マインド変革から始める新風士づくり

  異体験をすると意識の新陳代謝が起こるーこれが意識改革となる

私は昭和36年にいすゞ自動車に入社し、企業戦士として働いてきた。
いすゞは昔、トヨタ、日産と並んで御三家といわれた。しかし、いすゞの業績がどんどん落ちてくるのをみて私は「会社の風土に問題があるのではないか」と思った。
そこで、定年前の最後の仕事として、自分が一番興味を持っている風土改革に8年間取り組んだのだ。
多くのサラリーマンは「できるものなら変わりたい」と思っている。
しかし、その方法がわからない。そこで今回は、私の現場での実践を踏まえて「変わり方」を説明したい。
「当たり前のことをやろう」というのが私の呼びかけで、草の根のりーダーは、難しいことを易しく説明する必要がある。だから私の話は平易で、わかりやすいものになると思う。決して格好のいい話にはならない。

戦略、仕組み、意識の三位一体の改革を

会社の改革には三つある。
第一は戦略を変えるリストラクチャリングだ。リストラは今日クビ切りの代名詞のようになっているが、本来はヒト、モノ、カネの経営資源を配分し直すことである。
第二は仕組みを変えるリエンジニアリングだ。時代が変わって付加価値を生み出すシステムに制度疲労が出てきた。そこで、仕組みを変える必要が生じた。
いま、このリストラクチャリングとりエンジニアリングをしていない会社は生き残れない。言葉を換えれば、どの会社でもこの二つはやっている。ところが改革にはもう一つ、意識・行動の改革(リマインディング)というものがあって、これを行なっている会社は少ない。
いくらよい戦略を立てよい仕組みをつくっても、意識が変わっていなければうまく機能しない。そういう意味で、戦略、仕組み、意識は三位一体で改革するべきものだと、私は考えている。
戦略と仕組みの改革は急進的にトップダウンで進めるものだ。しかし、意識改革は時間をかけて穏健に、ミドルから変えていくべきものだ。トップダウンでもボトムアップでもなく、ミドルアップアンドダウンで緩やかに変えていくのである。そのほうが定着する可能性が高い。
では、組織風土とはどういうものなのだろうか。

いまなぜ風土改革が必要なのか

組織風土の本質とは、その会社に属する社員一人ひとりの意識・行動の集合体である。風土には、その会社の創業時からの歴史、創業者の考え方がDNAの遺伝子のように受け継がれている。
では、なんのために風土改革を行なうのか。私たちはいすゞ時代、社員の有志が話し合って二つの目標を決めた。第一は、「一人ひとりの能力を発揮できる職場を自分たちでつくる」。第二は、その結果として、「環境の変化に素早く対応できる体質をつくる」である。
自分の生まれ持った能力をフルに発揮できることが人間の幸せだが、自由にものがいえない職場だと、能力は発揮できない。誰かが風土を変えてくれると待っていても、誰もそういう変革はしてくれない。だから、自分たちで変えていくことが必要なのだ。
右肩上がりの時代、会社の組織運営は中央集権でよかった。みんながいうことをきく社員であることが求められた。しかし、いまはうつむき加減の成熟時代だ。それぞれが現場で考えて判断する自立分散型にならなくてはいけない。それが結果的に、環境変化への素早い対応を可能にするーーこうした仮説を私たちは立てた。
さて、組織というのは巨大なものだと、われわれは考えがちだ。いすゞ自動車には16000人の社員がいた。
「その中で、自分一人頑張っても仕方がない」と無力感を持ちやすい。
しかし、組織に対するものの考え方を変えれば、この無力感は乗り越えられる。
私は、組織の本質は「20人ほどの対面小集団の連結だ」と考えている。35年のサラリーマン経験から得た私の組織観だ。
自分の会社がいい、悪いという場合、みんなは自分が働いている職場をイメージしている。係長、課長が「変えよう」と思えば、20人の対面小集団を変えることは可能だ。それが積み重なって組織が変わっていく、と考えることこそ現実的なのではないか。
ところで、相田みつをさんにはこういう作品がある。
「花を支える枝、枝を支える幹、幹を支える根、根は見えねえんだなあ」。
右肩上がりの時代は、すぐに結果を出すことが求められた。しかし、これからは目にみえない、根の部分を大事にしていくことが重要だと私は考えている。それが企業文化の改革である。だから、私がこれから申し上げることは、すぐに花を咲かせるような処方箋ではない。

