これは96年4月に日本能率協会発行の「組織、業務革新事例集」に投稿、掲載されたものをベースに北村が加筆修正しました。

いすゞ自動車の風土改革

 1.はじめに

(1)企業存亡の危機からの出発

 当社は1991年10月期決算で483億円といういすゞ自動車で初めての空前の赤字決算を記録した。これはいかに市場環境が激変したとはいえ、株主はじめ各方面に対して許されない数字であった。場合によっては倒産、他社との合併といったことも起こり得る状況に追いこまれたといって過言でない。

 こうした危機的状況の中で登場した関和平新社長のもと、大胆な事業構造改革、経営資源の再配分、経営の効率化、大幅なコストダウン活動などが展開されることになった。とりわけ1992年12月に発表された乗用車生産からの全面撤退は会社再建へ向けての社運を賭しての大決断であった。

 今ふり返ると、この大赤字がもたらした全社的な危機感が結果的に当社再建に向けたエネルギーとして好影響を与えたともいえよう。なぜなら中途半端な赤字であれば、これまでの経験からして黒字転換は多少の努力で可能と考える風土があったし、過去に蓄積した資産があった企業であるだけに「何とかなるさ」という思いを多くの役員、社員に与えたに違いないからだ。まさに、これが“大企業病”なのであるが、当社の場合、もはやガンの末期症状と思われるほどに病状は悪化していた。あれから4年の間、私たちは大企業病を治療するために懸命の努力を行ってきた。そして96年の3月期には何とか人並みの利益をあげることができる目処がついた。

 ここでは当社の体質改革(Re‐minding)活動について、その特色や活動内容の概要を紹介したい。

(2)体質改革活動の位置付け

 図1にある通り、いすゞでは三つの視点から企業改革を行っている。

 一つは戦略の改革(Re‐structuring)である。これは乗用車生産からの撤退や他社との提携、車種・車型の絞り込み、重点投資など主として経営資源の再配分のことである。2つ目が仕事の仕組みの改革(Re‐engineering)である。主として開発の仕組み、受発注の仕組みの改革などである。またVA、VEなどによるコストダウン、部品共通化や部品点数削減を徹底して行った。原価低減を主とした活動で確実に収益性は向上してきたと評価している。

 3つ目が本稿のテーマである体質改革(Re-minding)である。これは企業の風土や文化を変革することであると言い換えることもできよう。企業の体質(風土・企業文化)は社員一人ひとりの意識の集積であると考えている。従って体質改革を実現するためには、社員の意識改革を積み上げることが重要である。

 つまり今まで企業の中で社員はある種のマインドコントロールをされてきたといえる。その社員の意識を解放する活動という意味でRe‐mindingと称しているわけである。

 体質の改革は農業での土壌改良に似ている。良い作物を育てるには良い種や肥料、良い天候が必要である。良い土壌だけで豊作になるわけではない。企業も同じで優れた戦略と付加価値を生み出すための良い仕組みがなければ、高収益には結びつかない。そのことを理解した上で私たちが特に強調したいことはいくら良い戦略、良い仕組みがあっても土壌に当たる企業体質が悪かったら業績の向上はおぼつかないということである。

 実際、1991年のいすゞの急速な業績悪化の主原因は経営戦略の失敗にあるが、体質が最悪であったことも伏線にあったといえよう。当時のいすゞは各部門が官僚化し、極端に部分最適化していたのである。つまりいすゞ全体がたこ壷に入り込んでいるだけでなく、各部門がたこ壷の中でそれぞれ残壕を掘って立てこもったということである。その結果、メーカー独りよがりの商品開発に走り、社内論理だけがまかり通る虚構の経営が行われていったのである。そしてこの経営を軌道修正するためには空前の赤字決算を待たなければならなかったということは、経営戦略のミスは当然としても、重大な企業体質上の欠陥があったと認識せざるをえないのである。

