−創造的な組織体質への変革を目指して−
                     (この講演録では図は省略してあります)

はじめに
 ご紹介いただきました北村三郎です。私は昭和36年にいすゞ自動車に入りました。定年までの35年間、様々な仕事をやってきました。国内や海外の営業をやったり、人事の仕事をしたりしましたが、37歳の時にトップに風土改革をやりたいと提案し、いろいろやりましたが、何回も失敗しました。上役から睨まれて島流しにあったりしましたが、50歳を過ぎてから舞い戻ってきて、また風土改革をやりました。8年前に定年退職になったのですが、未だに風土改革をやっている。だから30年以上やっています。今日は私の風土改革の話が、皆様のお役に立てるかなと思って、お話を申し上げます。
 特に定年後、いろいろな会社と出会って、現場に入り込んでやってきましたが、だんだんわかってきたことがある。いい会社というのは、何も特別なことをやっていない。当り前のことを、当り前にやっている。だから今日の話をお聞きになっても、そんなに目新しいことはない。当り前のことというのは、一体何なのかということを整理して、そして確認するというような講演会になると思います。それではパワーポイントに沿って、説明をしていきます。

今、なぜ改革なのか
右肩上がりの時代の得失(図1参照)
 私は右肩上がり時代の企業戦士の生き残りです。1990年は、いわゆる1955年体制からみると35年目ですが、この間、高度成長、安定成長、バブル崩壊を体験しました。この35年間、サラリーマン、サラリーウーマンは「依存」と「同質」の意識になってしまいました。なぜならば、私もそうでしたが、大きな会社に入れば、定年まで大丈夫、退職金ももらえる、そういうことが、会社へ入った動機でした。ですから、会社に依存することによって安定を求めました。生活もとても安定しました。家も買ったし、子供もそれなりに教育できました。
 会社は、メーカーでしたので、良い製品を大量生産、大量販売するということですから、部品の標準化、図面の標準化、あるいは工法、作り方の標準化をやる。いちばん難しいのは、人間の標準化です。世の中にはいろいろな人間がいますからね。企業戦士というのは、いろいろな考え方の人がいては、困るということで規格化、標準化の教育が実施されました。つまり、思考回路を標準化するということです。
 私も教育課長のときに、社員を標準化する教育をしてきました。当時、私自身もすっかり規格人間になっていました。このような様々な標準化への努力が見事に成功して、高度経済成長を成し遂げて、そして豊かな社会を作ってきた。そして安心社会で、安定した社会で、本当に良かったと思う。いいことがあれば、悪いこともあるわけで、人間の標準化が進めば進むほど、個性を失う、ということはありました。
ところが、90年に風向きが変わった。企業は同質の人間ばかりでは、時代の変化に対応できなくなってしまった。昔は担保主義というのがあり、要するに土地をいっぱい買い込んで、資産を増やすことをやっていました。それが溜って、不良資産になって、贅肉がダブダブになってしまってしまいました。それを整理するのに、約15年かかりました。ここ2、3年で、不良資産を処理して、ダブダブな贅肉をスリム化して、やっと片づけが終わりました。
 今はどういう社会になっているかというと、勝ち組、負け組とか、子供が安心して、1人で学校に行けないとか、そういう時代になって、安心社会が不安社会になってしまっている。企業は、新しい収益構造ということで、安く作るという部分については、どんどん海外に流れてしまっている。だから国内では、どういう産業構造、どういう収益構造を作るかとか、あるいは意識改革とか、そういうことが、今テーマになっている。
 90年までの高度成長の時代に成功した会社でも、90年以降の変化に対応できない会社は、どんどん落ちこぼれて、潰れていく。
勝ち組、負け組みたいな社会のあり方が、そのまま続いていっていいのかとか、あるいはグローバリゼーションで、アメリカのやり方をどんどん真似していっていいのかという問題が生まれてきました。
55年から90年まで35年とすれば、次の35年間は2025年までです。
 2025年まで、いろいろな変化が起こると思うのですが、問題は2025年以降です。そこまでを視野に入れながら、過去、現在、未来について、ある程度予測と、希望を含めて、企業風土を変えていくということは、これからのテーマだと思うのです。それでもあと20年ぐらいは、今の混乱の状態が続いて、いろいろな模索、試行錯誤が行なわれると思います。

組織風土は経営資源(図2参照)
 経営資源のことですが、これは経営学を学んだ方は、ご存知と思います。人、物、金という三大資源を、上手に組み合わせて使うことは、会社経営のポイントですが、その他にも情報、時間、組織風土といった経営資源が、とても重要になってきました。
 経営学を学び、MBAとか、経営の中枢にいる人は、マーケティング、ストラテジー、あるいはファイナンスは必須科目です。私は組織風土を経営資源の中でも特に重要であると見ていた。1990年以降、みんなと同じ、似たり寄ったりの会社は成長できないので、その会社らしさ、地域で言えば、その地域らしさ、みんな同じではなくて、人と違うということを、今、求めている。
 私は、風土改革で企業人を教育したり、お互いに勉強し合うときに、企業戦士でも家に帰れば、お父さん、お母さんであることを意識しています。お父さん、お母さんの生き方が、子供に大きく影響する。だからお父さん、お母さんが、標準化された状態ではなくて、自分の生き方、自分の個性というものを、もう1回見つめ直してほしいと願っています。親の働き方、生き方が未来を創る子供たちに影響していくからです。
 ご承知のように、子供にとって、親は環境です。風土は、会社では社風という。学校は校風、家でいえば家風です。家風というのは、決して古い話ではないのです。その家のお父さん、お母さんの生き方、家庭の雰囲気が家風ですから、それが子供の成長に大きく影響する。

どのように改革を進めるのか
戦略、仕組、意識、三位一体の改革(図3参照)
 これは私が編み出した説明の仕方です。埼玉県庁を変える場合もそうですし、企業を変える場合もそうですが、どこでも当てはまる。左側のリストラクチュアリングです。ストラクチャーというのは構造ですから、リという接頭語は組み替えるということですが、構造改革です。それからリエンジニアリングです。エンジニアリングというのは付加価値を生み出すための要素技術の組み合わせのことです。リエンジニアリングは要素技術を組み替えて、新しい仕組を作ることです。90年までに作った仕組が、制度疲労を起こしていて、今、それを作り替える局面に入っている。
 この2つは、急進的にやったほうがいい。スピードを上げてやらないと、とても追い付けない。時代の変化に合うように戦略を作り直して、構造改革をして、いろいろな仕組を作り直しても、それをオペレート、運用するのは、社員ですから、社員の意識改革もやらなければいけない。そうしないとうまくシステムが動かないということです。そういう意味で、意識、行動の改革ということで、リマインディングです。マインドイノベーションということですが、これを平行してやるわけです。