依存から自立へ、同質から個性へ

職場にはそれぞれ独特の仕事の仕方、行動の仕方がある。みんな職場に適応していきたいと望んでいるから、この周囲のやり方に合わせていく。
たとえば会議の始め方ひとつをとってもそうだ。10時開始予定でも、遅刻者がいるとダラダラ待っている会社がある一方、人が来ても来なくても時間どおり始める会社がある。
これがそれぞれの会社の常識であり、みんなは意識せず、それに従う。実は、この部分を変えない限り、風土は変わっていかないのだ。
では、どう変える必要があるのか。
右肩上がりの時代は、材料も工程も機械も人間も標準化することが重要だった。中でも人間の標準化は一番難しいため、思考回路を共通にする教育をして、みんなを同質に染め上げた。これが日本経済を押し上げるのに有効に機能した。
その一方で、必ず存在したのはサラリーマンの依存である。サラリーマンは組織に依存し、依存の裏返しとして、うまくいかないと人のせいにする体質を身につけた。
では、これからの成熟時代、国際ビジネスの時代に、サラリーマンはどう変わっていくべきなのか。私はキーワードとなるのは、「自立」と「個性」だと思う。
自立というのは非常に抽象的でわかりにくい概念なので、私はこう説明している。自立とは「自分の頭(理性)で考え、自分の心(感性)で判断する」ことである。いままではどちらかというと、理性が重要視されてきた。学校教育も会社の教育も左脳重視・右脳軽視だった。
しかし、本来、人間は「情理兼ね備える」というバランスが大事である。頭で「なるほど」と思っても、心が「そんなことをしたら、大変なことになるぞ」と警告を発するときがある。
こうした場合の心の判断というのは、意外に当たっているものだ。
「おかしい」と感じたことを口に出していえる職場が健全な職場だ。ところがいままでは、そうした発言は公ではなされず、飲み屋でだけやるものだった。
では、意識改革は具体的にはどういうプロセスで行なわれるのだろうか。

意識を変えて自立した人間に

人間の肉体的成長は25歳でだいたい止まる。だが、精神的成長や知的成長は死ぬまで可能である。まず、このことを再確認しておきたい。
意識改革というと、教祖がいてマインドコントロールにかかってしまうようなイメージを持つかもしれないが、意識改革は「自分で学んで変わる」ものである。そのサポートを仲間や経営者が行なう。
小学生の子供に対し、親は「意識を変えなさい」とはいわない。一つひとつの行動を変えさせることで、意識を変えさせようとする。
だが、大人に対しては、このやり方は通用しない。というのも、大人は自分の持っている価値観の優先順位で行動するから、価値観とそれの元となる意識を変えない限り、変化は起こらないのだ。
率直にいって、右肩上がりの時代は会社である種のマインドセットが行なわれていた。会社に依存していうことを聞いていれば一生安泰だ、というマインドセットだ。
ところが時代が変わったため、このマインドセットを解放し、新たなマインドに組み替えてリマインディングしていく必要が出てきた。といっても、意識改革で依存から自立に転換できるのは全体の二割である。
組織の二割が自立すれば、仕事は回っていく。その二割の人たちが相互依存することで、風土改革が可能に
なるのだ。
いままで存在したのは、自立していない人たちの相互依存だった。派閥、もたれ合いなどがその典型だ。
しかし、自分の頭で考えて自分の心で判断する自立した人たちが相互依存すれば、世の中を変えることができる。
では、自立に至る精神的成長に必要なものは何だろうか。私はそれは「実践」と「内省」だと思う。この両者のバランスがとれていることが肝要だ。
自分の内側ばかりみていて行動しない内省型の人間がいる。一方、どんどん行動するが内省しない行動型の人間がいる。だが、実は「内省し実践する」、「実践し内省する」という繰り返しの中でしか、人間は精神的に成長しないのである。
私の考えでは、実践の具体的方法として一番有効なのは「異体験」であり、内省の具体的方法として一番有効なのは「内観」である。これに「自己開示」が加わったとき、意識改革が進む。そして、優先順位が変わり、行動が変わってくる。
今回は時間がないので、内省と自己開示は除き、異体験について詳しく説明しよう。