 そこで私たちは体質改革の大目標を「外部環境の変化に素早く対応できる体質にする」と決めた。社員がもっと身近に感じる目標としては「会社の目指す方向に向かって自分たちの能力を最大限に発揮できる職場を自分たちの力で作る」ということにした。

 目標は決まったが、それをどのように実現していくか。実はこれまでにもありとあらゆる体質改革活動を行ってきた。そしてその結果が、この“大企業病”体質なのである。そこでまず従来の体質改革活動の問題点を探ることにした。

(3)過去に実施した体質改革活動からの教訓

 当社は過去に数多くの体質改革活動を実施してきた。体質改革に効きそうな市販の新薬は殆ど服用してきたということである。けれど効果が殆どなかったか、効果が長続きしなかったかのいずれかであった。中には効果がないだけではなく、ひどい後遺症に悩まされるといった副作用だけが残った活動もあったのである。

 特に前社長が導入したTQCは当社の体質を極端に悪化させた。もともと当社は米国のゼネラルモーターズと提携していた。今から10数年前のゼネラルモーターズは大企業病に侵されていたのである。そのゼネラルモーターズの企業文化の根幹をなすプレゼンテーション至上主義がいすゞに伝染してきて、徐々に汚染されていったのである。つまりOHPに色を塗った美しいプレゼンテーションには最大限の努力をするが、実行は二の次であるという文化である。それに加えてTQCの導入である。TQCはいすゞの体質を更に悪化させた。会社全体がTQC指導会に向けて本業そっちのけでプレゼンテーションの準備に狂奔した。多くの社員が膨大な残業を行い休日出勤を重ねた。このようなばかばかしい活動を継続することは一人ひとりの社員にとって、貴重な人生の浪費であり、まさに「賽の河原」の作業であった。現場(ライン)は、発表のための発表を行い、TQC推進室は「やらせ」による推進を行った。経営者も社員もTQC教によるマインドコントロールにかかってしまったのである。

 そして、ライン部門の社員はサラリーマンとしての知恵を絞って“やったふり”をして狂気の嵐の吹きやむのを待ったのである。TQC推進担当役員や推進部長、この被害者の立場にある役員は現実を直視しようとはしなかった。そして次第に社長は裸の王様になっていったのである。「意味のあることで忙しいのなら、いくらでも頑張る。いくらサラリーマンでも時間の浪費をしてまで給料をもらう意味はあるのか」という疑問を一部の社貝が持ち始め「猫の首に鈴をつける」活動が非公式に始まったのである。それがきっかけになって、一部の経営者が現場の深刻な問題に気づくようになり、8年間続けてきたTQCの決別とデミング賞挑戦の断念の決定を前社長自ら下すことになったのである。前社長は会社を良くしたいという願いを持ってTQC導入したはずであるが、手段であるべきTQCが目的化してしまったのである。つまり推進の仕方を誤った結果、多大な損失と後遺症を残す悲劇となったのである。

  TQCを初めとして過去に実施した体質改革に共通な特長として次のようなものが上げられる。つまり

 @全社一斉に展開する

 A推進室などの推進体制をつくる

 Bプレッシャーをかけてやらせる

 ということである。

 こうした苦い経験があったので、今回の体質改革活動ではどのような方針、手法で臨んだら良いのかが検討された。再び市販の新薬、つまり何か新しい手法を導入してもあまり効果を期待できそうもない。そこで私たちの手づくりの方法を考えることにしたのである。 

2.体質改革の基本的方針

 「外部環境の変化に素早く対応できる体質にする」という目標を確実に達成していくためには、従来のような“やったふり改革”や“やったつもり改革”は許されない。企業存続の危機が現実に迫っている以上、実質的に体質を変えなければならない。とすれば、従来とは全く逆のやり方でやってみる他はない、という結論に至ったのは当然の成り行きであった。

