壷」社会は大きな会社の良い面であるが、考えようによっては気をつけなければならない落し穴でもある。ところで大きな会社に入社してくる人々は最初から「寄らば大樹の陰」といった気分もあるらしい。「たこ壷」の中はぬるま湯になっていてじっと入っていると大変気持ちが良い。「茹で蛙」という実験があるそうだ。お鍋に蛙を入れてゆっくり暖めていくと温度が変わっているのに気がつかず、ついには茹で上がってしまうので、大会社のサラリーマンも同じようになっているのではないかという例えだ。最近は「たこ壷」のぬるま湯の温度も少しづつ上がってきた。
「たこ壷」の外は大変化の風がビュービュー吹いている。でも「たこ壷」に閉じこもっていると、外の風との温度差を感じにくいのだ。ところで会社の中をもっと冷静に観察すると「たこ壷」の中に更に「塹壕」を掘って立てこもっている風景も見えてくる。
会社によっては各部門、つまり「開発」「生産」「販売」「スタッフ」がそれぞれ「たこ壷」の中に奥深く「塹壕」を掘って立てこもっている風景も見える。部門を代表する偉い人が旗を持って大勢の部下を従えて「塹壕」に入り込んでいるのだ。
各部門は「塹壕」の中でそれぞれ作戦本部を作って他の「塹壕」の様子を窺っている。そのような「塹壕」に閉じ込められたサラリーマンは「塹壕」の中に「みみず穴」を掘って更に潜り込むようになる。「みみず穴」では「塹壕」の様子ははかすかに見えるが、「たこ壷」全体の様子はよく見えない。ましてや「たこ壷」の外の変化はほとんどわからない。テレビや新聞を通じて、かすかに変化の風を感じる程度だ。1990年までの右肩上がりの時代は「みみず穴」にいることが定年まで安住する最良の方法だった。ところが状況が変わってきたのである。21世紀を目前にした今、サラリーマンがまずしなければならないことは、「みみず穴」から出て「塹壕」に這い上がることである。「塹壕」に出られたら、今度は「たこ壷」全体が見える場所に移動しよう。それに成功したら、今度は「たこ壷」の外への脱出を目指そう。「たこ壷」の外に出られれば、きっと茹で上がらずに生き延びられるはずである。