意識改革は長い時間が必要(図4参照)
 小泉さんではないですが、三位一体というと、企業改革の場合こうなる。社員は長い時間をかけて、今の意識が形成されていますから、このマインドイノベーションは、あまり急進的にやらないほうがいい。穏健改革というか、ある程度時間をかけて、じっくりやるということではないかと見ている。だから急進改革と穏健改革とを、うまく組み合わせながら、戦略的に変えていく。
 ここで一つダイエーの事例を紹介します。高木邦夫さんという方が社長をやっていたのですが、どうにもうまくいかなくて、再生機構へ入ってしまった。今度、林文子さんという女性の方が、最高経営者、CEOに就任される。林文子さんがBMW東京の東京支店長だったころ、当時から企業変革で実績を上げて有名だったので、私はお付き合いをさせていただいて、林さんから改革の仕方を、いろいろと教わるようになりました。今年になって、ダイエーのトップに就任されるということを聞きまして、私はとても喜んでいる。
 日本の企業で改革が成功したのは、日産自動車のゴーンさんによる改革です。行政での代表的な成功事例は横浜市の改革です。どちらも急進的に、構造改革と仕組み改革を進めました。3か月で現状把握を終えて、方向性を出して、2年で大きく変えた。中田宏さんは就任後3年が経過しています。
 過去の事例から、いろいろ勉強ができるのですが、私が思うには、過去は過去ですから、これからが面白いわけです。林さんは、これから就任する、これからダイエーをどう変えていくかというのを、同時進行で見ることができる。これからマスコミにも、どんどん出てくるだろうし、非常に面白いと思います。
 林文子さんは青山高校を卒業するとすぐに東洋レーヨンに入って、お茶汲み、コピーをやっていた。そのような仕事に満足できなくて、松下電器に転職して、そこでハズバンドを見つけて、結婚した。専業主婦をやっていたのですが、専業主婦にあき足らなくて、30歳のときに、ホンダのセールスになったのです。販売が天才的にうまいということで、すぐにトップセールスになった。自動車を売るのが、楽しくて、楽しくてしようがないと。
 それで有名になって、BMW東京に押しかけ入社で、最初はセールスをやっていたのですが、支店長になって、ヘッドハンティングでフォルクスワーゲン東京に行って、2年ぐらいで会社を立て直して、今度BMW東京の社長になっていった。林文子さんの経営立て直しの考え方と手法はとても面白いと思います。私のホームページにも、特集で出ていますし、インタビューもしていますので、林さんのやり方を見ていただきたい。
 それで林文子さんはダイエーの構造改革としては、GMSという総合スーパーから、食品、日用品のスーパーに特化していくと思います。仕組の改革に関しては、今まで商品仕入れはコストダウンと効率化のために、本部の購買部が担当していました。それを中央購買といいます。ところが、葉物野菜とか、肉とか、魚というのは、鮮度が勝負ですから、輸送している間に劣化してしまう。おそらく今度は地場から、仕入れると思います。そういうふうに、自律分散型に変わっていくでしょう。
 林さんが一番得意としているのは意識改革、風土改革です。今までは3万人の社員が沈滞していた。何をやっても駄目だと思っていた。それをどうやって活性化させていくかということは、林さんの得意領域ですから、社員がどのように変化、活性化していくかに注目していきましょう。林さんは、現場に優れた人たちがいる、現場に知恵がある、と考えているのです。その知恵を引き出していけば、成功するというわけですね。ダイエーを立て直す経営者を鐘や太鼓で探したのですが、なかなか見つからない。「万策尽きて」見つけたのが林文子さんですから、私はいよいよ女性の時代が来たなと思います。これからとても面白い時代に変わっていきそうです。
 急進改革は2年以内。トップが来たら2年以内に方向性を出してしまう。その代わり風土は穏健改革でじっくりやる。10年ぐらいのペースです。じっくりやり切れるかどうかです。ほとんど途中で挫折して、駄目になってしまいます。だから焦らず急がずに、時間をかけて丁寧に進めるということです。

改革と改善を組み合わせる(図5参照)
改革と改善です。これは当り前のことを整理しているわけですが、改革はイノベーション、改善はインプルーブメントと言う。
改革は、過去の先輩が作ったものを断ち切って、算盤でいうとご破算、コンピューターでいうとオールクリアして、もう1回ゼロから立て直すものです。過去の延長を断ち切るわけです。
 改善は、過去の延長線上で、良くすることです。全ての仕組、仕事は、完璧なものはない。どんな仕事でも、改善ができます。何を改革で進め、何を改善で進めるか、を仕分けて、それを組み合わせて変えていくことが大事であると思います。過去の蓄積をすべて破壊すればいいというものではない。これも当り前のことです。
 ご承知のようにトヨタ自動車は最高の業績を上げています。1兆円の利益を出しています。トヨタ自動車は、他の会社が真似のできない体質も持った会社です。トヨタ出身のコンサルタントが数百人はいるでしょう。他の会社に行って教えても、一時的には良くなりますが、なかなか根付かない。トヨタが長年かかって、古くいえば豊田佐吉、豊田喜一郎とか、大野耐一とか、そういう歴代の経営者が作り込んできた組織風土です。
 トヨタでは社員が当り前に思っていることがあります。それは仕事の定義です。トヨタの強さを描いたビジネス書がたくさん売られています。しかし、それを読んでも、トヨタの強さの本質は、なかなか掴みにくい。私はトヨタの強さの本質を探ってきました。それは三つか四つに絞ることができます。
その一つを、今日は紹介します。トヨタでは「仕事」の定義は「作業プラス改善」として伝承されている。極端な話ですが、作業だけをやっている人は給料を半分返してくださいということになる。会社の中にある改善の種を社員は血眼になって探すわけです。提案制度も、上に提案していけばいいというものではない。自分たちが当事者になって改善していく。それを自主研究会というのですが、当事者がパッと集まって、それで直したり変えたりしてしまう。人任せではないのです。「乾いたタオルを絞る」というのは、そのようなことなのです。この定義はぜひ頭に入れておいていただきたい。