つまり、

 @部分展開でやる

 Aやりたい人が改革をやる

 B社員が共有している価値観を変える

 C改革推進室をおかない

 という四つの基本的な方針を掲げたのである。これは、これまで試した方法論を即効薬とすれば、もはやこの種の薬は当社には効かない。漢方薬を使って、組織の細胞である社員一人ひとりが持っている自然治癒力によって治療しよう、という覚悟を決めたことに他ならないのである。

 それぞれについて以下に述べる。

(1)部分展開でやる

 この狙いは、一斉に会社全体を変えようという考え方から脱却し、会社を構成する個々の最小単位の組織を細胞に見たてて、その個々の細胞が変われば、それがじわじわと全体に波及して、最終的に全体が変わるだろうという発想に基づくものである。

 そこでメーカーである以上、「お客様の求める商品を低いコストで造ることを最優先にする」という考え方から、4年前に開発部門がスタートし、翌年には生産部門にも拡げていった。当社には1万6,000人の社員がいるが、このうち1万2,500人が所属するこの2部門が改革されれば他部門に与える影響も大きい。しかもこの2部門の体質が変われば良い商品が開発、生産されることになる。

 次いで1年前から国内営業部門が改革に着手し、ある程度の活動を展開中である。しかし営業部門というのはもともと「やったふり」が上手な部門であり、どこまで改革が進むか予断が許されない。いちばん改革の難しいのが、企画、人事、システムなどの社内官僚が多数存在する本社部門である。難しい部門であるがジワジワとやっていく予定である。

(2)やりたい人が改革をやる

 これには二つのポイントがある。その一つは組織の「2:6:2の法則」を活用することである。この「2:6:2の法則」が意味するところは、改革に積極的な人たちの割合が全体の2割、6割は大きな流れについていく普通の人たち、残りの2割がそっぽを向いている人たちということである。しかし、いすゞの最悪の時期であった4年前にはやったふり改革をやる人は大勢いたが、ホンモノの改革をしようという人は1パーセントもいない状況にあった。そうした状況下で、私たちは改革をやりたいという気持ちを持った潜在的な人材を社内で見つけて、ネットワ−ク化していったのである。

 もう一つの考え方は「改革」と「改善」とは全く別物であるということである。つまり改善は過去の延長線上でもっと良くするという考え方がベースにある。だから社員である以上、改善には社員全員が参加すべきなのである。しかし改革は先輩が営々として築き上げてきた、ものの考え方・仕事の仕組み・制度などで、時代に合わなくなったものを破壊するということである。つまり過去の否定を伴うことになる。従って改革を進めるに当たっては大きな軋轢を伴うことを覚悟しなければならない。つまり改革は、何が何でもやり遂げようという覚悟を持つ人でなければできないということである。つまり指示されて改革をやるという意識ではなく、自らやりたいという人でなければならないということである。

(3)社員が共有している価値観を変える

 日常の仕事のやり方や行動のベースとなっているのが社員が共通に持っている価値観である。これは社内の常識、空気のように当たり前となっているものといえるが、これは会社によって大きく異なるし、また一つの会社の中でも部門によって異なるものである。これが社員があたり前のこととして身につけている仕事の仕方、行動の仕方であり、これが仕事の出来栄えを大きく決めるほど重要なものなのである。この水面下の無意識の常識となっている価値観に焦点をあてて、これを変えていこうということである。難しい課題ではあるが、これこそ意識改革を進める上での根幹の考え方になっている。

(4)改革推進室をおかない

 改革を実行するのは日常多くの仕事を遂行しているライン部門が中心である。もし本社などに専任の推進部署を設置すると“やらせ一やらされ”の関係がどうしても生まれてしまう。なぜなら推進部署の長の最大の関心と仕事は、いかにしてライン部門に改革を「やらせるか」ということであるはずだ。やらせることによって、格好がつき推進部長の評価がマルになる。いすゞでは多くの社員がこの種の推進部長に泣かされてきた。過去の苦い失敗を二度と繰り返さないということを肝に命じ、改革推進室はおかないことにした。そのかわりライン部門で改革を実行する人達へ助言をしたり資金援助をしたりする、いわば応援団の事務局員のような役割をもった人たちを配置している。私はこれを「仕掛人」と名づけている。仕掛ける人がいるから、改革の動きが出るのである。企業の改革の動きは例え経営に圧政があったとしても、自然発生的には生まれないとみたほうが良い。だから「やらせ」はだめだけれど「仕掛け」は必要であるというのが私の考え方である。

