お役所の組織風土改革
 (この講演録では図は省略してあります)

 ただいまご紹介いただきました北村三郎でございます。ときどき、「北島さん」と言われますけれども、北村三郎ですのでよろしくお願いいたします。きょう、雨のなかお運びいただきまして本当にありがとうございます。長い時間ですけれども、一生懸命やってみたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 私はいまご紹介がありましたようにいすゞ自動車でサラリーマン生活を35年やりました。途中で何回も辞めようと思いましたが、当時は辞めるとなかなかいいところへ再就職できないので、いったん入った会社は運命と考えて35年、定年まで勤めました。それから、定年後10年たちました。現在70歳です。本当に時間がたつのは速いです。40歳のときは時速40キロだったけれども、つい最近までは時速60キロでした。まもなく70キロに入ります。光陰矢の如しということをしみじみ感じています。
 この10年間、いろいろなお仕事をさせていただきました。特に千葉県のオリエンタルランドで4年間管理職の意識改革をやりました。そのあとイオン(ジャスコ)の労働組合で6年間やっております。そんなわけで千葉県とは非常にご縁が深くて、とても身近な感じがしています。
 私は企業で改革をしてきた人間ですから、企業の話をしますが、これは必ず行政の皆様にもヒントになると考えています。企業では差別化、他の企業と違ったことをやらないと勝てないということですから、商品やサービスで独自のものを出していくということをやっています。ところが、最近の風土改革の動きは、独自の風土を出すというより、あたりまえのことを徹底させるという動きのほうが主流になってきています。つまり、なかなかあたりまえのことができていない。あたりまえのこととは何かというと、とても単純なことですが「整理、整頓」「挨拶」「準備、実行、後始末」などです。例えば「整理、整頓」ができていない会社で、いい会社はありません。業績も上がりません。なぜ「整理、整頓」が大事かというと、無駄がなくなり、効率が上がるのです。ですから、あたりまえのことを徹底させていくという企業がいい会社であるということです。
 私は朝早く、顧問先の会社に行って社員の動きを見ることがあります。社員が出勤してきます。そのとき元気な声で挨拶をしない社員が多い会社は業績が悪いですね。部下の挨拶に対して、上司も「おはようございます」と元気な声で言っている会社はいい会社です。そういう極めて単純、あたりまえのことを徹底させようとしている企業も現れてきました。
ですから、今日は、皆様方に特別な話はできませんが、あたりまえの話が多くなります。
 今日は上級幹部の皆様方と伺っております。ですから、あまり細かい話より大事なポイントだけをお示しして、あとは皆様で調べていただいたり、あとで問い合わせをしていただくというふうにしたいと思います。たぶん再びお会いできることはないと思いますので、一期一会、今日の場ということでぜひ皆様、集中してたくさんの情報を受け止めてください。その中に必ず一つや二つのヒントがあると確信いたしております。なぜかというと、私は風土改革をやって33年です。33年一つのことをやってきております。それも知識ではなく実践してきて、半分ぐらいは失敗しています。失敗のなかから見つけた現時点での考え方でございますので、きっと参考になると思います。
 まず、最初に茹でガエル現象、この茹でガエルという言葉は企業ではだいたい常識になっております。ご承知のようにカエルを水に入れて温度をどんどん温めていきます。ゆっくりゆっくり温めていきます。そうすると茹で上がってしまう。熱いお湯にカエルを投げこんでも、カエルは飛んで逃げてしまいますけれども、ゆっくりゆっくり温める。それを茹でガエル現象といいます。世の中はどんどん変わっているけれども、会社のなかにいるとぬるま湯だから茹で上がってしまうということです。
 東京大学・月尾嘉男教授のこの表現はこの「茹でガエル現象」を実に見事に表現されていると私は思います。私たちの環境は緩やかに変わっていく。しかし、その変化に気づかずに、いつのまにか茹で上がってしまう。そのことが実に見事に表現されていますので、これはぜひお持ち帰りいただきたいと思います。
 これはまったくあたりまえのことで、皆様よくご承知のことでございますけれども、世の中は必ず右肩上がりで進歩します。私は昭和11年生まれですから、戦争に突入して、戦争が終わったときは小学校2年生、そして高度成長になっていって、90年のバブル崩壊、今まで、それを全部見てきました。
東京・上野の地下鉄駅構内に大勢の浮浪児、親を失った子供たちがたくさん寝ていた。そういう現場も見ています。
 ですから、このカーブのあるところを生きてきているわけですが、世の中は必ず右肩上がりです。今から50年前、100年前に比べたら、今はとてもいい世の中です。さらに50年後、100年後はもっといい世の中になるでしょう。
しかし、一直線でよくなるわけではない。必ず波を打ちます。一番の底が1945年、戦争に負けた年です。そして、高度成長で日本はとてもよくなって、プラザ合意、90年ぐらいから不良資産などいろいろ抱えて、経済成長もある程度伸びてしまって、もっと伸ばすためにどうするかということが最後の5年間だったと思います。そこでたくさんの不良資産を抱えて、やっと整理が終わったというところでしょうか。
 いま2006年、これがいつここに浮上してくるか。2015年と書いてあるけれども、いろいろな人の意見を聞くと2020年とか2025年と言われているわけです。そして、また新しい世の中になるでしょう。こういうことで乱世と治世がいつも循環する。私たちが生きている今の時代は変革期です。私は安定期と変革期と両方生きてきましたが、皆様は変革期に生きています。ですから、変革期に生きている以上、変えるのが当たり前、変わるのが当たり前ということになります。特に指導層の人は変革の当事者ということになるでしょう。このことをひとつ頭に入れておいてほしいと思います。
 次に、現代社会において何が問題なのか。この問題の本質を皆様とともに考えてみたいと思います。一つは、戦後教育の効果をどうとらえるかです。私が小学校に入ったときは修身という教科がありました。戦争に負けて、小学校2年のときに学校に行ったら修身という教科書は取り上げられてしまいました。そして、いろいろな教科書を墨で塗られて、あのときは子供心に変だなと思いました。昔、修身の教科書に二宮金次郎が出ていたけれども、そういう話はなくなってしまいました。
そして、世の中の風潮が、いい学校に入って、いい成績を取って、いい偏差値で、いい会社に入るということで、みんな一丸となって頑張りました。そういう意味では偏差値エリートもたくさん生まれた。私の感じでは「生きる力」の教育ではなかった。「生きる技術」は教えられたけれども、「生きる力」を教えられた記憶がありません。「左脳肥大、右脳縮小」、つまり理屈はよく知っているけれど、感じる力が弱くなってしまったと思います。「偏差値エリート」が中央官庁や大企業に入り、幹部になっていきました。先ほどのカーブでいうと、1990年まではそれが見事に成功したように思います。高度経済成長でほかの国に例をみないほど大成功をおさめた。私はいろいろな国に行きますが、いま日本のサービス、工業水準は世界に誇るにふさわしい。これほどのサービス水準の国はありません。ところが、一部の経済の豊さはあっても、「心の荒み」「人間関係の希薄」「家庭の崩壊」などはすさまじい勢いで進行しています。戦後の日本、得たものはたくさんあるけれども、たくさんのものを失ってしまった。それで茹でガエル現象に入っているとみているわけです。
 これは言葉だけをお伝えしますので、あとで調べてほしいと思います。アメリカ占領軍は占領政策として日本に3R政策を施しました。3Rの言葉の頭文字は、Revenge、Reform(解体)、Reviveです。つまり、アメリカ的な国にして再生させるということです。いまになって思えば、マッカーサー司令部の政策が見事に成功していると見ております。
 次に経済至上主義です。何が何でもお金です。私はJR西日本という会社に少し関わったことがあります。あの尼崎の事故は経済至上主義の犠牲です。なぜかというと、安全より利益を重視したからです。JR西日本はJR東日本、JR東海とは違った政策を取りました。しかし、そういう根本的な、本質的な問題はあまり議論されません。なぜ事故が起きたか。つまり、因果が直結するところには手を打ちますけれども、本質的な背景についてはあまり議論がされません。
 次に私生活主義です。自分の生活、自分の家庭はとても大事にするけれども、社会や公的なものに対する関心が薄く、他と気持ちよく生活していくためのマナーもどんどん失われている。電車などの公的な乗り物においても、いまの若者の取る態度は本当に悲しさを感じます。
次に過剰な対米依存です。明治維新後は脱亜入欧ということでヨーロッパからいろいろ学びましたが、日本は敗戦国ですから、どうしても戦勝国のアメリカにエリートが勉強に行って、帰ってきて日本を指導するようになりました。私は大学で経営学を勉強しましたが、経営学もほとんどアメリカのものです。いま日本の企業でバブル崩壊後も生き残ってしっかりやっている会社はアメリカだけから経営の方法を学んでいません。むしろ日本的なもの、例えばトヨタ自動車がそうです。日本独自の考え方、トヨタ独自の経営を貫いています。日本発のグローバル経営といったらいいでしょう。キヤノンの御手洗富士夫さんは今度経団連の会長になりましたが、キヤノンの経営も日本的経営の良さを充分に活かしています。多くの会社はアメリカから成果主義など日本の風土に合わないものをそのまま輸入して失敗しています。
 次に右肩上がりの時代の特徴を申し上げたいと思います。私も右肩上がりの時代は世の風潮にそって生きていました。