異体験をすることで意識の新陳代謝を

私自身そうだったのだが、サラリーマンの生態を考えると、「サラリーマンは猫化する」という一つの定義にたどりつく。
私の家でも猫を飼っているが、猫は一時間ぐらいかけて、ぐるっと「猫道」を一回りする。行くところ、することが決まっているのだ。
私自身、朝は同じ電車の同じ車両の同じドアから乗って、同じ道を通って会社に通った。私の職場は16階にあったが、15階にも17階にも行かない。仕事帰りに立ち寄る飲み屋は先輩に連れ行ってもらったいつもの店。土日はゴルフに行くが、いつも同じゴルフ場だ。
営業をしていたときは、私も外に出た。しかし、行き先はいつも決まっている。車を買ってくれる人のところ、お茶を出してくれる人のところをぐるっと回って、帰社する。完全に猫道に入っていた。それだけ安定しているということだ。
別の言い方をすれば、会社というのは「タコツボ」である。いままで会社は「タコツボの中に入っていなさい。そうすれば生涯、面倒をみますよ」といってきた。しかし時代が変わったため、サラリーマンはタコツボから出なければならなくなった。
会社全体が一つのタコツボである。
だが、その中には営業部門とか工場といった塹壕があり、塹壕の入り口に担当常務がスタッフを随えて頑張っている。塹壕の中にはミミズ穴があって、社員はこのミミズ穴の中に入ってしまっている。だから、世の中の変化がほとんどみえないのだ。
こうした猫道とタコツボの結果、いつも同じ風景を見、同じ人にしか会わないサラリーマンの意識は固定化してしまった。新しい発想が出てこない。右肩上がりの時代にはそれでもよかったのだが、成熟時代にはこれでは競争に勝てない。
そこで、猫道を外すために私が提唱しているのが異体験だ。意識的に新しい人に出会い、新しい風景を見る。それが出発点だ。
人間の心は顕在意識と潜在意識から構成されていることが、ここ100年の研究で明らかになった。異体験をすると、感動や驚きが最初は顕在意識から入って、潜在意識に蓄積されていく。そうすると、意識と無意識との間に往復運動が起きて、意識の新陳代謝が起きるのである。
これが意識改革だと私たちは考えている。
その際に大切なのが陽明学でいう「知行合一」である。まず知識から入り、それを行動に転換してみる。行動した結果、わかったことは体得、体で覚えたことになる。
こうして行動を通して知恵を自分で獲得していくこと、それをサイクルで回すことが人を成長させるのである。
人間は教育されている間は本物ではないと私は思う。学ぶというのは、本来、自分で自分を教育することだ。
それができる社員のいる会社が、よいサービス、よい商品を生み出していく。
では、異体験としては、どういうことが有効なのか。私の実践から紹介しよう。

ボランティアによる掃除運動

大森のいすゞ本社の付近の公園を毎月1回、土曜日の朝7時からにいすゞ社員の有志が掃除している。
これは草の根運動だから、リーダーはいるが、肩書きや職位の圧力で人を集めることはない。掃除をしたい人だけが休日に自費で参加する。
この運動が始まったのは、イエローハットの創業者・鍵山秀三郎さんとの出会いからだ。鍵山さんは40年間、こつこつと自分の会社で掃除をした。その鍵山さんの話を伺い、いすゞに講演に来ていただいたところ、感動を受けた人たちがいた。その人たちがイエローハットの本社で掃除の研修を受け、トイレ掃除などを実践してきた。そして、仲間に呼びかけて、草の根運動が始まったのだ。
私もメンバーに入っているが、驚くのはタバコの吸穀が多いことだ。
世の中は「捨てる人」と「拾う人」に分かれる。捨てる人は圧倒的マジョリティだが、拾う人は仲間がいるからバカらしくならずに、黙々と拾いつづけることができる。
掃除をして変わるのは、「汚い」「綺麗」という感覚の鋭さだ。職場でも乱雑にしていたのが、驚くほど整理整頓するようになる。
いま、鍵山さんの掃除の会は国民運動に発展し、地域を美しくする会が続々生まれている。そんなことを思うと、21世紀の日本もそう捨てたものではない、と思えてくる。
さて、草の根運動とはいえ、経営者の理解やバックアップがなければ、運動は続かない。いすゞ自動車では、前会長が私たちの風土改革のサポーターであり、趣旨を理解して支援してくれた。
「掃除なんて」と思う方もあるかもしれないが、掃除運動の効用はいまや広く理解され、松下政経塾でも塾生は掃除をするようになったという。