 いすゞの場合、サラリーマン出世競争での決着がついている窓際族の私が、身軽な立場を活かしながら仕掛け人をやっている。お陰様でライン部門で改革に携わっている人たちは窓際族の私に気楽に相談してくれたり、ホンネの情報を提供してくれている。

3.体質改革実現のためのプロセス

(1)ビジョン設定型改革か問題解決型改革か

 体質改革を進める場合、大きく二つの方法論が考えられる。一つはビジョン設定型改革であり、21世紀のあるべき姿、ビジョンを描き、それに向けて活動を進めようという方式。これは目標が明確でわかりやすいから、全社的な取り組みにはある程度、有効とされる。しかし、いすゞのような大赤字を抱えしかも重度の大企業病に冒されている企業では、この方式を導入すればシラケるだけである。つまり社員と社員の関係、部門と部門との関係の信頼関係が希薄になってしまった企業風土のなかでは「またか」という空気しか生まれない。

 そこで、いすゞの体質改革ではもう一つのアプローチである「問題解決型改革」で進めることにした。このアプローチは現在、会社の抱えている問題点を徹底的に洗い出して、その問題の原因を究明、対策を実行するというごくあたり前のやり方である。

 そして、以下のプロセスで活動を進めていくことにした。

 @大企業病の症状と病名を特定する

 A大企業病に罹った原因(病因)をつきとめる

 B社員が共感しながら創造的な方法で治療する

 この三つのプロセスが、当社の体質改革活動の基本的な流れである。手順そのものはきわめて単純であるが、テーマが体質改革という目にみえないものであるだけに、具体的な改革活動には多くの困難が伴う。個々人の意識を変えていくことが目的である以上、マニュアルで記載し、他社で適用できるような標準的な手法があるわけではない。

 従って、文章で活動の実際を説明することも容易ではない。ポイントだけを紹介すれば、徹底して社員自らに自社の問題点は何かを考える機会や場を設け、共通の危機感や問題意識を共有化しようとしたということである。答えや結論を上役や周囲から与えることはあまり意味のないことである。また抽象的なテーマで議論することは生産的ではないので、できるだけわかりやすいテーマ、例えば「いすゞは何故儲からないのか」というテーマで議論をスタートさせたのである。

(2)〈ステップ1〉大企業病の症状と病名を特定する

 前述のような方針で、各職場、工場ごとに議論してもらった結果、当社の大企業病の症状あるいは病名は、どうやら以下の三つでありそうだという共通認識が生まれてきた。

 @行き過ぎた部分最適病

 Aつじつま合わせ病

 Bやらせ・やらされ病

 大企業病とひとくちに言っても多くの症状があるはずであり、いすゞの大企業病の症状と病名を特定できなければ、その後の治療(対策)に結びつかないからである。これらの病名は説明するまでもなく、セクショナリズムの横行、形式主義、一体感の欠如を指摘したものである。全く恥ずかしいことではあるが、これが当社の大企業病の実態であった。このステップで重要だったことは、当社の問題点を体質改革活動に関与する社員が“解決しなければならない問題”として共有したことにある。

(3)〈ステップ2〉大企業病に罹った原因(病因)をつきとめる

 さて病名は特定できても、治療するためにはその原因を明らかにしなければならない。例えば肝臓病に罹ったとしても、その原因はアルコールの飲み過ぎなのか、ウイルスによるものか、または過労なのかを明確にしてから治療をするはずである。企業の病気でいえば、「つじつま合わせ病に罹っているね」という共通認識を持っただけではその病気は治らない。その原因を見つけて、手を打つことが大企業病の治療につながる。そこでいろいろと原因となる要素を探っていった結果、当社では“人間観と情報観”に問題がありそうだということになった。