昭和36年に大学を卒業していすゞ自動車に入りましたが、大学の同級生は大きな会社に入ることを希望しました。大きな会社に入ると生活が安定できるからです。給料が確実に上がっていく、退職金がたくさんもらえる、老後は安心ということで、中堅、中小の企業に入ろうという人は少なくて、みんな大きな会社に入ろうとしました。それが一般的な風潮でした。ですから、私もそのような気持ちでいろいろ大きな会社を選びました。当時はトヨタ、日産、いすゞが自動車御三家と言われていました。私が入社したあと、いすゞは乗用車の失敗などで業績がどんどん落ち込んでいきました。
 そして、「寄らば大樹の陰」ですから、会社に依存する。会社にパラサイトするという感じでしょうか。会社にぶら下がっていれば大丈夫。つまり、上役の言うことを聞いて、そのとおりやっていれば間違いない。そういうマインドになりました。
 そして、同質性です。私も人事にいましたが、会社で人を採用するとき企業に役立つ人間、事務系ならば経済学か商学か法学です。哲学や心理学、文学をやっている人は、ほんの一部の例外企業は別として大きな企業には入れませんでした。会社の幹部で哲学を勉強したという人はほとんどゼロです。ですから、企業経営に直接、関係する学問、つまり経済学、商学、法学を学んだ人たちの集団になりました。そういうことで非常に同質性が高い。そして、あまり異質な人間は採用しない。変わった人間は採用しない。協調性重視で採用して、企業教育によって同質性を高めていったわけです。
 私の表現で言うと、社員を部品化したということです。なぜかというと、日本がこれだけ豊かになったのは自動車、機械、電機などのものづくりです。ものづくりで世界レベルに来たわけですから、いままでは工業立国です。そうすると、工業製品を大量に安い値段で品質のいいものをつくるということは、標準化が必要です。つまり、図面の標準化、部品の標準化、作業方法の標準化をやるわけです。いちばん標準化しにくいのは人間です。人間はいろいろな考え方をするからです。つまり、思考パターンを標準化する。私自身が教育会社の社長でしたから、そういう教育をずいぶん施してきました。それが世の中の風潮でした。ほとんどの社員は標準化され、悪い言葉で言えば部品化されていきました。部品化され標準化されるということは、クリエーティブな力を失うということです。
 そして、多くのサラリーマンは企業戦士になりました。企業戦士というのは企業の兵隊ということです。私も企業戦士の生き残りです。私は40歳代の後半に北米部長をやっていましたから、よくアメリカへ行っていました。アメリカにはいろいろな会社の代表が駐在していましたので、ときどきロサンゼルスやニューヨークで飲みながら交流していました。80年代、日本からどんどん自動車を輸出していました。あのころニューヨークの高層ビルを日本のお金で買ったし、ハリウッドの映画会社も買収した。そういうわけで、日本は武力戦争に負けたけれども、経済戦争では勝ったと仲間どうしで話していたものです。それほど驕っていたように思います。ところが、向こうの戦略はさらに一枚上回っていました。日本が稼いだお金、あそこに投資したものはダッと持って行かれてしまったというのが実情でしょう。そういうわけで企業戦士が不眠不休で頑張りましたので、大量生産・大量販売・大量消費・大量廃棄という経済サイクルを見事に成功させていきました。そして日本の経済は豊かになりました。そこは私たち企業戦士の生き残りとしては非常に誇りに思っているところです。
 そして、企業のニーズです。社会システムというのは全部そのときに必要なもの、そのときのニーズで作り上げていくのです。ですから、学校の教育システム、会社の採用システム、評価システム、その他社会を取り巻くいろいろな制度、システムもそのときの時代の要請です。ですから、採用も一流校からということにしました。昔、指定校制度というのがありました。この大学とこの大学しか採らないという指定校制度です。そして、採用すると、部品のような人間を育てる教育を実施し、上役の言うことを聞いて企業戦士に徹した人を評価していきました。その結果、大量の企業戦士が生まれたわけです。
 そこで、時代は変わりました。過去は過去として認めて、時代が変わったのだから私たちは変わらなければいけないと考えています。どう変わったらいいのか。これは私の表現ですが、端的な表現で言うと、「依存から自立へ」、「同質から個性へ」ということになります。これはうっかりすると誤解されます。個性というのは好き勝手にやっていいのかということになりますが、そういう意味ではありません。一人ひとりはいろいろな能力、才能がある。その才能を生かすという意味の個性です。社会のルールを守るということはあたりまえのことです。昔は同質性の高い人を採用し、会社への依存傾向の強い人を採用していますので、これを自立性を高く、個性を豊かにするというのは至難の技です。それほど人間は変わりにくいです。
そこで、自立ということについて、「自分の頭で考えて、自分の心で判断する」という定義をしています。私たちには左脳と右脳がある。企業というのは論理性が高い。つまり、理屈にきちんと合っていることがまず第一、という考え方があっていろいろなトレーニングをしてきましたが、どうしても左脳を使う教育が多かった。つまり、知識教育です。企業人の場合、職業人としての必須科目は三つあります。
一つはマーケティングです。単なる営業とは違います。営業戦略とか戦術という意味のマーケティングです。それから、ストラテジーです。戦略、つまり企業戦略です。企業戦略というのは、どういう商品で勝負をするか、どこの市場に販売網を設置するか、などです。勝つための戦略をストラテジーといいます。もう一つはファイナンス、つまり財務です。この財務のことがわからないとビジネスマンは勤まりません。この三つが必須科目です。ですから、ハーバード大学へ行ってMBAを取ってくる。それがブランドになって、会社で出世するのですが、その人たちはだいたいこの三つをしっかり勉強しています。
ストラテジー、マーケティング、ファイナンスは知識中心の学問です。ですから、どうしても左脳になります。そこへガンガン勉強して押し込んでいくわけです。
人間は右脳というものがある。右脳は感性脳といって、感じる力があるわけです。これがなかなか教育の中心にならないのです。感じる力を評価するのは難しいのです。ですから、数値化をやります。数値化すると評価しやすいからです。見えないもの、評価しにくいものは教育の対象にならないということがあって、特に企業人はどうしても左脳肥大、右脳縮小になって、感じる力が弱くなっています。企業倫理に反する仕事をするとき「これが世間に知られたら大変なことになるかもしれない」と感じることができないのです。
企業では次々と不祥事が起きています。月替わりで毎月、新しいメニューのように不祥事企業が登場します。不祥事に気づいている社員も少しはいるでしょう。しかし、気づかない社員が圧倒的に多いのです。このまま続けていると大変なことになるな、ということがわからないのです。ですから、どんどんやっていってしまうわけです。感じる力がすごく落ちているというのが、私が現場で多くのビジネスマンとつきあってみての実感です。
夏目漱石の『草枕』の冒頭に、「山路を登りながら考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。とかくこの世は住みにくい。」がありますね。
大事なことは情と理を兼ね備えるというバランス感覚です。このバランスが崩れているのだと思います。自分の頭で考えて、自分の心で判断する。この両方を大切にしたいのです。直観力とか五感力が極端に弱まっていますので、この力をどう取り戻すかがが大きな課題になるでしょう。
 次に個性について考えてみます。個性の定義は難しいですね。私が仲間と一緒に考えた結果、「人は皆、違って当たり前」という定義に決めました。
これは頭ではわかるのです。人は違って当たり前。ところが、現実にこれを受け入れるのはすごく難しいです。世の中には本当にいろいろな人がいます。人間は、行動や考え方が自分とあまりに違い過ぎると、その人を受け入れないものです。自分に近い考え方の人は事にするけれども、自分と考え方がまったく違う部下がいると、それはどうしても外していきます。しかし、いまの企業では、違った考えを持つとか、自分とはかなり違う人を受け入れていくということができないと、リーダーとしての適任性を欠くという評価になります。また、いろいろなタイプの部下を組み合わせて仕事をしないと、創造性とか新しいアイデアが生まれないのです。ですから、部下にもいろいろな人がいる。それを受け入れてやっていく。また、そういう人とつきあっていけるということが大切です。
私は中国によく行きます。中国の人は本当に個性が強いです。いろいろな人がいます。本音でやるとものすごくぶつかります。しかし、彼らと違っても、それを乗り越えていくためにこちらもタフにやらないとつきあっていけません。これからの世代の人は今まで以上に中国人とつきあっていかなければならないでしょう。ですから、「人は皆、違って当たり前」という定義を頭だけでなく身体でも理解したいところです。
 次は四段論法です。これは私が言ったことではなくて、昔から伝えられている言葉ですが、とても真理を伝えていると思います。この意識改革のバイブルみたいな言葉を暗唱していただいて、これを試していただきたいのです。
意識改革というのは、会社のためにやるのではない、というのが私の考えです。自分の人生をよくするために意識改革やるのだというふうにしたほうが、意識改革に取り組む人が増えます。会社のためにやろうと言うとやりません。自分の人生をよくしたいとはみんな思っています。ですから、こういう考えになるのです。
 4段論法ですから、意識が変われば行動が変わる。このメカニズムは非常に難しいのです。なぜ行動が変わるのか。人間は30歳とか35歳ぐらいまではどんどん成長します。日々勉強して、行動も変わっていきます。ところが、30歳とか35歳になると、だいたい世の中がわかります。そうすると、そこから惰性の軌道に入って水平飛行に入ります。それで生きていけますから、行動が変わらなくなる。行動が変わらなくなるということは成長が止まったということです。人間の成長は身体の成長があり、精神、知、心の成長もあります。身体の成長はだれでも20歳で終わりますが、精神的、知的、心の成長は生涯、死ぬまで成長できるわけですから、決して惰性の軌道に入りたくないのです。ですから、意識改革をすると行動が変わる。これはいまの説明の段階ではわかりにくいと思います。あとのほうでこの話の本質をいたします。