価値観と行動との関係(図6参照)
 われわれ企業にいる人間は、どのように変わったらいいのか。90年までは依存と同質ですが、これからは自立と個性の時代です。
この二文字言葉というのは、非常に曖昧で、曖昧のままにしておくと、何の変化も起きない。だからよく使う二文字言葉を、共通の言葉として、定義するのです。先ほどいった「仕事イコール作業プラス改善」というふうに、定義するわけです。
 私は自立というのは、自分の頭で考え、自分の心で判断すると定義しました。これは仲間たちと一緒に討議して、作ったものです。90年まで、社員は上役の頭で考えてもらって、上役の心で判断してもらって、言われたことを言われた通りにやって、うまくいかなかったら上役の責任ということで、責任回避をしていた。それで生きていけました。
 次に個性のことです。個性の定義は「人は皆、違って当たり前」としました。個性というのは、今日の講演のテーマにも密接な関係があるのですが、これからは創造の時代です。クリエイティブに仕事をする、またクリエイティブに生きるということでしょうか。同質の人、同じような考え方の人たちが集まって、いろいろやっても、なかなか創造性は生れない。いろいろな考え方の人が、ぶつかり合うわけです。そこで創造が生れる。この考え方は出力アップに通じるのです。つまり、昔はダブダブの贅肉いっぱいの組織で、仕事をしていましたが、今はどこの会社でも、少ない人で仕事をするようスリム化しています。だから人の能力の出力を上げないと、会社はやっていけない。
 もちろん現実には長時間労働もあるのですが、長時間労働よりも、労働密度を高めて短い時間で効率をあげる方が時代の要請に合っています。そのために出力を上げる。私の見方ですが、他人から命令されて出すパワーと、自分の意思で出すパワーとで1対10位、違うと思います。それほど出力は変わります。ですから、自主性、自発性によって出力を高めるというマネジメントが主流になりつつあるのだと思います。自主性、自発性によって出力を高めることは企業にとっても社員にとってもいいことだからです。
 それで今は、特に90年以降は、変革の時代ですから、どこの会社でも経営者は変われ、変われと、社員に言っています。そのような変わることが当り前の時代に、変わり方の方法、変わり方のワザのようなことがとても大事になってきました。世の中には変わりたいと思っている人がたくさんいるのですが、どう変わったらいいのか、変わる方法、つまり意識改革の方法がわからないという人も多いのです。そこで私は変わり方のワザをいろいろ研究して、現場で実践をしてきました。
 変われというと、性格を変えるのではないか、と思う人がいる。性格というのは、遺伝子というか、両親からもらったものですから、先天的なものなのです。後天的な性格といえば、「三つ子の魂百まで」と言われるように、およそ3歳までで決まるといってもいい。だから性格はほとんど先天的なものです。そういう意味では、変われというときに、性格を変えろと言わないほうがいい。性格はそれぞれですから、後天的に学習した価値観を変えればいいのです。

価値観とは何か(図7参照)
 価値観というのは、後天的なものです。両親、家族、それから幼稚園、小学校、中学校の先生、友だち、近所の人たち、職場の上司、同僚、あるいは学習内容、興味、関心の領域などによって、いろいろな価値観を身に付けていきます。人は無意識のうちに、価値観によって、行動の優先順位を決めている。
つまり、大事だと考えていることを優先して行動する。大事だと思っていないことは行動を後回しにするか行動をまったくしないということです。
 だから価値観が変わると、行動は変わります。私は価値観の新陳代謝と言っています。価値観を新陳代謝ではなく、無理矢理、変える方法としてはマインドコントロールがあります。私はマインドコントロールは絶対に反対。だからマインドイノベーションとか、リマインディングという無理なく自然に変わっていくという方法を勧めているのです。
 人間の成長を阻害するいちばん怖いことは、意識の固定化です。意識が固まってしまうと、知的、精神的、心の成長が停滞してしまいます。だから意識を新陳代謝させる。それは価値観の新陳代謝だということが数多くの体験を通じてわかってきている。価値観が変わると、行動が変わるのです。

いろいろな価値観(図8参照)
 価値観のことは、日常生活ではあまり口に出していわないものです。価値観には人間観、組織観、人生観、仕事観、社会観、倫理観、死生観、宗教観などいろいろあります。この価値観は固定化しやすいのです。そこで教育も含めて、この価値観を変えるいろいろな仕組が必要でしょう。ある価値観を押し付けるというのではない。世の中に満天の星のように存在するいろいろな価値観から自分が本当に納得する価値観を自分で見つけ出すということでしょうか。

組織観を逆転させる(図9参照)
 今日、私は価値観の一つの例として「組織観」ということについて紹介しましょう。私は元は企業戦士でしたから、ある種の「組織観」を持っていました。それは会社には1万6千人いますから、部長である自分1人は組織の歯車の一つにすぎない。何か新しいことに挑戦しても、大きな組織の壁に阻まれて、吹き飛ばされてしまうと思っていました。だから上役から言われた通りに仕事をして、何とか定年まで逃げ切って、退職金をもらって、まずまずの老後を過ごせればいいと思っていたことがある。だけどそれも何か虚しいと思って、50歳を過ぎてから、もう1度、風土改革にチャレンジした。それでいろいろ勉強していくうちに、次のような組織観に出会ったのです。
 それは「組織の実態は、20人程の対面小集団の連鎖である」ということで、どんなに大きな組織でも、中小企業の連合体なのだということです。そうだとすれば、組織を変える、会社を変えるというときに、自分の手の届く範囲、自分の影響の及ぶ範囲を変えるということで、そういう人が組織の中に増えれば、全体が変わる筈だという仮説を立てた。ですから、中央主導で、企画とか、人事が主導するのではなくて、ローカルで、現場主導で、現場にチェンジリーダーを作って、そこから変えるという手法に辿りついた。今これはかなり一般的、常識的になっていますが、昔は珍しかった。
 次に「組織は自己実現を社会実現に転換する変速機」という組織観です。変速機というのは、トランスミッションです。私は昭和11年生れですから、戦後は食べるものが不足していたので生きるのに精一杯で自己実現などとは無関係でした。次第に豊かになっていくと、自己実現という考え方に関心を持つようになりました。自己実現というのは、自分の生き方の問題です。自分が存在した証というのでしょうか。社会に関わって社会を少しでも変えるのに貢献したい。自分の存在によって社会が少しでも良くなれば、という想いです。
 私は今まで大勢の人たちと本音で対話をしてきましたが、そういう気持を持っている人たちがいることを知りました。
 その想いを実現したいけれども1人では何もできない。だから組織がある。組織にはお金もありますし、協力者もいますし、いろいろ専門家もいるわけですから、みんなで力を合わせて、社会を変えていくことができる。企業というのは、そういう存在なのです。そのような当り前のことを議論する。そうすると、みんなが「そうだよな」ということで、だんだん意識の新陳代謝が進んでいきます。
そのような当り前のことを忘れて不祥事を起こす企業が後を断たないのは残念なことです。

職場風土の改革について
風土改革は職場の土壌改良(図10参照)
 企業文化、社風、組織風土は、先ほど6番目の資源だと言いました。今までこの6番目の経営資源はマイナーとして捉えられてきました。ところが今、この組織風土がクローズアップされてきている。組織風土を変えようという動きが生まれてきた。企業もそうですし、自治体、病院、学校、協同組合も、いろいろな組織が、組織風土を重視するようになってきている。このマイナーな組織風土の研究と実践を30年の間、コツコツやってきた人間ですから、時々お座敷がかかるようになりました。お座敷がかかるのは嬉しくて、こうやって出てきて、話をしているわけです。
 職場風土の本質は、職場で働いている一人一人の意識、行動の集合体です。つまり、組織は、生きている人間が作っている。そこにいる構成員の人たちが、作っているものなのだということです。だから風土改革をやるときには、そこにいる人たちの意識改革を、地道に、着実に、コツコツやることが大事なのだということが実践の中でわかってきた。
 風土は、企業の土壌です。土なのです。この土壌が荒れ果てていますと、社員の潜在能力の発芽を阻害します。だから社員を採用したら、その社員の持っているいろいろなパワーを発芽させて、開花させていく。そのように土壌を改良しなくてはいけない。職場風土というのは、経営学の概念にもあります。英語で言うと、オーガナイゼーショナル クライメットという。
 企業文化というのもあります。これの違いは多少あるのですが、今日は専門の世界ではないですから、だいたい同じと考えていただきたいと思います。企業文化というのは、コーポレート カルチャーという。企業のカルチャーなのです。カルチャーというのは、語源はカルチベートで同義語です。カルチベートは、耕すという意味ですね。だから組織風土は耕すものなのです。だからコツコツ社員の意識を変えるということを、みんなで助け合いながらやっていくということです。