 つまり、企業における人間存在とはいかなるものか、高度情報化社会にける「情報」のあり方をどう変えたら良いのか、といった抽象的だが本質的な問題を探る過程で、当社の大企業病の病根を浮き彫りにしていった。

 例えば当社の場合について歴史的にその源を辿ると、昭和20年代にドロ沼の労使紛争があった。そこで経営者は労使関係の安定を心から願い、人事部門を一流大学法学部出身のエリートで固めていった。その結果、制度、規則、判例が整備される一方、人事の根本である「人間はどうしたら気持ちよく、創造的な仕事ができるか」ということについては軽視され、結果として平目社員を多数生み出すことになった。基本的にはいすゞの人事管理の根底に流れる思想はいわゆる「X理論」に基づくものであった。今、私たちが目指している方向は社員の共感のもとに「Y理論」の思想を普及しようとしているということになる。

 組織に関していえば、従来のピラミッド型組織ではなく新しいチーム型組織にしていくことが「外部環境の変化に素早く対応できる体質になる」と考えている。従って活動の目標を達成していくにはチーム型組織が不可欠であるという仮説を持っているし、この考え方をなるべく早く実現させたいと考えている。このチーム型組織では、従来のマネジメントの考え方、行動様式は全く通用しなくなる。まさに人間観、情報観を根本から変えていかなければならないのである。

 例えば、ここに米国のある優良企業の組織とマネジメントの改革の方向を示す考え方がある。ここに見るように組織とマネジャーの役割が大きく変わることがわかる。

 従来、監督者(スーパーバイザ−)といわれた人は、語義どおり人間不信に基づいて作業者をスーパーバイズ(監視)する人であった。これがチーム型組織の導入によって大きく変わる。リーダーはピラミッドの上にいるのではなく、チーム型組織の外に出るのである。そしてメンバーに自主的にものごとを進めることができるパワーを委譲していく。つまりエンパワーメントである。目的を持った集団には必ずリーダーが存在する。エンパワーメントによるリーダーの役割はどう変わるのだろうか。

〈チーム型組織でのりーダーの役割〉

 このリーダーの役割、機能は「他人を援助する」(Supporting Others)ということになるはずだ。「他人を援助する」(Supporting Others)の中身を具体的に見てみよう。

@Guiding(ガイディング):外部環境、経営の方向、他部門の動向などの情報を収集自ら判断して、メンバーに進むべき方向を示す

ACoaching(コーチング):メンバー個々のスキルの目標レベルを設定し、そのレベルを達成するプロセスを決めて、実行する。

BEncouraging(エンカレッジング):励ます。

 従来の経営学に記載されている組織論ではこのEncouraging(エンカレッジング)が欠落していたように思う。チーム型組織でのリーダーの役割を三つに絞り、その一つにこのエンカレッジングを加えたことは、アメリカの経営学での人間研究が進んだものと私は見ている。このエンパワーメントの考え方は、当社のマネジメントのこれからの方向を考えるうえで、きわめて示唆に富むものと認識している。

 次に情報に関して触れたい。従来、いすゞでは情報は隠すものであり、一部の特別な人達が持っているという情報観が支配的であった。つまりいすゞの社員は長い間「依らしむべし、知らしむべからず」という封建時代の思想に覆われていたことになる。

 私たちは今後いすゞの中に新しい情報観(内容省略)を普及していきたいと考えている。

 以上のように、これからの時代に当たり前となるはずの、マネジメントの考え方や情報に関する考え方を社員に情報として流している。そしてその情報を元に実際に改革を担う人たち自身で今後の方向や具体的行動を考えてもらっている。また実際に試行錯誤をしながら社員が真に共感できる価値観、思想を普及しようとしている。これが私たちの進める改革の基本的な戦略である。