子供さんに対して意識を変えろとは言いません。こういう行動をしなさいと言います。特に9歳までしつけ適齢期です。9歳までにこういう躾をしなさいという言い伝えもあります。ところが、高等教育を受けた社会人でも基本のマナーも躾けられていない人がたくさんいます。ところが躾適齢期を過ぎている社会人に、「このように行動をしなさい」と行動規範をつくってもなかなかやりません。大人の場合、意識が変わらないと行動が変わらないのです。
 行動が変われば習慣が変わる。行動を何回も何回も繰り返すと、それは無意識で行うようになります。つまり新しい習慣が身につくので、習慣が変わっていくことになります。皆様のなかにはスポーツの上手な方がいらっしゃるでしょう。ある技を最初は意識して、繰り返して練習すると、それが知得から体得になるわけで、体で覚えるわけです。習慣性がつくわけです。習慣が変わると人間性が変わる。よい習慣を持っている人は人間性が高まっていきます。逆に悪い習慣は人間性を劣化させていきます。
 人間性が変わればどうなるかというと、人生が変わるということです。なぜ人生が変わるのでしょうか。人間性がよくなると人生がいい方向に転換するのです。
昔、私は自分の業績を上げることを考えていました。ところが風土改革をして壁にぶつかって、そのときに尊敬する上司から言われたことは、「北村は自分のことだけ考えているではないか。自分の手柄を立てるためだけにあなたは風土改革をやっているではないか。だから風土改革が進まないのだ。あなたは根本の人間性から変えなければだめなのだ」という言葉でした。私が尊敬している上司だったから、その言葉はこころに大きく響きました。
私はもう一回自分を鍛え直さなければいけないと思ったのが57歳です。それからはイエローハットの創業者の鍵山秀三郎さんのもとに入門してトイレ掃除から始めました。そして、トイレ掃除をやる仲間に出会い、新しい世界に足を踏み入れたのです。ですから、57歳から自分の人間性を鍛え直したのです。まだまだ自分の人間性が高いとは思わないけれども、もっと向上させたいと今でも努力を続けております。
 なぜ人間性が変わると人生が変わるのか。良い人間性とか人間性のレベルが高い、ということに関して一つ言えることは自分のことだけを考えるのではなくて、周りのこと、社会のこと、周りにいる人たちの幸せを第一に考える。それが人間性のレベルが高いということの一つの条件だと思います。
もう一つの見分け方。人間性のレベルが高い人に共通しているのは謙虚であるということです。私の人生の中で、傲慢な人、威張っている人で人間性のレベルが高い人に会ったことはありません。謙虚な人とはできるだけ近づきになって、おつき合いをさせていただいております。するとその人の人生がいい方向に好転していくのが見えるのです。特に晩年になっていい方向に動いていく。なぜかなと思っています。やはり、その人の周りに応援者が集まるのです。私も会社を辞めて10年たってもまだ仕事ができているということに本当に感謝しているのですが、それは応援者がいらっしゃるからです。自分一人では生きていけない。必ず応援者がいて、表から陰から助けてくれる。おかげさまという言葉があるけれども、そういうことだと思っています。
 世の中は厳しいもので、足を引っ張られることもあります。企業の不祥事なども仔細に見てみると、内部告発などで相当な地位の人が足を引っ張られている。足を引っ張られる人はその人の人間性に問題があることが多いようです。人間性に問題のある人は足を引っ張られるような火種を日頃、つくっているのでしょうね。ですから、人間性や人格、品性を高めることはとても大事なことであると見ているわけです。
 次に意識改革の方法ですが、私は三つの方法を長年かけて編み出しました。これは自己啓発の本から学んだことではありません。私が実践のなかから三つの技として見つけた方法でございます。
一つは異体験です。異体験という言葉も私がつくりました。私たちは行動がマンネリ化して生活パターンが決まってきますので、毎日、同じ行動をしていることが多いのです。同じ行動をしているとどういう現象が起こるかというと、会う人がいつも同じ、見る現場がいつも同じです。そうすると、どうしても意識の固定化が起こりやすい。意識が固まってしまいやすいのです。別の表現で言うと、会社員というのは猫道を毎日通っているような感じです。前方の電車に乗る人はいつも前に乗る、朝早く来る人はいつも早く来る、遅く来る人はいつも遅く来るという感じです。場合によっては会社の会議室で座る場所が決まっている。行動がパターン化していくわけです。それを私はサラリーマンの猫化と言うのですが、猫化しやすいのです。
そこで猫道をはずしたい。世の中は広い。だから、意識して日ごろとは違う体験をする。異体験をするということです。異体験も日常のなかでやる異体験と非日常のなかでやる異体験があるのですが、昔から伝えられている非日常の異体験は旅です。日常からの脱却ということで旅をする。そして旅先で会ったことのない人に出会う。見たことのない現場を見る。私が今、はまっているのはインドとトルコの旅です。トルコはイスラム国ですからまったく日頃、味わえない文化に触れることになります。そういうところへ行くと、地球は広さを感じるし、いろいろな価値観を受け入れるように変わっていきます。
 非日常ではなく、日常のなかでも異体験をする場所がたくさんあります。例えばトイレ掃除をする、あるいはボランティアをする。いままで降りたことのない駅に行ってみる。千葉県も広いですね。千葉に住んでいる人でも千葉県をくまなく訪れた人はいない。ですから、なるべくいろいろなところに行く。地域には無名であっても志を高く持って活動している人たちがいます。また独自の工夫がある現場があったり、地域が誇る独自の文化もある。それを見て、感じて多様な価値を取り込んでいく。これが一番いい学習方法です。教室のなかでいくらいい話を聞いても意識は変わらない。やはり、体験するしかない。しかも五感でということです。
 次に自己開示です。自己開示というのは自己紹介(セルフイントロダクション)とは違います。セルフディスクロージャーです。
会社の中も競争社会の雰囲気になっているので、格好をつけたり虚勢を張って生きているようなところがあります。社員同志お互いに仮面をかぶって働いている感じなので、社員と社員の心の距離が遠くなっていきます。
 企業はチームで仕事をしています。チームで仕事をしているということは、お互いに何でも言える関係が大事です。それには心の距離が近づいていないといけないということです。自分をよく見せようとするのが自己紹介ですが、そうではなくてありのままの姿、等身大の自分を見せる。そういうことをやるわけです。そうすると本当に気が楽になります。人との関係に自分をカモフラージュしなくてもいい。ありのままの自分を出せばいい。相手もありのままのその人を受け入れる。そういう関係をたくさんつくっていくと友達ができやすい。私はもともと営業マンだから、これは営業マンのときに覚えたノウハウです。とにかくものを売り込む場合に、その人との心の距離を近づける。そうすると、ものが売れるのです。ですから、自己開示は非常に有効な技です。
 会社の幹部研修で部長さんや課長さんが自己開示実習をやります。1人の持ち時間20分です。仕事の話はするな。仕事の話をすると、みんな長々とやります。仕事を抜いて、自分が生まれてから現在のこと、未来の自分の思いを含めて自分を物語る。そういうことを20分やります。そのときに自分をよく見せようとするな、ありのままの姿を見せろという感じで12〜13人でやります。そうすると、終わったあとは本当に一体感ができるのです。それが自己開示です。
次に内観です。人は、過去、現在、未来に生きているわけです。日本も歴史があって、未来がつくられていくわけですが、人間にも歴史がある。いまの自分があるのは、自分の過去の歴史の上にあるわけです。自分がどういう親のもとに生まれて、どういう教育をされて、どういうことに関心を持って、どういう少年・少女時代を過ごしたかということです。ですから、自分を見つめる。自分自身を見つめる。それが内観ということです。そして、未来を変えるためには現状把握をしないと変えられません。現状は過去の積み上げだからです。人間というのは他人と過去は変えられない。自分と未来は変えられるということです。未来は変えられる。過去の歴史で現状把握して、未来は変えることはできるということです。ですから、自分の歴史を振り返るということを行うわけでございます。
 先ほどの意識改革で、わかりにくいからあとで申し上げると言ったのはここの話です。人間は頭のなかが変わっただけではしょうがないのです。意識改革というのは行動改革につながらないと意味がありません。行動が変わることが大事なのです。そのために行動改革のプロセスですが、この本質を長年の実績のなかから私は見つけてきているわけです。最初は気づきです。つまり、気づかないことにはどうしようもないということです。自分自身の問題には気づかないということが多いのです。例えば、スポーツの世界、ゴルフの世界でもそうですが、鏡を見ると、自分のスイングはいかに問題が多いかということがわかって、鏡を見ることによって自分を修正できるでしょう。鏡を見れば気づくことができます。あるいは、ビデオで録ってもらえば自分の語り口の問題もわかります。