企業塾・・カネのかからない研修法

企業内研修の新たな形として、私は「塾」をおすすめしたい。私は東京ディズニーランドを運営しているオリエンタルランドの社員の意識改革のお手伝いを始めて3年になる。ここで塾を開き、塾長を勤めているのだ。
幕末、日本には800もの塾があったそうだ。いろいろな人が日本中を渡り歩いて、自分の尊敬できる塾長を探した。塾長から塾生は知識だけでなく、ものの考え方、立ち居振る舞いまで学んだ。
いま、日本の企業では入社時に受ける新入社員研修、課長や部長になるとき受ける昇進、昇格研修など、階層別研修が主流だが、これは命令され義務として受ける研修だ。自分の意思で学ぶ塾のほうが、教育の原点に近いのではないか。
日本能率協会から出ている『人材教育』という専門誌の12月号では、「企業塾のすすめ」が特集された。そういう流れが世の中に出てきたことに注目したい。では、塾ではどのようなことをするのか。
私たちの塾は1日集まったら、1カ月、間を空ける。その間に課題を日常の中で勉強するのだ。課題の出し方が塾のポイントである。
たとえば「心に関する本を一冊読んでくるように」という課題を出す。
ベストセラーはイージーなので、避けるよう告げておく。
すると、塾生はみんな、大型書店に行って、血眼になって本を探す。
そして一カ月後、なぜその本を選んだのか、どんなことが書いてあったのか、どういう感想を持ったのかを各人が口頭で発表し、みんなで交流するのだ。
塾長は人を引きつける力がなければ務まらないし、塾生より勉強しなければならないから大変だ。しかし、皆さんの会社ででも、役員が、あるいは部長が塾長になれば、塾はすぐ開ける。企業で一番大切な人を育てる方法として、塾は、知恵は必要だがカネはかからない。検討されてみてはいかがだろうか。

改革者に必要な三つのポイント

私は効率よりは創造を、統制よりは自由を、左脳よりは右脳を重視する考え方だ。私自身はニューウェーブであるが、オールドウェーブの長所も十分知っているつもりだ。だから、決してオールドウェーブと戦わない。
私の10年以上の経験からしても、戦いからは何も生まれないのだ。いろいろな価値観が混じり合った中で、会社というものは新陳代謝していく。
だから、社長さんにお願いしたいのは、オールドウェーブとニューウェーブ双方を抱え込むようなキャパシティを持つことだ。
では、改革者に必要なのはどんなポイントなのだろうか。私は次の三点だと思う。
第一は、志を持つこと。改革は容易ではないから、エネルギーが持続しないと続けられない。そのエネルギーの源になるのが、志なのだ。
第二は、改革者は絶対に当事者にならなければいけないということ。
評論家では務まらない。思い出していただきたい。会社は20人の対面小集団の連結なのだ。自分の職場を変えられるのなら、きっと自分の会社も変えることができる。
第三は、一番重要なポイントだ。
改革というのは周囲を変えることだが、そのためには、まず自分を変えることが必要である。自分を固定化しておいて、周りだけ変えようとしても、そうはいかない。社長さんなら、社長さん自らか変わる。そのうえで、「みんなも変わろうよ」と声をかけるのだ。率先して変わる勇気を持っていただきたい。

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