(4)〈ステップ3〉社員が共感しながら創造的な方法で治療する

 いよいよ具体的な対策、治療の方法論である。ここでも社員の共感が不可欠の要件と考えているので、これを念頭におきながら従来の枠にとらわれない方法を考え、これらを組み合わせながら実行している。いわば症状に応じて下記の七つの漢方薬を処方して飲んでいるということだ。

 @社長メッセージ

 A社長対話

 Bインフォーマルミーティング

 C塾活動

 Dミニコミ誌

 E自主企画による活動

 F企業間交流

 これらの個々の内容については、次章で述べる。

4.体質改革の具体策(7つの漢方薬の内容)

(1)社長メッセージ

 企業の改革が成功するかどうかは99%社長次第で決まる、というのが私たちの考え方である。特に大事なのは社長自身が持っている思想、それに加えて他者が持っている思想も取り込むことができるキャパシティ−である。封建時代の殿様を「2:6:2の法則」に添って分類すると名君、並の殿様、バカ殿様とに分かれる。現代の企業も同じで名社長、並の社長、バカ社長ということになる。大部分の企業の社長が「名君」だったら社員は苦労をしない。社長の方針に添ってやればよいだけだ。しかし現実の企業はそうはいかない。しかも企業の社長は世襲的にバトンタッチされる。だから多くの悲劇が生まれているのだ。社長がバカ社長だったら、社員は「やったふり改革」か「そこそこ改革」をやって時間を稼ぎながら将来の本格的な改革ができる機会を待つほうが良い、というのが私の基本的な考え方である。会社の中には権力構造が存在する。社長が本気で改革をしようとしていないのに、社員が本質的な改革を仕掛けようとすると大怪我をするからだ。

 私どもは新社長の出現で改革ができると判断し、社長の思想を「社長メッセージ」という小冊子を通じて社員に浸透させることにした。就任時には社長自らが執筆し、特に重要なメッセ−ジとして社長が「風土改革の先頭に立ち、まず自分が変わる」と宣言してくれたことである。それ以来、社長メッセージは内容を変えながら7回発行された。面白いのは開発部門や生産部門のトップが社長と同じようなメッセージの小冊子を発行するようになったことである。メッセージ作成のポイントは目標や課題を羅列した無機質なものでなく、社長個人の思想や想いが盛り込まれていることである。

(2)社長対話

 新社長は風土改革の宣言と共に、自らが社員との対話には優先的に応じるという姿勢を表明した。私たちはそれを受けて社長対話の効果的な実施方法を具体的に検討し、次のやり方で実施してきた。

 対話の実施に当たっては、対話を世話するいわゆる世話人が自発的に参加する社員を8人ほど集めて現場事務所などで実施する。対話の始まる30分前に私が対話の目的を説明するが「とにかく事実や気持ちをそのまま伝えて欲しい。ホンネで話して問題になって人事異動で飛ばされた人は今まで一人もいない」と言っている。対話は極めてなごやかに実施され、対話が終了した段階では「この人が社長なら会社の将来は明るい」という実感を持つようである。すでに社長対話は60回を越えている。

(3)インフォーマルミーティング

 インフォーマルミーティングの代表的なものは100人委員会であった。これは大企業病の症状を明らかにするためにできたものである。100人委員会といっても委員が100人いるというわけではない。大勢といったような意味である。製造部100人委員会、藤沢工場100人委員会、役員100人委員会など50位の100人委員会が次々とできた。100人委員会は、会社の中期経営計画にのっている公式なものである。100人委員会への参加は「出入り自由」となっており、世話人が開催を決め案内する。研修所の宿泊費や食費などは会社が負担している。

(4)塾活動

 塾活動は97年から始まった。改革を進めるためには「志」が必要である。いすゞでは「ニューウエーブマネジメント研究塾」として陽明学の「知行合一」をベースに「志」ある改革リーダーを養成している。98年2月現在でおよそ40名が卒塾している。