 人間はほとんどのことは気づかずに無意識でやっています。無意識でやっているこういうことが自分の問題点ではないか、改善点ではないかと気づくことです。これから始まるのです。気づいたら、それを修正しようとして行動する。それを私の考えで言うと意識化するといいます。意識化した行動を繰り返し繰り返し行うと、それが習慣化します。習慣化したら、意識しなくてもできるから無意識でできるようになるのです。このプロセスが大切ではないかと思います。ですから、年を取ってもどんどん行動は変わって成長していく人を見ていると、このプロセスをちゃんとわかってやっているという感じです。私はこの気づきを学ぶいちばんいい方法は異体験だと思います。異体験をすると志のある人に出会います。自分よりレベルの高い人に出会います。それを見て、自分の足りないものに気づくのです。そして、これではまずいなと修正するのです。それがポイントではないかと思います。
 この中心に性格と書いてありますが、意識改革と申し上げると何か性格を変えろと言われているのではないかと言う人がいます。私の考えでは、性格は変わらない。性格を変えるというのは難しいです。子供にも大人にもそういうことを要求しても無理です。性格は後天的というと3歳まででしょうね。ほとんどは先天性、三つ子の魂百だから3歳でほとんど決まりです。
ですから、性格は変わらない。では、何が変わるかというと、後天的に学習したことです。例えばしつけ、自分で学習したこと、後天的なものです。それは価値観ではないかと思います。価値観という言葉はよく使いますが、平たい言葉で言えば、何が大事で、何が大事でないかの優先順位です。この人生でこれは大事だと思っている人は、そのことでは必ず行動します。
 一つの例を申し上げますと、私は昔、40代の後半、北米部長をやっておりました。私はものすごくお酒が好きです。北米部長になると交際費が多いのです。アメリカからお客様が来ると、自分が好きだから六本木とか赤坂へ行って酒を飲んで、タクシーで家へ帰るということをやっていたのですが、それがたたって肝臓を壊してしまいました。肝臓を壊して、あと何年かみたいなことになったのです。いまでも毎月1回必ず病院へ行かなければならない状況ですが、私はいま来年の講演スケジュールまで決まっているのです。講演に出るときに一番大事なことは自分のコンディションです。コンディションが悪い状態で人前に出ることほどいけないことはありません。私は今日はコンディションがいいのです。この日に向けて昨日は完全に静養しました。そして、ベストコンディションで皆様に向かい合うのです。
私は10年間で1回も講演のキャンセルをしたことがありません。風邪一つひきません。ということはどういうことかというと、価値観のなかで、友達が大事だ、お金が大事だ、家族が大事だ、出世が大事だといろいろありますが、いま一番大事なものは健康です。たばこは18歳でやめました。だから、たばこは吸っていないけれども、お酒は飲んだ。すべてを価値観として上位に持ってくることはできません。お金も大事だ、健康も大事だ、家族も大事だ、友達も大事だ。そうはいきません。ですから、必ず優先順位がついています。この優先順位を取り替えることが意識改革です。ですから、価値観によって行動は決まります。大事にしている価値に対してはみんな行動します。
 気づくということは、自分が大事にしている価値観よりもっと大事なことがあるかもしれないと気づくことです。価値観というのは人間観、組織観、人生観、仕事観、社会観、倫理観といろいろありますが、私がいま一番大事だと思っている価値観は一番下に書いてある死生観と宗教観ではないかとみています。お釈迦様は生老病死と言った。人間は必ず死ぬ。私はインドに行って輪廻転生ということを勉強したけれども、私は輪廻転生を信じない。人生は一回限りだと思う。この一回限りの人生を、せっかく親から生んでいただいた命をどう世の中に役立てるか。これが人の生き方ではないかと私は思う。そして、自分の人生を全うするということです。そういう意味では、一回限りの人生をしっかり生きる。人間は生から死を見ています。私は逆です。死から生を見ています。死から逆算して生を見ています。人間の一生はだいたい3万日です。3万日というのは5桁です。今、私の残りは当然4桁に入っているわけで、4桁も5000日を切っていると思います。ですから、一日一日が大事です。そういうふうに死から逆算して現在を生きるという考え方はとても大事な価値観だと私は思っています。
 青木新門さんという人が『納棺夫日記』(文春文庫)という本を書いています。私も死生観を勉強しているので、『納棺夫日記』の青木新門さんと親しくなりました。葬儀社に勤めて4000体の遺体を処理した人です。普通の人は生から死をみていますが、青木さんは死から生を見ています。死生観を勉強するにはとてもいい本です。
あるいは宗教観です。私は早稲田大学のときに仏教青年会にいたので仏教に興味を持った。そのあといすゞ時代にキリスト教に興味を持った。そのあとバングラデシュに何回も行ってイスラムに興味を持った。そして、四大宗教だからヒンズーを勉強しなければいけないということで、いまインドへ行っているわけです。これは何々教を信じるということではないのです。宗教心です。人間は宗教心が大事だと思います。そういうことで死生観、宗教観をいま追究しているわけでございます。
 そこまで行かなくても、価値観としては人間観、組織観、人生観みたいなものはとても大事で、これに対しての考え方を一つ、二つ紹介していきます。組織観です。例えば、トヨタ自動車で働いている人は7万人ですから、普通なら自分を歯車と見るわけです。ところが、トヨタ自動車のすごいところは、社員一人ひとりに歯車と思わせない仕組みがあるのです。「組織の実体は20名ほどの対面小集団の連鎖である」という価値観が共有されているようです。どんな大きな組織でも、小企業の連合体であるという考え方です。昔からよく言われた言葉に、「一灯照隅、万灯照国」という言葉があります。一つの灯が隅を照らせば、たくさんの灯が国全体を照らすという言葉があります。改革の本質は一灯照隅だと思います。ですから、20人の自分の組織なら変えることできます。だれでも改革の当事者になることができます。ましてや、皆様のように部下が100人、200人、300人という部長さん、局長さんクラスになれば、いったん決心すれば自分の足下ならだれでも変えることができます。
 組織は自己実現を社会実現に転換する変速機、変速機というのはトランスミッションのことです。いまは自己実現を目指すことができる社会になりました。しかし、自己実現というのは自分のことだけを考えていますね。
そうではなくて社会実現、社会をよくするために自分を活かしたい。組織はそのためにあるという組織観です。組織というものがどれほど有り難い存在か。お金もあるし、仲間もいる。そういう組織の見方をしていきましょうということです。
 次に田坂広志さんの著書「仕事の哲学」から仕事の報酬についての考え方を紹介します。私たちは仕事をしています。なんのために仕事をしているのか、私は聞きます。ある人は、食べるためと言いました。もちろん、それは極端な表現でしょう。食べるために働いているというのは、自分の子供を教育したり、いい家を買って、自動車を持って快適な生活をするために働いているのでしょう。だから、仕事の報酬は給料です。お金のために働いているというわけです。多くの人はお金のために働いていると思っています。しかし、本当にそれだけなのか。本当にいい仕事をしていけば、必ず能力がアップする。仕事を苦労して一生懸命やると自分の能力がアップします。さらに、仕事の報酬は仕事だ。会社でも仕事をいい加減にやると、仕事の責任を任せることはありません。いい仕事をして、あれに任せれば大丈夫だとなれば、その人の仕事の責任範囲は増えていきます。                   
 例えば、私の場合、仕事の質をいかに高めるか。きょうのようにレベルの高い方の前で話をするのは正直言って大変です。世の中のことをみんなおわかりになっている方ではないですか。その方々に私が話をして、何か一つでも二つでもそうだなと思っていただけるためには、私は相当努力しなければだめです。いろいろな現場に行って、いろいろ研究していかなければだめです。昔の名前で出ているわけではありません。ですから、日々いろいろなところへ行って研究して、現場を見てやっているわけです。いい仕事をすれば、必ず仕事が来ます。普通会社を卒業したら、会社をつくっても3年間の寿命と会計事務所から言われた。しかし、10年たってもあちらこちらからお仕事をいただく。それは私も何かのお役に立つだろうと思ってやっているわけです。仕事の報酬は仕事です。お金ではありません。お金は二の次、三の次です。
 その次に仕事の報酬は成長です。いい仕事をすれば、必ず壁にぶつかる。壁にぶつかれば、必ず自分自身の問題が出てくる。そうすると、自分を鍛え直そうとする。自分が成長する。私は風土改革をやると会社に申告してやりました。もし会社から言われたことをやっているのなら、私は逃げたでしょう。しかし、自分がやると会社に進言してやったことだから、逃げるわけにはいかなかった。自分を鍛え直すしかなかった。そこで私も成長を続けていくことができるわけです。
 心の構造ですが、心は意識と無意識、あるいは顕在意識と潜在意識が心の構造です。ところが、意識と外界との間には必ずペルソナというものがある。ペルソナというのは仮面という意味ですが、自動車で言えばピストンとシリンダーにあるオイルのようなものです。つまり、潤滑材です。みんなだれでも組織の人はペルソナをかぶって生きています。私が非常に問題だと思っているのは、組織人のペルソナがどんどん厚くなっていくわけです。ペルソナが厚くなっていくと、自分を見失いやすい。人と人の心の距離が遠くなりやすいですね。ですから、ペルソナを完全になくせとは言わないけれども、ペルソナを薄くしようということです。そのために自己開示をやるということです。
 内観というのは無意識にあるものを浮上させる。異体験は意識から入った価値を無意識のなかにダム化する。つまり、蓄積する。ためるということです。そうすると、意識が変わります。