人は暗黙のルールに従う(図11参照)
 職場風土の定義があります。今日はとても大事な機会だと思いますので定義を紹介させていただきます。「その部門の人たちが、疑問を持つこともなく、ごく当り前と考えている仕事の仕方、行動の仕方の常識、暗黙のルール、価値観のようなもの」ということで、職員はその風土に従って行動する。つまり、人間は環境の動物であるということです。
 ここで一つ注目して欲しいのは、その会社とは言っていない。その部門ということで、何々会社の販売部門、何々会社の生産部門という感じです。だから全体で捉えないほうがいい。同じ組織の中でも、仕事をやっている部門によって、風土はみんな違います。だから当然変革目標は変わるわけです。あまり一括りで捉えないほうがいい。組織はマクロよりはミクロで捉えたほうが、私はいいと思います。

タコ壺、塹壕、みみず穴の三重構造(図12参照)
これは「タコツボから出ようよ」という、今から8年前、私が会社を退職するときの最後の作品です。これが出たときは、あっちこっちから注目されて、「これを是非ください」、などと、要望をいただたり、新聞に紹介されたりしました。会社は「タコツボ」なのです。外は変化の風がびゅうびゅうと吹いていますが、会社の中はぬるま湯に浸かっているようで、というか、とても居心地がいい。そして給料はちゃんと振り込まれてきます。これは難しい文字ですが、「塹壕」と書いてある。この「塹壕」は戦争中、戦地で戦火を逃れるために兵隊さんが隠れていた洞穴のことです。「塹壕」の中には、さらに「ミミズ穴」がある。実は会社の中のこの「塹壕」というのは、各部門のことなのです。
 この部門の入口付近に、部門の長である部門担当常務や取締役などが陣取っている。社員はこのタコツボ全体を見ることはできないのです。この「塹壕」に入り込んでしまっているうえに、更に「ミミズ穴」の奥深くに潜り込んでしまっています。だから会社組織の構造は「タコツボ」「塹壕」「ミミズ穴」の三重構造になっています。どこの会社でも、殆ど同じですが、特に大会社はこの三重構造が強固になっています。一方、中小企業、中堅企業はその程度が少ないですね。

大企業病の三大症状(図13参照)
 大企業病の典型的な三大症状です。これもいろいろな会社の人と討議しながら診断しました。一つは「自部門防衛病」です。この症状がいちばん重症だったのは日産自動車でした。日産自動車では、販売の人は、「僕たちは一生懸命に車を売ろうと思って努力しているのに、工場の人がいい車を作ってくれない。」と言う。生産の人は、「開発部門の人が作りにくい車を設計するから、いい車ができない。」と言う。開発の人は「こんなにいい車を開発しているのに販売の人たちが売らない。」と言う。まさにグー、チョキ、パーの「他責のたらい回し」です。
当時は塙さんが社長だったのですが、二進も三進もいかなくなってしまったのです。日産はエリート集団ですが、みんながそういう気持でやっている。それでお手上げになってしまってゴーンさんに来てもらって改革してもらったのです。つまり「他責の集団」から「自責の集団」に変えていったのです。
 それから「つじつま合わせ病」です。私も35年間サラリーマンをやって、企業戦士をやっていた。販売部長のときは目標が達成できないとお払い箱になってしまうのです。だから数字などを作るのは平気です。数字は何とでもなります。だから私自身、つじつま合わせの技術は長けていますよ。そして何回もつじつまを合わせてきました。そのつじつま合わせを周囲もやっている。そんな能力を身に付ける一方、自分がどんどん駄目になっていくのを感じていました。いくら一生懸命に働いても社会に役立っているとか、会社に役立っているという気がしない。そのうち自分自身に嫌悪感を持ってくる。それでも40代ぐらいまでは、出世するという目標がありました。つじつま合わせをしないと会社で生き残っていけないので、そんなことをやっていた。
 それから「やらせ・やらされ病」です。これはやらせる部門と、やらされる部門とがある。本社と工場とか、上役と部下の関係とか、スタッフとラインの関係などのことです。例えば改革推進室というのができる。そうすると改革推進室は改革をやらせる部署です。それでやらされるほうは、毎月チェックされる。だからみんなつじつま合わせをする。そういうことで、会社はどんどんダメになっていきました。
いちばん恐ろしいのは、大企業病のウイルスに感染した社員が子会社に出向して、子会社に大企業病を蔓延させていくことでした。
 今は連結決算になりましたから、このようなことは少なくなってきました。