(5)ミニコミ誌

 仕掛け人や世話人はそれぞれの想いで勝手にミニコミ誌を作って配布している。風土改革に関連するミニコミ誌はおそらく全社で10種類位あるだろう。ミニコミ誌の内容は職場改革の愉快な事例、社外から招いた講演のまとめなど様々だ。

 私自身は『100人委員会から』という情報誌を不定期に発行している。

(6)自主企画による活動

 職場の有志が世話人になって自主的に講演会や勉強会を実施することを勧めている。講師は社内外から招聘される。例えば、工場の現場の人達が会社の財務状況について関心を持ったとする。その場合、世話人が経理部長に直接に依頼して説明会を実施するといった具合だ。社外の専門家による講演会を自主的に開催することはごく当たり前になってきた。

 また工場現場の中にあるそれぞれの職場が工夫をこらした設計で休憩室を作る活動などをやるようになってきた。私たち仕掛け人の役割は、職場の自主企画に対して助言をしたり資金を提供することである。

(7)企業間交流

 一般的な企業交流の方法として行われている一度限りの企業訪問や工場見学とは別の方法を模索している。なぜなら1回位の訪問ではその企業から実りある学習をすることが難しいと考えているからだ。それにこちらからの一方的な訪問では「頂くだけで、お返しができない」ことになる。そこで私たちはお互いに行ったり来たりの「交流」を願っているわけである。代表的な事例としては、いすゞの技術者と異業種の中堅企業の技術者交流、いすゞ工場の現場マネジャ−といすゞ系販売会社のサービス工場マネジャ−との交流会を継続的に実施している。

 またミュ−ジカル劇団の「ふるさときゃらばん」との交流を続け、最近は社員が自主的に予算措置を行ってトラックを入手し、アルミボデイに派手な絵を描いて寄贈したりしている。

5.活動の評価

(1)活動の評価の仕方

 私たちの活動は体質改革という目に見えにくい部分を対象としているために、その成果を定量的に測定することは難しい。従って役員会などで成果報告を行おうとすれば、ある程度は無理に成果を算出し、いわゆる“つじつま合わせ”の成果報告に堕する怖れがある。そのため、あえて成果報告会などは行わないことにしている。

 ではまったく評価しないかといえばそうではない。社長や担当副社長といったトップが自ら現場に出向き、現場の人達と直接に対話をして成果をチェックすることにしている。成果が認められなくなったり、副作用が成果を上回ったら、この活動は停止しようということにしている。

(2)活動と成果の因果関係

 1991年10月期の経常赤字は483億円であった。仮に1996年3月期の決算が400億円とすれば、この4年間で880億円の改善ができたということになる。ただ私たちは業績の改善と体質改革活動の成果とが直結しているわけではないと認識している。もちろん「風が吹けば桶屋が儲かる」式にいえば、風土改革が業績の改善にプラスに作用しているとは考えているが、本質的に地味な活動であり、利益に貢献したなどと声高に主張すべき性質のものではないと考えている。

 だからこそ体質改革の「費用対効果」については厳しく評価されるべき性質のものではないと考えている。体質改革に関する費用は全体経費の0.1%程度であるが、これを私たちは組織のハンドルの遊びに関する費用であると考えている。

6.まとめ

 私たちが進めていることは「社員の意識を変える」ことに関わるおこがましい活動である。人の心は一朝一夕には変わるものではない。だからこそ東洋医学的にじわじわと地道に継続していくことが必要だし、また決してトップダウンで一斉にやらせるという方式はとらないのである。

 体質改革の目指すイメ−ジとしては左手の原則と右手の法則(内容省略)のバランスを取れる組織風土を創っていこうということである。そして一気にすべてを変えようなどとは考えていない。変わるか変わらないかは社員−人ひとりの問題であり、変われなければ21世紀に生き残れないだけのことである。私たち仕掛け人は「自分たちのために改革をやる」という志を引き継ぎながら、10年を目標に息の長い活動を続けていきたいと思っている。(完)

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