 学び方の常識を変えるということでございますが、頭より五感、これからは五感です。それから、感動・衝撃・流汗です。感動したことは覚えています。衝撃、私はよく沖縄に行きます。読谷村の真ん中にチビチリガマという洞穴があって、そこで昭和20年4月2日に集団自決をした。観光コースには入っていないけれども、あそこによく研修生を連れて行きます。いま修学旅行生をたくさん受け入れています。戦後61年たったけれども、いままで戦争がなくてよかったけれども、これから60年はわかりません。戦争は二度と起こしてはいけない。修学旅行生がたくさん来るのですが、あのチビチリガマの親が子を殺し、夫婦間で殺し合ったという生の現場を見て、ガイドから聞くと、みんな衝撃を受けます。そして、本当に見たこともないその話が一生頭のなかに残ることでしょう。流汗、汗をかくこと。私はお掃除をして汗をかく。それで気分がとてもさわやかになります。この三つが学び方の基本だと思います。
 教室より現場です。現場で生の話を聞く。生の現場を見る。現実、現物を見るということです。あたりまえのことの徹底です。いろいろあります。冒頭に申し上げたのは整理・整頓です。挨拶、あるいは準備・実行・後始末、物事の仕事はすべて準備・実行・後始末です。あと始末をちゃんとやれば必ず準備につながっているわけです。サイクルがうまく回るわけです。仕事の基本です。ですから、このことを上司はやかましく言い、それを徹底的に教えていくということです。あたりまえのことの徹底です。
 一流の現場、一流の人物に会う。私は日本各地を歩いていますけれども、本当に日本に一流の人はいます。志の高い立派な人が在野で、庶民にいます。その庶民をいろいろな方法で見つけて、交流するわけです。現場も非常に面白い、ユニークなところがあります。そういう現場を見つけて行くわけです。感化を受ける。それが学習の一番いい方法だと思います。
 次に教育の一体化、私は教育をやっております。教育というのは学校教育、社会教育、家庭教育とあるわけです。私は企業人教育をやっているわけですが、企業人教育は社会教育の一つになると思っています。労働組合員教育も社会教育、成人教育です。いまの社会は家庭教育と学校教育と社会教育が分離されている世の中ですが、それを重ね合わせていきたい。なぜならば、企業人教育をやると、企業の人は家に帰ればお父さん、お母さんです。お父さん、お母さんが子供に触れていく。そういう意味では遠隔操作で子供の教育に触れていっているわけです。ですから、私はいま子供の教育については研究しております。例えば、森信三先生の『修身教授録』です。  
 教育の原点は何かということです。教育の原点は冒頭に申し上げたように、生きる力を身につけることだと思います。ですから、まずは生きる力を身につけて、生きる技術はその次ということです。それが教育の原点です。家庭も学校も社会も一体となって教育を行うことです。イギリスのブレア首相も教育は一番大事だと言っております。日本ではなぜか教育改革はあまり浮上しません。国家百年の計が教育だと思います。
 きょうのレジュメに入っていないこととして、私がいま考えていることです。実は、人生は何年と考えたらいいかというと、90年と考えたらいいと思っています。0〜10歳までを1回、野球と同じようにたとえるわけです。10〜20歳を2回、つまり90年ですから10年ずつ9分の1すると野球でいうと9回になるわけです。定年をどういうふうに位置付けるかです。定年は私の感覚でいうと6回の裏です。昔は退職金を60歳でもらいます。そうすると、だいたい5〜6年、7〜8年でケリがついたという感じなのです。ところが、いまは普通の人でだいたい定年後20年です。
そういうことになると、これからはラッキーセブン、60〜70です。この時期、人間は一番脂が乗っています。なぜかというと、経験が豊富です。いろいろなものが見えてきます。そして、60歳以降になると24時間全部自分のものです。職場に通っているころは通勤時間があるし、午前と午後に必ず会議に出るし、部下の査定もやらなければならないということがあります。それから開放された60〜70までの時間が一番仕事がやりやすい。社会のためにも使えるという感じでラッキーセブンになる。
私はここでラッキーセブンは終わったのですが、本当に私のラッキーセブンはよかったです。これから8回に入るのですが、8回は8回の戦い方があるのですが、点があげられないように押さえに入ると思います。皆様方はこれからラッキーセブンを迎えます。ぜひラッキーセブンで人生の花を咲かせてほしい。そういうふうに願っています。定年後がラッキーセブンです。
 尾崎士郎という小説家がいて、『人生劇場』という作品がありました。青成瓢吉という人が出てきて、人生はドラマである。村田英雄さんも「人生劇場」という歌を歌いましたが、私は人生というのは一回限りの劇場、しかもドラマだと思います。ドラマには必ずテーマがあります。テーマというのは皆様、当然何かの縁でお役所に入って、何か専門のお仕事をされて、それがたぶん生涯のテーマだと思います。みんなプロフェッショナルだと思います。
 私が37歳のときにある研修会で、これがライフワークだ、一生のテーマだと思って意識改革、風土改革をテーマに選んだのです。しかし、これは仕事のテーマです。人生劇場は仕事のテーマではしょうがないのです。仕事のテーマから人生のテーマに変換させなければいけないのです。人生のテーマは何かと問われると、人間はだれでも赤ちゃんで生まれたときに必ずいい種を持ってくる。その種を発芽させて開花させる。これは人間だれでもやらなければならないことです。自分自身として開花する。発芽しないで終わらない。だれでもいいものを持っている。人間は環境の動物だから、それが発芽するか開花するかは全部環境によります。つまり、土壌によるわけです。その土壌は職場風土であり、家庭で言えば家庭環境です。ですから、今では企業の風土だけではなくて、発芽して開花していく環境をどうつくったらいいかということをお父さん、お母さんとも、行政の方、企業の方みんなと話し合いながらそういう環境をつくっていきたい。それをいま現在、私の人生のテーマにしています。
 余計なことを申し上げたけれども、これは何かのヒントになる。特に一番申し上げたいことは、ラッキーセブンはこれからですよということです。
 相田みつをさんの作品をご覧なったことがあると思います。相田みつをさんはご承知のように書家として有名ですが、書家だけではなくて詩人としても有名です。この二つを合作した芸術ということで書体も非常にユニークですし、詩は全部相田みつをさんがお作りになる。非常にシンプル、原点、当たり前のことです。端的に表現されている。非常に根強いファンがいらっしゃるわけです。相田みつをさんの詩に、「花を支える枝 枝を支える幹 幹を支える根 根はみえねんだなあ」というのがありますが、本当に当たり前のことを書いているわけです。
 企業でいうと、花をたくさん咲かせたいのです。そのために成果主義とかいろいろ導入しているわけです。結果がほしいのです。花も一時期にパッと咲くのではなくて、花を咲かせ続けたいのです。ところが、根がしっかり張っていないと、花は継続して咲かないのです。一時的に咲いても続かないのです。継続して花が咲いているところは必ず根っこの養生が行われています。多くのところは根っこは見えないので、見えないところにはあまり手を打たない。見えるところばかりに手を打とうとするわけです。したがって、根っこが張っていない。例えば、良樹細根という言葉があります。良い木は細い根が張っているということですが、根を育てないで花ばかり咲かせようとするから、根腐れを起こしていく。そして、その木が枯れていくということになります。企業経営では見えるもの、見えないものの両方が大事で、このバランス感覚が大事だと言われています。特に、私がテーマにしている企業文化、人の心は見えないものです。見えないものも大事にしていこうということです。
 経営資源とよく言います。これは経営学の本の最初に書いてあります。経営の三大資源、人・モノ・金、行政でもみんなそうでしょう。行政でも組織を経営しているわけです。そういう意味で、人・モノ・金をもっとも有効・効率に組み合わせて成果を出していくための三大資源です。このことは教科書に書いてあって基本的なことですが、そのほかに見えない資源がある。ここをしっかり認識していきたいのです。情報・時間・職場風土、このところでいま差別化しようとしている企業が多いのです。人・モノ・金で効率を上げるのは当たり前、これができなければ会社はつぶれるだけです。ですから、情報・時間・職場風土、信用も長い間かけて作ったものですが、いま一瞬にして信用は崩れます。松下電器というのはすごいですね。温風ヒーターの不良品があって、それを草の根を分けても探せという企業広告をして、それが逆手になって松下電器はすごいぞとなった。それは松下幸之助さんの思想がいまでも生きているということです。信用です。
 ご承知のように農業革命があって、工業革命があって、いま情報革命の時代です。情報には第1次情報、第2次情報、第3次情報があります。第1次情報は現場にある生の情報、第2次情報は加工された情報です。第3次情報はマスコミで流通している情報です。マスコミで流通している情報で手を打ったのでは遅いということです。したがって、私たちにとって一番大事なのは現場・現物、そこには第1次情報、産業別区分と同じです。第1次産業のような加工前の素材産業のような情報に触れることによって世の中の変化を敏感にとらえて手を打っていく。そういう企業が勝てるということです。経営資源についてもあたりまえのことではございますが、ご説明申し上げています。
 次に職場風土の定義です。少し長い定義ですが、これは行政でも学校でも労働組合でも企業でも当てはまると思います。
 「その職場の人たちが疑問を持つこともなく、ごくあたりまえと考えている仕事の仕方、行動の仕方の常識、暗黙のルール、価値観のようなもの、職員はその風土に従って行動する。ときにはその職場の常識が世間から見ると非常識に見えることがある」。この定義は私が長年、使ってきて、納得できると評価されているものです。
 冒頭に「その職場」と書いてあります。「そのお役所」とは言っていません。ここがポイントです。例えば、いすゞ自動車の人たちが疑問を持つこともなくということではないのです。いすゞ自動車の人事課の人たちとか、いすゞ自動車の営業課の人たちということです。ですから、職場風土は職場によって異なります。ですから、先ほどの20名の対面小集団ということになります。職場によっては将来に残すべきよい風土もあるし、時代に合わなくなった改善しなければならない風土も存在するということです。