よい風土のイメージ、まずは一つを徹底(図14参照)
そこで良い風土のイメージということについてお話をします。良い風土をイメージすることはとても大事です。まず「変わる、変えるのが当り前」という風土です。1990年から2025年までの35年間は、大変革期になると思います。大変革期の時代はダーウインの進化論に書かれているように、環境の変化に対応できるものだけが生き残ることができる。先ほど説明したトヨタの「作業プラス改善」というのは、変わり続けるための知恵が仕組みになり風土になっているのです。改善が日常業務の中で行なわれる。だから変わるし、変えるのが当り前になっていくわけです。
 それから良い人間関係です。チームワーク、協力、厳しさ、信頼、コミュニケーション、人と違う視点を共有するなどです。人は孤独の中で働きたくない。仲間と力を合わせて何かを達成していく、ここに喜びを感じる。特に大事なのは「厳しさ」です。「厳しさ」がない会社は、あまり成長しない。
 私が勤めていたいすゞ自動車の本社は大森にありました。隣にアサヒビールの工場があった。隣組でしたから、よくアサヒビールの人と話をしました。
20年ほど前、アサヒはビール4社の中で、シェアが8パーセント、9パーセントという1桁でした。本当に暗い会社でした。それでアサヒビールが経営危機に陥ったときに国鉄出身の村井さんと住友銀行から樋口さんが経営陣として送り込まれました。
 新しい経営陣が出した方針の一つは「良い情報は報告しなくてもいい。悪い情報はその日のうちに必ず報告すること。悪い情報を隠した場合は、厳しい処置をする」ということでした。一般的にいい情報は報告されるのですが、悪い情報は報告されないのです。特にトップの耳に入らない。そして隠蔽体質が育っていくのです。村井さんがそのような方針を出したから、悪い情報を伝えないと怒られるというので、現場にある悪い情報は、必ず報告されるようになりました。そして会社は変わっていった。この方針のポイントは「厳しさ」です。「悪い情報を隠したら絶対に許さないぞ!」みたいな厳しさがある。
 それから計画、段取りです。計画段階で議論が尽くされたり、決めたことは必ずやり遂げる。ダメ会社と優良会社を分ける分岐点は、ここにある。計画は収益の採算が成り立たないとスタートできない。だから企画部門は予算、数字を作る。ところが、現場はそれが押し付けられているというか、いろいろキャッチボールはするのですが、一先ず出しておけということになります。1年の間には、情勢の変化もあるだろう。つまり台風や地震などの天災、また政治経済の変動があったりするかもしれない。そうしたら、それを理由にして販売が低下した言い訳ができる、ということが意識の底にあります。だから多くの会社では計画の未達が多いのです。一方、一旦決めたことは、どんな変化があっても、未達は許されないという会社があります。そういう会社は計画立案段階を大切にします。だから「段取り八分」というのですね。そういう風土の会社があります。
 それから5S、挨拶、OJTが徹底されているということです。特に5Sです。私もいろいろな会社に行きます。そしてオフィスを見たり、あるいはよく行くのはトイレです。トイレに行くとその会社の風土が見えてくる。5Sの中でも、特に大事なのは「整理」「整頓」です。整理の定義は「いるものといらないものを分ける」、整頓の定義は「決まった場所にきちっと戻す」ということです。そういうことが、徹底されているということです。資料が山のように積まれていて、書類や資料を出すのに時間がかかるような会社は効率が悪い。
それから「挨拶」です。いい会社は、朝の「お早う」の声が出ている。朝の挨拶ができていない職場は沈滞していると見ていいでしょう。
 それからCS(顧客満足Customer Satisfaction)と同じレベルで、ES(従業員満足Employee Satisfaction)が大事にされているということです。
従業員が自分の会社を誇りに思い、満足をしていなければ、CSは達成できない。例えばトヨタ系の販売会社は全国で350社ある。その中でいつもトップのCSの会社が、高知にある。「トヨタネッツ南国」という会社です。この会社は、お客様のリピート率がすごいのですが、ここの社長さんは、「CSよりもESが大事と」はっきり言っています。そういう考えで経営すると、必ずCSがアップする。
 それから社員が自分自身でPDCAというマネジメントサイクルを回しているということです。PDCAというのは、PLAN、DO、CHECK、ACTIONのことですね。社員の創造性が発揮できていない会社ではPLAN、CHECKと、DO、ACTIONの間に線引きがあって分断されている。つまり、上役が指示をする人、部下は言われたことだけを実行するということです。そのような会社では社員はレイバーと同じですが、そのような状態の有名な会社があるのです。不祥事や事故を起こす会社ではトップ自らがそのような経営を行って現場に考える力を失わせています。もちろん、会社の基本計画や方針は当然トップとか企画部門が決めるでしょう。これは大きいPDCAです。小さいPDCA、現場で回せるPDCAは、自分でPLANして、自分でDOして、自分でCHECKして、そしてACTIONする。そのサイクルを自分で回す。そうすると、時には失敗もありますが、必ず社員は成長します。このようなマネジメントがあるかないかで、組織風土は大きく違ってきます。

風土改革の進め方、一つの提案
職員一人ひとりが各々のレベルで変革に関わる(図15参照)
 次に、それぞれの役割であります。私がここで一番伝えたいことは、この今の時期は、組織ぐるみで改革したいということです。誰かがやってくれるだろうということではない。それにはこの三つです。トップダウン、ミドルアップアンドダウン、ボトムアップです。ボトムアップという言葉ですが、私の気持ちとしてはボトムというよりは第一線と言いたい。お客様と接しているところ、あるいは現場は物を作っている第一線、フロントラインだからです。
一方、組織ではミドルが大事なのです。これからどんなにIT化、フラット化が進んでも、ミドルは絶対になくなりません。企業では必ずミドルは存在します。企業組織は第一線のフロントライン、ミドルマネジメント、トップマネジメントから成り立っていますが、あと10年、15年すれば、組織図もピラミッド型ではなくて、逆ピラミッド型になると思います。
 トップの仕事は改革の方向性を提示することです。そして実行の決断をする。
 ミドルは、現場をよく知っているわけですから、改革の具体策を提案する。そして改革実行の主役の役割を果たします。ボトムは、小集団による日常業務の改善です。ここでは改革とは言っていない、改善です。日常業務には無限の改善テーマがあります。何を改善したらいいのかは現場の人が一番わかっています。これをどんどん進める。上、真ん中、下、みんなでやる。これは全社一丸の改革ということになります。

病気治療と健康増進(図16参照)
 風土改革の二つの視点です。「病気を発見して、治療する」、「もっと健康になる」と単純な言葉で書いてありますが、どんな組織でも、完全健康体の組織はない。1兆円の利益を上げているトヨタ自動車でさえも完全健康体ではありません。どこの会社にも大企業病のウイルスが忍び込んでいます。そしてあちこちの臓器にいろいろな症状が出ています。これは放置しておくと、癌の末期症状に至ることがあります。だからなるべく早期に発見して治療する。
会社も人間と同じように生きているのです。
なぜならば会社は生れてきました。トヨタ自動車も、何十年か前に生れました。そしていつか必ず死にます。社会の変化に対応して自らも変わりながら生き延びていきますが、いつかその役割を終えます。生き物なのだから病気にも罹ります。まず病気を発見する。それも臓器別に、つまり、先ほどいった部門別にということです。それは社員が日頃、「これはおかしい。改めたほうがいいのではないか。」と感じていることをオフサイトミーティングで話し合うのです。これは職場の問題発見の基本的な方法です。職場の問題症状を社員自らが自己診断をしていく。この自己診断のプロセスが大事なのです。外からコンサルタントが来て、組織診断して、問題を指摘されて改善するより、自分たちで問題を発見して、解決案を考えて、自分たちで実行する。そうすれば必ず良くなります。
 「もっと健康になる」というのは、社員は気持ちのいい職場で働きたいのです。病気ばかりを治療していると、暗くなったり嫌気がさしてしまうことがあります。だからこういう職場にしたい、という前向きな発想で実行していく風土づくりの方法があります。過去より未来に目を向けるということですね。