 人間は環境の動物ですから、風土に従います。入職してくると、周りを見て、先輩はどういうふうに仕事をしているのか。どうしたら褒められるのか。どうしたら白い目で見られるのか。これに対して非常に敏感です。これはある元気のいい会社の事例ですが、会議に出て若い社員が上役に対して食いついたり発言をしたりしないと無能と見なされる。若い人は上にどんどん提案する。逆に元気のない企業へ行くと、相撲取りのように一枚幕が下がるとほとんど発言ができない。そういう会社もあります。いまの時代は若い人でも上下に関係なく、目線を同じにして自由に討議ができる職場風土がいいようです。
 私はトヨタ自動車の研究をしていますが、トヨタ自動車の常識、世間の非常識です。トヨタでやっていることを真似しようと思ってもなかなか真似ができません。それほど特異です。それは古くは豊田佐吉さんからはじまって、カンバン方式をつくった大野耐一さんなど、歴代がつくってきた風土です。先ほど言ったように、7万人の組織でも社員一人ひとりが20人の対面小集団として考え、現場の人が経営者感覚を持っている。自分が経営者のつもりになっている。そういう文化を本当につくりあげてきたのです。
職場風土は企業の土壌です。発芽して開花していくということです。ですから、皆様のような方々が、お役所で働いて、社会のために貢献している、自分の能力あるいは自分の思いがこの組織を通じて社会実現に転換できているという実感を持てるかどうか。これは職場風土の影響を受けます。
今は成果主義が流行っているので、多くの企業は土壌改良をしようとしません。土壌改良をしないで、良い種を播いて、いい肥料をあげて、いい農業機械を買い込んで作物を増やそうとします。しかし、大事なのは職場風土の改革イコール土壌改良という考え方です。
職場風土の本質は職場で働いている一人ひとりの意識・行動の集合体です。
 このように本質をとらえると改革がしやすくなります。そして、良い土壌から人間力が発芽する。職業能力とかそういう狭い世界ではないのです。ある部分を抽出しているのではないのです。その人の全人格的な人間力が発芽する。学校を卒業して、長年組織で働く。極端な表現ですが、学校を卒業したら勉強しようと言うわけです。職場に入って自分を磨いていく。35年という長い時間で開花していくのです。そして、ラッキーセブンを迎えるのです。
 これはある自動車会社の絵です。自動車会社でも電機でも機械でもいいのですが、製造業の場合は大きな部門が三つあります。一つは開発部門です。次は生産部門、そして販売部門です。開発・生産・販売の三つが三角形になっているわけです。日産自動車はゴーンさんが来る前、瀕死の状態で大変な問題になった。あそこは本当にエリートが多い会社なのです。エリートの特徴は責任転嫁をするのが上手です。
そして、会社のなかがオフェンス・ディフェンスの関係になるのです。オフェンス・ディフェンスというのはどういうことかというと、自分の部門の失態を隠そうとする。ほかの部門が悪いというわけです。ですから、開発・生産・販売がジャンケンポンでいうとグー・チョキ・パーの関係で責任をなすりつけたのです。他責の構造です。ですから、良くなるはずがないのです。
本当に日産の経営者は困った。いまの他責の構造はゴーンさんの前の社長の塙さんが公式に「日経ビジネス」その他で発表している言葉です。社内出身の経営者ではいかんともし難い。困り果ててゴーンさんにお願いしたという経緯があります。そして、この他責の構造、ジャンケンポン、グー・チョキ・パーをたらい回しにする関係を直して改革に成功したというわけです。
 会社というのはこのようにA工場、B工場、C工場、商品開発だ、生産だ、いろいろな部門がありますが、この部門にすべて風土があります。A工場とB工場では風土が違います。例えば、北海道工場と栃木工場では風土が違います。そして、造っているものによっても違います。大型トラックを造っている工場と小型トラックを造っている工場では風土が違います。また、乗用車を造っている工場では風土が違います。生産の人は割合きちんと物事をやる。営業の人は割合大まかなところがあります。
 改革というのは部分の改革を積み上げてマクロの改革に持っていく。ミクロの改革を全体改革につなげていくというのが一番いいと思います。ですから、私たちも中央の企画がどうだとか、本社がどうだというよりも、工場やそれぞれの職場でどんどん改革をしていこうではないか。そういうことでやっていっているわけです。ですから、ここに温度差がついてもいいという考え方をするわけです。あるいは、部分展開ですから、群発地震を起こすという感じです。あちこちに揺らぎを起こすわけです。そして、変わっていく。だんだん全体が変わっていくという考え方です。ですから、先ほど言った「一灯照隅、万灯照国」に似ています。隅っこに一灯をともすのです。そうするとそこが明るくなる。また、こちらで一灯をともすという感じです。
 ですから、ぜひ千葉県の中もあちこちの地域で一灯をともす。変える。いいものは必ず広がります。悪いものは途中で崩れます。ですから、一斉にドーンとやるのは難しいです。そういう意味では、今日いらっしゃる一人ひとりが志を持って、自分が一灯をともすということです。これが一番現実的です。当然、そこの長、知事さんの改革をしようという号令がないとだめです。それがあればいろいろなやり方があってもいいのです。
 風土の病気、組織は長年やっていると必ずウィルスに感染しています。必ず病気にかかっています。その病気を治療していくことからやります。病気が治ったら、これから先どう生きていったらいいかという未来に向けての改革を行うのです。それが一番いい伝統的な手法です。
 2・6・2の法則というのは、松下幸之助さんの思想です。『商売心得帖』とか『経営心得帖』という本がPHPから出ていますが、そこに必ず書いてあることです。組織は2割の人が人のお給料分まで稼ぐ。6割の人が自分のお給料を稼ぐ。そして、2割の人は人の稼いだお給料で食べている。組織とはそういうものだ。だから、2・6・2の2割の稼がない人をも抱え込んでやっていけるような経営をしなければいけない。なぜかというと、稼がない2割の人を表に出すと社会で面倒をみなければいけなくなる。だから、企業の責任というのは社会責任があるから、企業のなかでそうしていこう。人間というのはいま自分が稼げなくても、一生の間ずっと人に世話になって生きていくのが人間の本質ではない。必ずチャンスがあれば、その人は稼ぎに回る。それができるか、できないかは人の使い方の問題だ、というのが松下幸之助さんの思想です。
 これを改革理論に展開すると、企業で改革できる人は2割です。6割は普通の人たちで、改革の流れについていく。残りの2割は改革の流れにもついていけないということです。それは承知のうえでやるということです。改革と改善の違いがあります。改革というのは、過去の延長線を断ち切って、オールクリアして新たなものを構築するのが改革です。改善というのは、過去の積み上げによってもっと良くしていくのが改善です。ですから、企業に入った社員というのは、全員が改革しなければいけません。なぜならいま変革期だからです。ダーウィンの進化論ではないけれども、環境の変化に対応できない生物は生き残れないのです。企業組織も生き物です。なぜ生き物というかというと、必ず組織はいつの日か生まれているからです。そして、あと300年後にあるかどうかわからないのです。組織は役割が終われば、必ずいつか死ぬのです。組織は生き物です。普通、企業30年寿命説といいます。いろいろなことをやりながら生き延びて60年、100年、うまくやれば200年ぐらい組織は生きられるのです。
 改革というのは改善と違いますからいろいろ軋轢を生みます。ですから、2割ぐらいの人しかできない。いろいろな企業を見ていますが、2割いれば改革は成功します。ほとんど動いていきます。ところが、重い組織、改革が進まない組織は、それが1%、2%、3%なのです。そうすると、非改革派の現状でいいという人がほとんどですからだめなのです。改革が進みません。いま我々がコツコツやっていることは、20%工作です。組織のなかに20%の人をつくるということです。そうすれば、普通の人ですから、世の中がそういうふうになればダーッと動きます。そういうふうに見ているわけでございます。
 これは行動科学の非常に有名な式でございます。行動科学者クルト・レヴィンという人が考えたことです。私がなぜこれを示しているかというと、私が37歳の教育課長のときにこの式を研修会のときに教わりました。私はこれから風土改革をライフワークにしたのです。これは非常に面白い考え方で、BというのはBehavior、行動です。FはFunction、数学でいう関数の意味です。PというのはPersonということで、個人の資質能力のことです。EとうのはEnvironment、環境ということで組織風土のことです。ですから、アウトプット、Behaviorを生産的、前向き、積極的あるいは創造的にしたいわけです。そして、組織は職員を教育して一人ひとりピカピカに育てるのですが、人間は環境の動物だから、環境に支配されます。いくら能力があって、潜在的な開花する力があっても、環境に押しつぶされるのです。ですから、環境が良ければ、土壌が良ければ開花しますので、そういう意味で組織風土は大事だと言われています。これが一つの理論でございます。ですから、企業では個人の能力を育てると同時に、環境を変えていこう、環境を活性化していこうという活動を行うわけです。
 ここで重要なことを申し上げておきます。上役は環境そのものです。私も35年勤めて、だいたい15回職場を変わりましたが、ある上役が来たとき私はとても元気になりました。会社へ行くのが毎日楽しかったです。あるときは会社へ行くのがいやで、憂鬱な気持ちで会社へ行きました。それは実は上役なのです。私が見るところ、勤め人は上役次第です。上役のものの考え方、上役の人間性、上役の人格、それからいろいろな人を包み込める包容力があるかどうか、などです。ですから、私の言い方でいうと、上役が環境です。しかも、直属の上役です。社長ははるか遠いのです。自分の直属の上役がポイントです。ですから、上役に恵まれた人は幸せです。