風土改革は漢方処方が有効(図17参照)
 次に西洋医学の速効性と、東洋医学の遅効性というのがあります。病気を治すときに、ウイルスそのものを殺すという治療の仕方と、自己治癒力、免疫性を高めるという方法がある。私は実感を持って言えるのですが、今の状態を放置するともっと悪くなっていくという危機感、問題意識を持っている人は、組織の中に結構いる。
 そういう人たちの問題意識を大事にしたいのです。つまり、体でいえば悪性細胞ではなくて、良性細胞です。その病気を治そうとする自己治癒力を生かしていく。それは漢方処方です。ですから会社を改革するときは、この二つ、西洋医学と東洋医学をうまく組み合わせていくということです。リストラクチュアリングとか、リエンジニアリングは、場合によっては、西洋医学かも知れません。それでもこの意識改革とか、風土とか、そういったものは、東洋医学的にやる。組織の自己治癒力を活用する。
 今までの話でわかるように、バランスというのが大事なのです。こちらに片寄ったり、あちらに片寄ったりするのではなくて、中庸なバランス感覚です。この時期は、こちらに少しシフトして、この時期は、あちらに少しシフトする。しかし、また真ん中に戻る、そういうバランス感覚です。そういう改革のほうが、社員、取引先、お客様、地域社会からの支持は得られて、改革がしやすい。
 大企業、中堅企業、中小企業とあるのですが、大企業でいうと、これは私の個人的な見方ですが、今、キヤノンがいい。キヤノンはこのバランスが、非常にうまく保たれています。つまり、御手洗さんもアメリカ駐在が長いので、アメリカの考え方は、どんどん入れています。それでも日本に昔からあるいいものは、ちゃんと残しています。例えば、終身雇用制度を残しています。このバランス感覚が素晴らしい。
 それからソニーはとてもいい会社ですが、経営に「他律」を持ち込んでいます。つまり、社外重役を置いて、外から見張ってもらうやり方をしています。
キヤノンは社外重役を置きません。ソニーの経営にもキヤノンの経営にもそれぞれの考え方があります。私の個人的な考え方でいうと、外から見張ってもらわなくても自分たちで直せるという組織がいいと思っています。そういう意味では、キヤノンだと思います。キヤノンの本は、いろいろ出ていますから、企業経営とか、風土に関心のある方は、是非キヤノンの御手洗さんの経営思想を、お読みになるといいと思います。

処方箋の具体例(図18参照)
 風土改革の処方箋です。リーダーメッセージの発信と自らの行動を示すということで、上役の行動が最高のお手本です。それから職員の問題意識を自由に語り合える場ということで、組織風土の診断をしたり、処方箋を考えて実行する。このような場がオフサイトミーティングです。つまり、自己治癒力を高めるためには、会議だけでは駄目なのです。会議というのは、必ず議題があって、そこで決めなくてはいけないし、首座がいるし、上下関係もある。オフサイトミーティングでは参加者全員が同じ目線で話をするのがルールです。
 それから異質な組織との交流です。例えば、地元の掃除の会、県内または近距離の優良企業訪問、ボランティア実践などです。私はお掃除をやります。イエローハットという会社の相談役で鍵山秀三郎さんという人がいるのですが、日本を美しくする会というのがあって、あちこちの小学校などを掃除する。そこにも参加している。風土改革をやっていると、次第にそういうことが大事だなということがわかってきた。そしてトイレなどを掃除する人は、ある種の意識になる。これは後で申し上げたいと思います。
 1つの職場で1つの特徴とは、組織には、いろいろな部門がありますから画一的、同一の風土づくりには無理があります。ですから、その部門の特徴を出す。例えば大分県でいう一村一品のような、うちの職場はこれで光を出すぞ、そういうやり方がいいと思う。そういうことで、お互いに個性を競うといいと思います。
 それから次に、リーダーメッセージです。リーダーメッセージで参考になるのは伊藤忠商事です。もともと伊藤忠商事は三井物産、三菱商事、住友商事に比べたら、中堅だったのですが、最近はとてもいい会社になった。
 それは丹羽宇一郎という社長さんがとてもいいお手本になりました。今年の6月には完全に会社を去ります。この人は社長でしたが、電車通勤をしていました。これはとても珍しい。丹羽さんは、エアコンの利いた自動車に乗っていると、庶民感覚とか、現場感覚を失ってしまうと言うのです。だから満員電車に乗って、傘で突かれたり、ぶつかったりしながら、通勤をしている。そういう感覚が大事なのだということで、電車通勤を実行しました。会社が赤字のときには、3か月でありましたが、自分の給料を返上しました。
 そういうのを、社員が見ている。それで伊藤忠商事は、見事に変質しました。一気に4千億の債務を特損で処理して、その翌年には会社始まって以来の黒字を出しました。この丹羽宇一郎さんの著書「人は仕事で磨かれる」という本が、文芸春秋から出ています。これは非常に読みやすい本です。リーダーは、こうあるべきだということが、よくわかると思います。ぜひ読んでいただきたいと思います。

掃除体験で気づくこと(図19参照)
 先ほど私はお掃除の話をしましたが、お掃除を8年ぐらいやっている。お掃除をすると、世の中には、三つのタイプの人がいることがわかります。例えばタバコを吸う人のことです。その吸殻を路上に捨てる人と捨てない人がいます。捨てない人は道路を汚さないということを意識しているようです。それから非常に稀なのですが、路上の吸殻を拾う人がいる。私はいつも拾っているわけではないのですが、少なくとも路上に捨てない人にはなりました。若い時はゴミを路上に捨てても平気だった。お掃除をするようになってから、だんだん捨てなくなった。私たちは仲間たちと一緒に吸殻を拾うのです。トイレも掃除する。
「捨てる人」は「汚す人」、「捨てない人」は「汚さない人」、「拾う人」は「きれいにする人」と言い換えるとわかりやすいでしょう。だから社員の意識が「汚す人」から「汚さない人」に、できれば「きれいにする人」に変わっていくことを期待しているのです。このような意識改革は知識教育では難しいのです。いろいろな現場で体験してみて、はじめてわかってくることです。

松下幸之助さんの思想(図20参照)
 これは2・6・2の法則で、松下幸之助さんの思想です。松下さんは、この2・6・2の法則というのを、「商売心得帳」とか、「経営心得帳」とか、いろいろな本で書いているわけですが、社員は2・6・2に分かれるというのです。
20パーセントの人は、他人の給料分まで稼ぐ人です。それから60パーセントは、自分のお給料を稼ぐのが、精一杯な人です。最後の20パーセントの人は、他人が稼いだお金で、お給料をもらっている人という意味です。
 1990年以降、最後の20パーセントはリストラの対象になる。松下幸之助さんの考えは、最後の20パーセントはある時点の現象だという。今、稼がない人でも、いつか人の分まで稼ぐようになりたいと願っている、それが人間であるという人間観がある。だから最後の20パーセントを切り捨てないで、その人の能力に応じては上手に使っていく。そのうちいつか、必ず育つときがくるという考え方です。
会社というのは社会を構成する一つの要素というわけです。だから最後の20パーセントを社会に追い出して、社会に負担させるのではなくて、会社はそれだけの利益を上げて余力を持って社員を雇用していきたい、という考えでした。私はこれにすごく共感する。こういう会社が、先程言った2025年以降、必要だということです。今は勝ち組、負け組、フリーター、ニート、勤めたくても勤められない若者が、いっぱいいる。企業を経営する立場の人は、どういう考え方を持ったらいいかということで、この雇用の問題は、とても大事だと思う。この松下さんの考え方を応用して、改革する人、普通の人、現状に留まる人としたのですが、この比率はおよそ2・6・2です。改革する人が組織の中で1パーセントとか、2パーセントだったら、改革は進まないのですが、だいたい20パーセントになると、改革は進みます。だから少数を多数にするというのは、20パーセントまでもっていきたいということなのです。多数といっても、圧倒的多数にする必要はない。改革する人が20パーセントになれば改革は可能です。60パーセントの人たちが一気に20パーセントの人たちに追随していくからです。