 サラリーマンの場合、上役が退職すると、花束を持ってみんなで拍手をして送り出して終わりなのですが、飲み屋に行くと話をするでしょう。現役の人が、とても思い出に残る上役の話をその上役が退職して3年後、5年後にしゃべっている。飲み屋でどういう人が話に出てくるか。見ていると、自分を育ててくれた人です。大事なことを教えてくれた人です。そういう人は会社を退職したあとでも、現役の人が語りつないでいます。早く辞めてもらってせいせいした、みたいな人もいるし、組織はいろいろです。
 これはタコツボから出ようということです。先ほど猫化の話をしたけれども、会社はタコツボです。この作品はいすゞ自動車と書いてありますが、私が退職するときに最後の卒業論文として社員と一緒に作ったものでございます。タコツボのなかにさらに手がフワッと出たような感じですが、あれはタコツボ内タコツボです。
塹壕と書いてあります。会社というものがあります。そこのなかに部局とか部門があります。その部門がタコツボ内タコツボです。その入り口のところに部局長とか担当常務が頑張っているのです。職員や社員はどうなるかというと、ミミズ穴に入っているのです。ですから、組織は三重構造です。全体のタコツボを見た人は一人もいません。だいたい30年、35年をある塹壕とちょっと別の塹壕に行って、ほとんどミミズ穴に入って生涯を終わるという感じです。社長といえども全体を見ていません。それが組織の本質です。組織はタコツボの三重構造、霞が関や永田町にもこういうものがたくさんあります。それが組織の実態です。ですから、タコツボから出ようということです。
 大企業病、大組織病という言葉があります。生活習慣病のような病気は、長く生きていれば必ずかかるでしょう。どこの会社でも見られますが、組織も長くやっていれば必ず硬直化していく。そういうことで三つの生活習慣病の兆候が見えたらかなり危険であると思ったほうがいいのです。痛くなると治療するのですが、これは痛くないのです。ジワジワと来る感じです。あまり自覚症状もないので、
茹でガエル現象にほぼ近いのです。そして、あるときにボカンといくのです。それが自部門防衛病です。先ほどのタコツボ内タコツボで言えば、自分の部門の立場を守る。国で言うと、文
部科学省とか財務省とかあるでしょう。省益あって国益なしみたいな感じです。自分のことを考えるのです。天下り先を考えたり、社会保険庁のようなことをやったりするわけです。
 次はつじつま合わせ病です。組織にいると多くの組織はそうですが、つじつま合わせをよくやります。つじつま合わせが上手にできる人ほど出世したりすることがあります。もう一つはやらせ・やらされ病です。組織のなかにやらせる立場の人とやらされる立場の人がいて、二極構造になる。本社と工場、ラインとスタッフ、企画部門と現業部門、管理部門と非管理部門、上役と部下の関係はこのような状態になるのです。そうすると、お互いが防衛作戦に入るので非常に効率が落ちる。ですから、良い風土というのはみんながやるということです。やらされるという局面がない。そういう会社が日本にもあります。ですから、これを代表的に申し上げておりますので、これはぜひ覚えていただきたいと思います。
 次に三位一体の改革でございます。小泉さんは三位一体と言っていますが、三位一体というのはもともとキリスト教の言葉です。ここで言う三位一体の改革は「戦略の改革「仕組みの改革」「意識の改革」を言います。まず「戦略」についてです。企業は戦っていますので戦略が必要です。戦略というのは商品戦略、市場戦略のようなものです。例えば、自動車でいうと、中国へ一番早く出ているのはフォルクスワーゲンやアウディなどヨーロッパ系が多いのです。当時、中国は_小平の開放政策が始まって、文化大革命のあと国家が危ないのではないかということで多くの企業は中国とビジネスをすることに二の足を踏んだのです。しかし、そのときからドイツの車は結構で出て行って、いまドイツの車は結構多いです。トヨタが意思決定をしたのは10年前です。意思決定をしたらすごく速いです。いま天津にものすごく立派な工場を造ってやっています。スズキ自動車はインドに出ています。ほかの会社はインドに出られません。いまインドはスズキが非常に多いです。何れも社運を賭ける重大な意思決定によって進出が決まりました。いま日本は輸出をどんどんしているし、現地生産を行っていますから、どこの市場でやるかというのは戦略の問題です。この市場には進出するけれども、この市場には進出しないという意思決定があるわけです。ですから、戦い方の問題です。        
 二つの工場でやっていたものを一緒にして、そこで一緒に車を造る。いすゞ自動車の場合はそうです。川崎で大型トラックを造って、藤沢で小型トラックを造ったけれども、川崎工場を売却して、藤沢に持って行って、大型と小型トラックを一緒に造っているわけです。これは全部リストラです。リストラというと首切り雇用調整の代名詞のように言っていますが、リストラクチャー、組み換えるということですから、構造改革のことなのです。ですから、工場を統合したり、組織を統合したり、商品を市場から撤退したりということを繰り返すことがリストラクチャリングです。
次に「仕組みの改革」です。リエンジニアリングというのは、組織には必ず付加価値を生み出す仕組みがあります。開発の仕組み、生産の仕組み、販売の仕組みといろいろな仕組みがあります。その仕組みが昔はうまく機能したけれども、いまは機能しなくなった。つまり、制度疲労を起こした。そういうものをつくり直していく。それがリエンジニアリングです。
 いま企業ではリストラとリエンジニアリングをやっていない会社はありません。どこでも猛烈にやっています。名前はこのように言いませんが、便宜上言葉で分けるとこういうことです。そこで「意識の改革」が登場します。
企業の戦略とか仕組みを実際に運営するのはそこの幹部社員、一般社員です。いままでの右肩上がりのときのものの考え方ではなくて、いろいろな変革を受け入れるマインド、いろいろなことにチャレンジして変えてみることが大事だというマインドに意識変革していかないと、戦略をいくら変えても、仕組みをいくら変えても、それを運営する社員が変わらなければなりません。以上、三つの改革が三位一体の改革になるわけでございます。
 マラソン集団はヨーイドンとスタートして、5キロ地点、10キロ地点に行くと必ずばらけていきます。トップ集団、2番手集団、団子集団、バス収容組と分かれていきます。いま日本の企業群も業種別、あるいは一部上場の全体像から見ても、この企業はトップ集団、この企業は2番手集団、ここは団子というふうにある程度区分することができます。トップ集団はだいたい15〜20社走っています。1990年のバブル崩壊までトップ集団で走っていたけれども、バブル崩壊後、団子集団に吸収され、バスに収容されてしまった会社もあります。トヨタ自動車はバブルの前もトップ集団でしたが、バブル崩壊後もうまく変えていますからトップ集団を走っています。2番手集団はトップを見て動いています。トップ集団は目標がないですから、全部自分のところで新たなものをつくって変革していっています。
 日本のお役所は護送船団なのかと思ったのですが、日本全国を見ると改革がどんどん進んでトップに動いているところもあるし、団子のところもあるという感じがします。北海道のある
団体はもうバスに入るように見えます。ですから、これは企業の問題だけではなくて、行政でも同じではないかと見ているわけです。         
 いい組織に共通することがございます。企業でも行政でもたぶん同じだろうと思いますが、この三つの条件が整っていないといい会社とは言えません。一つは、財務体質が健全である。
財務体質がガタガタでは、いい会社、いい組織はあり得ません。次に地域社会から支持されている。その会社が存在することがありがたい。あの会社のおかげで、いま私たちは快適な生活をしている。あの会社の社員は本当にすばらしい社員がいるという感じです。3番目は、社員が育っている。これは多くの人はなかなか気づきません。やはり、いい会社の本質はその組織に属することによって、そこの社員が確実に人間力を開花しているという組織です。この三つをぜひ押さえておいてください。
 次にいい組織の事例です。日本にはたくさんあります。私が最近一つ注目して、交流しているのは長野県の小布施町です。これは長野県で一番小さな町です。ここは葛飾北斎と栗とリンゴを表面に出していますが、シーズンになるとたくさんの観光バスが来ます。小さいけれど、とてもゆたかな町です。私たちは現場で勉強するということをやっておりますので、いろいろな組織を小布施町に連れて行って、小布施町の人たちと交流します。町長さんはソニーに勤めていた方ですが、その方と交流したり、栗のお菓子を作っている会社の社長さんと交流したりしています。小布施町はとてもいい町です。それから、大分の臼杵市とか佐渡市、岡崎市ですね。沖縄はいまかなりやっています。宜野湾市とか東村、読谷村とか、沖縄には学習する場がたくさんあります。沖縄はあれだけアメリカ軍の影響を受けながら、日本の伝統的な文化が残っているということで、沖縄は本当にすばらしいところだと思います。地域対地域の交流をやっているわけです。
 千葉ロッテマリーンズに私は95年から着目しております。10年前にバレンタインが来て、1回だけ2位になりましたが、コーチの反対にあってクビになって帰ってしまいました。しかし、3年ぐらい前にまた戻ってきて、去年日本一になりました。今年は少し苦戦して4位ですけれども、バレンタインの改革の仕方はすばらしいです。
特に1番のバッターは足の速いやつ、2番は送りバント、3番、4番、5番に強打者を並べる。これは野球の常識ですけれども、千葉ロッテマリーンズは日替わりメニューといって126通りのオーダーを組むということで、9回あればどこから始まっても攻撃できる態勢です。だから、サブローが4番になったりするわけです。千葉ロッテマリーンズのバレンタインは常識を変えて、新しいやり方をした。皆さん、千葉の方だからファンが多いと思うけれども、私も千葉ロッテマリーンズとは少し関係があるのです。1995年、いすゞ自動車で広岡さんといすゞの社長と対談をしてもらったことがあります。以来、千葉ロッテマリーンズを応援するようになりました。
 イオンも千葉に本社があります。私はイオン労働組合で意識改革のお手伝いをしてきました。イオンの労働組合は1万6000人だったのですが、パート従業員を組合員化しようということで、この3年間で7万人の組織になり、NTT労組に次ぐ2番目の巨大労組になりました。新妻さんという委員長は7万人の組織のトップです。パートを従業員化するというのはすばらしい発想だと思います。みんな仲間としてやろうということです。新妻健治さんはまだ40代です。いずれにしても日本の代表的な指導者になっていくはずです。ぜひ注目して、地元の人として応援してあげてください。
 西洋医学と東洋医学の話ですが、私は先ほどから何回も言っているようにバランス感覚が大事だと言っております。病気を治すときにウィルスがあればウィルスをたたく。これが西洋医学です。東洋医学は非常にゆっくり効いてくるのですが、自己治癒力をサポートする。組織のなかにも悪性細胞と良性細胞とあって、良性細胞が育っていればいいのです。古く劣化していく固まった細胞と、いきいきとしている細胞が体のなかにあります。自己治癒力をサポートするのが漢方薬です。風土改革の手法はどちらかというと漢方薬的です。ですから、リストラとかリエンジニアリングの世界は西洋医学的です。スピードを上げてやらなければいけないのです。遅いとだめなのです。だから、この両方の治療を行う。これがバランス感覚です。
 よい風土づくりの処方箋ですが、処方箋はこの六つぐらいを考えています。これは全部漢方医学です。
まずトップメッセージです。ですから、当然知事のメッセージもあるでしょう。あるいは各部局の部長メッセージです。うちの組織は今年はこういう風土にしよう。仕事の課題の羅列ではありません。そうではなくて風土、体質はいろいろあるけれども、これだけはみんな徹底してやろうというメッセージを出すことが大事です。
次は長との対話です。部長と一般職員との対話です。メールでやるより膝詰めがいいです。フェイス・トゥ・フェイスがいいです。日本で一番改革が進んだというのはおかしいけれども、わりと有名なのは丹羽宇一郎さん、伊藤忠の会長です。あの方は本当に社員と対話をしました。丹羽宇一郎さんの膝詰めの対話の仕方をするといいのです。
 問題発見ミーティング、問題がわかれば問題解決はみんな得意です。しかし、問題が何かがわからないのです。ですから、問題発見をするミーティングをするわけです。
それから、所内報です。それぞれのお役所のなかで自分たちの本音の楽しい情報を出す。いい地域、いい企業との交流もあります。先ほど小布施町へ行くと言いました。そういうことで千葉県のなかにもきっといいところがあるでしょう。いろいろな志があるところもあるでしょう。いい企業も存在すると思います。たこつぼの外を見ることをお勧めします。
 意識改革塾、1回の講演会で意識が変わるとは思いません。ですから、何回も何回も話し合いをして、繰り返し繰り返しやることによって定着していくので、意識改革塾をあちこちの企業でやっているわけです。
 掃除の会への参加、この掃除の会への参加などもお勧めします。千葉県のなかにもあると思います。朝起きて学校を清掃する、トイレ掃除をするということですけれども、これはとても有効です。            
 三つの違いですけれども、私は新宿の歌舞伎町を月1回、朝6時に清掃しています。すると世の中はこの三つのタイプの人たちがいることを実感します。タバコの吸殻を路上に捨てる人がいます。路上に捨てない人がいます。お掃除をやった人は自分で拾ったことがあるから捨てないのです。そして、非常に稀ですけれども、路上の吸殻を拾う人がいます。世の中はだいたいこの3種類です。そして、圧倒的に多いのは吸殻を路上に捨てる人です。とても少ないのは路上の吸殻を拾う人です。まずは捨てない人を増やしていく。そして路上の吸殻を拾う人を増やしていく。風土改革を非常にシンプルに説明するとそういうことになります。
 最後に私たちがめざすことはこの三つです。
一番大事なことは志を持つことだと思います。
志というのは何か。自分のことより社会を良くしたいという思いと行動のことです。人間はエネルギーがないと仕事ができません。エネルギーのもとになるもの、つまり動機づけ(モチベーション)は出世をするとかお金がたまるとかいろいろあると思いますが、最大のモチベーションは志ではないかと思います。立志というのですが、志を立てた人はエネルギーがすごく高まると思います。
 次に大事なのは、改革は足下から変えるということです。評論家になってはいけません。当事者になる。そして、自分の足下なら変えることができるということです。ですから、自分の職場、自分の地域、自分の家庭、自分の足下を変える。これがとても現実的だと思います。それから、先ほど言いました。他人と過去は変えられない。自分と未来は変えられる。長年やってきてそこに行き着いています。人を変えることはできません。自分の女房一人変えることはできません。ましてや部下を変えることはできません。自分が変われば相手が変わります。大事なことは上に立つ人が変わることです。そうすると周りが変わっていきます。長年の経験でやっとこのことに気づきました。
 かなり速く申し上げましたけれども、きょうは上級管理職の方なのでシンプルに説明させていただきました。ご質問がございましたらお受けしたいと思います。何でもおっしゃってください。
 
 
司会 ご質問はございませんか。
 
 
北村 私はメーカーにいたものですからアフターサービスが大事だと思っています。ですから、私のホームページは「北村三郎」で検索すると出てきます。もちろん「人と情報の研究所」でも大丈夫です。私のホームページは月2回必ず更新していますので、ぜひご覧になってください。
 ホームページは11年間やっています。ホームページになぜ着手したかというと、私が現役時代の12年前、慶應大学の藤沢の湘南キャンパスを見に行きました。あそこはインフラ整備がすごく進んでいて、三田の慶應大学ではできないものを更地からつくりました。光ファイバーが通っていて、図書館は24時間オープン、教授と学生の連絡は全部インターネットということが12年前から行われていたのです。そのころ携帯電話を持っている人もいない。インターネットのメールアドレスなんてありませんでした。冷戦が終わったので、アメリカ軍が軍事用に使っていたノウハウを民間で使い始めた直後のことでした。これから10年後は情報革命、インターネットの時代になるということを12年前に聞きました。それから、私はインターネットを勉強して、ホームページで情報発信を続けています。
 いま私の仕事はホームページを見て注文をいただきます。ですから、従来のような営業はしていません。自分の足で世界を歩いて、ホームページで本物のいい情報を出すということです。
 
 
質問 質問させていただきます。今いろいろなお話を承りましたけれども、人間の品格を磨くには、人によってはよき師を見つけることは大事だと説く方もいらっしゃいます。よき師がいなければよき先達を探しなさいということをよく言われますが、先生のお勧めの先達の図書があれば教えていただければと思います。
 
北村 いま本当に大事なことをおっしゃいましたね。結局、師匠を見つけることなのです。例えば、私はパソコンを勉強しました。パソコンを勉強するのに12年同じ先生についています。パソコンの師匠です。私はあるスポーツをやっていますが、そのスポーツのコーチも私にとっては師匠、十何年間続いています。あと心の師匠、自分の人間性や人格を高める師匠もいます。求めれば出会うのです。求めなければ出会いません。私の印象では、何かを求めていると、山の頂上付近で出会うことができます。一つの山をずっと登っていくと、裾野では出会わないけれども、八合目の山小屋ぐらいで出会えるのです。
 私の場合、上甲晃さん、松下政経塾の副塾長もなさった方です。つい先日まで一緒に中国に行っていました。あと鍵山秀三郎さんです。私の考えでは現存している人がいいです。触れることによって、すごいなと感じるのです。立ち居振る舞い、品格、物事の発言の内容、それで感化を受けるのです。亡くなった方でいうと、森信三先生、安岡正篤先生ですが、私にとっては森信三先生さんのほうが親しみやすい感じがします。森信三先生さんは庶民派なので庶民にとってわかりやすいのです。森信三先生のお弟子さんで寺田一清さん、いま岸和田にいらっしゃいます。インターネットで調べればわかります。この方は現存して、私もおつきあいさせていただいています。
 一般的な話をしたのですが、それよりもっと大事なことがある。それは自分の身近にいる師匠を見つけることです。つまり、千葉県の皆様の広い職場のなかにも必ずいます。目立たないかもしれない。地位はないかもしれない。しかし、コツコツとやっている品格の高い人はいますよ。ただ、求めないと見えないのです。いろいろな情報で集めて、私の師匠になる人はいないかなといろいろなもので探すのです。そうすると地域にいるのです。そして交流していくわけです。品格のある人の周りには品格のある人が集まっています。これがポイントです。だから、人間性が高まると人生が変わるということは、人間性が高い人の周りには人間性の高い人が集まっています。だから、そういう人に出会いやすいのです。求めるものによって変わってきます。一般的な話になりましたけれども、ヒントになったと思います。
(この講演は平成18年7月21日(金)、千葉県の幹部職員(部課所長級)を対象に行ったものです。尚、この講演録は千葉県自治センターの皆様のご尽力によるものです。)
               

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