組織は巨大な池(図21参照)
 この絵をみれば、イメージが浮かぶと思いますが、ミクロの改革を積み重ねて、全体の改革に繋げるということです。最初から会社全体を一気に変えるのは難しい。ミクロ、すなわち部分から変えるということです。日本を変えるときも、あちこちの地方での改革が積み重なって変わっていく。
 会社には、いろいろな部門があります。私は確信を持って言えるのですが、会社の中を隅から隅まで泳ぎ切った人は一人もいない。どこかの部分で、ちょろちょろと泳いで、35年、40年勤めて終わります。全体を変える立場の人はもちろん社長です。しかしそれぞれの部門にいる人たちが、ガードを固めて組織を守っているのが実態です。だから部門長が中心になって、部門組織を変えていく仕掛けを作ることが重要だと思います。

部分、自律分散による展開、中央はサポート(図22参照)
 風土改革のポイントは、ミクロの変革を積み重ねて、マクロ、すなわち全体を変える。ポイントは自律分散です。中央集権ではなくて、地方分権、地方主権、あるいは自律分散という感じです。つまり遠心力を使うということです。組織は求心力がないと壊れますから、求心力は大事なのですが、遠心力も生かす。求心力と遠心力のバランスです。
 ローカルで自由にやってもらうというのは、遠心力ですから、それを認めて、自由にやってもらう。人を信頼するという考え方がなくて、統制、管理で見張っているというのでは駄目です。中央の仕事は、サポートになります。私もいすゞで改革をやっていたときは、サポート役ということで、応援団の事務局長のように旗ふりをやっていました。

トップランナーは少数派、脱常識(図23参照)
 これはマラソンのトップ集団、団子集団、バス収容組の絵です。1990年までは、トップ集団に躍り出るよりは団子集団の中に入っているほうが無難だという業界もありました。それでも電気産業、自動車産業は国際競争の波が激しかったですから、当時の通産省は自由にやらせて、規制を取り払ってくれた。だから自由に競争できたので、日本の自動車会社11社の間にはかなり差が付いてしまいました。
 日本の多くの業界は護送船団方式でやってきました。つまり、団子集団の中に入っていろということです。団子集団のどん尻に照準を合わせて、業界全体を守ってあげるような政策がありました。規制緩和になって、トップ集団を形成することが自由になった。その代わりにバスに収容される会社も出てきました。つまり、勝ち組、負け組の時代ですから、市場から退場した会社、会社そのものがなくなってしまったのもあります。
このトップ集団を形成しているのは、大会社では、トヨタ、ソニー、キヤノン、伊藤忠商事、ヤマト運輸など20社ほどでしょうか。これからは大会社よりも、中堅、中小企業の時代が来る。トップ集団にいる会社は人真似をしないで、常識を打ち破りながら経営をしている。一方、団子集団にいる会社の大部分は、概ね多数派、常識派、横並びで経営をしていると思います。
トヨタ自動車は、とても特異な会社で、真似しようと思っても、真似ができないのは、経営の常識が全然違う。部長以上になると、日常業務はやりません。部長以上は、未来の経営を考える。そして今日、明日の日常業務は課長以下の仕事です。そういう風土です。だから部長は1年に2回ぐらい社長と対話するときに、新しい事業を提案できなくてはいけない。だからいつも考えている。
トップ集団を形成する条件にもパラダイムシフトがあります。2025年以降を視野に入れて、予測をしますと、物、金よりも命、心が大事になると思います。もちろん競争はありますが、競争と同時に自然環境とか、文化とか、そういうものとの共生、バランス、そういったことが、非常に大事な経営になってくる。

ファンづくりのポイント(図24参照)
 これからの話はきっと参考になると思います。先ほどCSとESという話をしました。今度はCSとCEという話です。これはヨーロッパのある会社の考え方です。私が組織風土をずっと研究して、ヨーロッパを見て歩いたときに、ある会社の経営の考え方に、これがありました。私はこの考え方に共感しました。
 CSというのは、Customer Satisfactionで、これは当り前です。今これができなかったら、会社は維持できませんから脱落していきます。だから並の水準というか、当り前水準といってもいいと思います。この当り前水準では、団子集団から抜け出してトップ集団に入ることはできません。だから当り前水準から一歩先へ出る、飛び出すということは、脱常識になりますから、結局CEということになる。
 このCEというのは、Customer Enthusiasmというのです。Enthusiasmというのは、少し難しい英語ですが、感動とか、熱狂というような意味です。お客が感動するとか、熱狂するという意味です。この違いはどういうことかというと、CSはRespond to expectationということで、expectationというのは、お客様の期待です。例えば、お役所に来た人は、お役所に対する期待がある。その期待に応えてくれれば、当り前水準です。つまり、CSになる。
 ところが、CEはRespond to more than expectationということで、期待を超えるということです。自分の期待しているあるイメージがあります。それを超えたサービスをしてもらったときに、感動が起きる。感動水準で、期待を超えるのはマニュアルを超えた社員の行動によって実現します。お客様は必ずリピーターになる。これが差別化のポイントです。マニュアルで決められた通りに行動していてもCEは実現しません。だから自分が考えて、こうだったら、お客さんが喜んでくれるという、つまり期待以上のサービスを心がけるということになる。このCEはレベルの高い自立したフロントライン、第一線社員によって実現される。このような考え方を参考にしていただければ嬉しいです。

世のため人のための経営が最大の競争力(図25参照)
 それでいよいよ大詰めで、最後の3枚になります。先程から2025年などと言っていますが、それは大分先なので、当面10年ぐらいの間を、見ていきたい。そうすると、今、雑誌、新聞でよく出てきますが、CSRです。Corporate Social Responsibility、企業の社会的責任ということで、今、口喧しく言われています。あるいはSRI、Social Responsible Investmentです。つまり、企業の社会投資という意味です。
 これは会社の経営から出てきて、社員に普及させようという考えです。企業倫理とか、そういうものが失われている。アメリカの資本主義は、キリスト教がベースにあるので、一種の歯止めがかかる。資本主義は、弱肉強食の世界ですから、どうしてもそうなるのですが、日本にはそういうものがないですから、なかなか歯止めが効かない。
 それでCSRということになってきているわけですが、CSRのマインドを押し付けられているわけですから、なかなかそうならない。今までは利益、利益と言って、もちろんどんな場合でも利益は大事ですが、とにかく数字を出せとか、成果主義などと言われている。プロセスはどうでもいいから、結果を出せといわれている。だからみんなどんなことをしても、つじつま合わせをしても、数字を出してくる。
 そういう中で、今CSRが入ってきている。そうすると、1人1人の倫理観を、どういうふうに育てるかということが、非常に難しい難題です。先ほど申し上げました伊藤忠の丹羽さんは、これに対して、非常に明解な考え方を持っています。彼が言っているのは、クリーン、オーネスト、ビューティフルだということを、繰り返し、繰り返し言う。
 これは日本語に訳すと、清く、正しく、美しくみたいな言葉ですが、それを繰り返し、繰り返し言う。そういう生活を自分がして、言行一致で、必ず言ったことは自分で守るということで、それを模範で見せている。だから自分が電車通勤をしている。そういうCSRを、ただそのときの流行りだから、押し込もうというのではなくて、どうやってその気にさせるかということです。これから大きなテーマになってきます。
 それで世のため、人のためを第一義に据えた経営ということで、これがまさにCSRです。自分の会社だけ良ければいいというものではない。世の中のために、会社はあるのだということです。そういう経営です。それが会社の存在をお客様が認めてくれて、社会が育ててくれるということです。それには命とか、自然とか、環境とか、文化とか、地域を考えた経営ということになります。大企業はグローバル化の波に対応できなくては、どうしようもないのでやっていますが、先ほどのキヤノンのように、もう一つこの部分をきちっと底辺に置きながら、会社を作っていくということだと思います。
 それで先ほど申し上げたように、大企業は大企業で、ちゃんとやっていきます。それでも私は風土改革の活動をしていて、予測しているのですが、これからは中堅、中小企業の時代が来るということです。中堅、中小企業が育っていかないと、社会の健全な発達がない。そのような意味合いで以下の会社を紹介します。
 まずセーレンですが、これは福井にある会社です。伊那食品、これは長野県です。イエローハットは、東京に本社があります。シャボン玉石けん、七福醸造、ネッツトヨタ南国、林原グループ、三和酒類、柏屋、ミツカン、イビデン、六花亭製菓、樹研工業などです。こういう会社は、時代の変化があって、それにうまく対応しつつ、トップランナーに出てきています。だから世の中は、大企業だけを見ては駄目です。中堅、中小企業が大事なのです。ソニーでも、ホンダでも、トヨタでも、最初はみんな中小企業だったわけです。会社は、30年寿命説というのがあって、30年ほどのサイクルで生れ変わっていきます。時代によって花形の産業も変わっていきます。これから先はどういう会社がいい会社として、ベンチマークしていくか、モデルにしていくか、そういう見方をしていただきたいと思います。
 埼玉県にもいい会社がたくさんあると思う。非常に地道に、こつこつやっている会社です。そういう会社を、ぜひメールとか、その他で、私に教えていただきたい。私はネットワークがありますから、いろいろ調べて、いろいろなところに発信して、いい会社を紹介していきます。
 今日は主催者から、時間を使い切って講演してほしい、と言われておりますので、質問は取りませんが、皆さんから何か質問がありましたら、どうぞインターネットのホームページで、私のところにメールで質問をいただければ、一言でも、二言でも、お答は必ずいたします。ぜひそうしていただきたい。「人と情報の研究所」は、ヤフーで見ると、すぐ出てきますから、ぜひ見ていただきたい。

企業経営、一つの理想(図26参照)
 脱常識、少数派企業の1つの事例として、長野県伊那市にある寒天メーカー伊那食品を紹介します。NHKテレビに「ためしてガッテン」という番組がありますが、先日、寒天が身体にいい、という放送をやったのです。そうしたら、ブームになってしまって、今、伊那食品は、忙しくて、忙しくてしようがないらしい。
 私が伊那食品がいい会社だと思うのは、37年連続で増員、増益なのです。普通は、増収、増益と言うのです。伊那食品は37年間、右肩上がりで売上げも利益も上げ続けてきました。一般的に増収、増益は、いわゆるリストラ、つまり社員の首を切るとコストが下がって達成できるのです。伊那食品がすごいのは毎年、確実に増員を続けてことです。例え少ない人数でも、日本のあちこちの会社で雇用を増やすことが大事なのです。雇用を増やすことは、企業の社会的責任のひとつです。
 ここに伊那食品の経営思想が書いてあります。これはすべて脱常識の発想です。伊那食品はお客様からとても支持されています。いつか伊那谷のほうに、ご家族でドライブに行って伊那食品に立ち寄ってみてください。そこには地ビールとか、落ち着いたレストラン、花いっぱいのガーデン、美術館などがあります。とても美しい環境です。
 そして参考書としては、「いい会社をつくりましょう」という本があります。長年、社長を勤めた塚越寛さんが書いていますが、文屋という出版社から出ています。この文屋というのは、講談社とか、文芸春秋のような大手の出版社ではない。長野県小布施にあるローカルの出版社が出している本なのですが、今密かにブームになっています。
 だから世の中の表面に出ている変化よりも、ずっと深い層のほうで起きている変化を見極めながら、将来の大きな変化を予測して経営をしていくことが重要になっていきます。

チェンジリーダーの要件(図27参照)
 最後になりましたが、皆で力を合わせて将来に向けて改革をしていただきたいと思います。たまたま今のような変革の時代に生きた仲間として、私たちはただ今の環境に対応するだけではなく、先を見て世の中をいい方向に変えて、次世代にバトンタッチしていくという責務がある。ですから改革をしようと呼びかけているのです。私のフィールドは、あくまで企業ですから、お役所の改革には直接はタッチしていないのですが、企業というフィールドでは、頑張っている。
 改革をする人には、三つの条件がある。一つは、志です。大きなエネルギー、自分の内面から力を沸き起こすものが、志だと思うのです。松下政経塾の副塾長だった上甲晃さんという方が主宰している志ネットワークに私も参加して志を普及しているのです。
 それから二つ目は、足元から変えるということです。先程ミクロのお話をしましたが、全体を変えることは難しい。20人ほどの対面小集団なら変えることができます。みんなが大分県の一村一品のように、自分の職場を良くしていこうということです。その小さな改善、改革を積み上げていくと、全体が変わっていきますから、そういう運動を展開していくといい。組織の中に評論家はいらないのです。当事者をたくさん作りたいのです。
 それから三番目として、いちばん難しいことかも知れないのですが、自分が変わるということです。自分が変われば、周りが変わります。特に部長や課長の方々は部下に変われ、変われと言っていますね。まずは部長や課長ご本人が変わるということが、一番大事だということです。
部長や課長が変わると周りの人も変わりますし、部下も変わりますし、職場も変わるということですから、原点は自分が変わるということです。そして変わることは、成長することであるということをしっかり確認しておきたい。
 今日は、とても緊張しました。それでもだんだん話が進むに連れて、割合とリラックスすることができました。皆様のおかげです。ご静聴、ありがとうございました。

この講演は平成17年4月8日(金)、埼玉県の幹部職員(部課所長級)を対象に行ったものです。
尚、この講演録は埼玉県総合政策部人事課の皆様のご尽力によるものです。
               
                  
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