意識改革から風土改革へ

 はじめに
 いすゞ自動車の風土改革についてです。いすゞ自動車、今も懸命に頑張っていますけれども、以前、日産よりちょっと早めに潰れるかもしれないというような危機がきたのです。いすゞ自動車の場合はゴーンさんのような人を迎えませんでしたから、自分たちで改革しました。とても苦労しましたが、やったことは半分成功、半分失敗だったなという感じです。
 私は五十歳を過ぎてから風土改革を提案したのですが、自分だけでやるのはちょっと自信がなかったので、柴田昌治さんというコンサルタントにお願いして、定年までの8年間、柴田さんと一緒にやりました。普通、コンサルタントに依頼するとコンサルタントの言う通りにします。私は会社を変えるのは内部の人間だと思っていましたから、柴田さんを中心に何人かのコンサルタントを起用して、鵜飼の鵜匠みたいに上手くつなげながら、内部のチェンジエージェントとしてやってきました。これからの時代はますますアウトソーシング、外の力を借りることが多くなりますから,ぜひコンサルタント使いの名手になって欲しいと思っています。

 B=f(P・E)との出会い
 今日は一介のサラリーマンである私が自分でやってきて、自分で気づいたこと、自分がこうだなと確信をもったことをお話しようと思います。私は間もなく67歳ですが、風土改革は37歳からやろうと思ったのです。30年前の37歳の時に教育課長になりまして、まず自ら勉強しなければいけないということでいろいろな勉強をしました。当時、OD(組織開発)というのがブームになっていまして、私も7泊8日間の研修を受けました。その時に、組織には風土というものがあることを知り、組織風土を活性化させる活動を実践してみたいという気持ちになりました。それ以来、組織風土にますます興味を持つようになって30年間やってきたわけです。途中で挫折したり失敗がありましたけれども、30年間やってきて掴んだことを今日皆様にお伝えしたいです。
 ちょっとお聞きしたいのですが、この式『B=f(P・E)』を見たことがある人はいますか。組織論をかじった人は大体勉強しているはずなんですが、一人ぐらいはいないですかね。じゃ、想像してみてください。こういう時には頭を回転させて、何の頭文字なんだろうと考えてみることが大事ですね。
(Bはビヘィビア、Eはエンバイロメント、Pはパーソン、fがわからないという会場からの声)。fはファンクションの頭文字で機能という意味と関数という意味があります。組織の人間は行動・アウトプットが生産的、積極的、創造的でありたいですね。そのためには個人の資質をアップさせる教育はもちろん大事ですけれども、そのアウトプットは環境の影響を受けています。人間も環境に従う動物ですが、企業でいえば組織風土が環境だということです。組織風土というのは集団がもっている暗黙の規範・ルールみたいなもので、そういうものはどこの会社にもあります。新入社員が入ってきたり他部署から異動してくれば、暗黙のルールを感じ取って、ここではこういう行動をすると上役もニコニコするし周りの皆も支持してくれるというようなことがあるわけです。
 教育によって一人ひとりをレベルアップすることはもちろん大事ですが、同時に環境を活性的にしたり、クリエイティブにしておくことが大事なんですね。そこで関数になっているというわけです。つまり一人ひとりの社員がよくてもアウトプットがよくないのは環境に問題があるのだという、このことに気づいたのです。八日間の研修に行って、この一つだけをもって帰ったんです。
 皆さん信じられないでしょうけれども、昔、いすゞは自動車メーカーの御三家と言われたのです。それはトヨタ、日産、いすゞでした。私が入った頃はホンダは埼玉県のオートバイ屋だと思っていたのですからね。それが世界的な企業になって、どんどん追い越されていったわけです。いすゞにはこれだけ優秀な社員がいるのに何故なんだ、結局、風土なんだということに気づきました。親方日の丸みたいな当時の国鉄や日本通運など大手の会社だけにトラックを売っていればいいんだという感じでした。そして鶴見地区、川崎地区にいっぱい土地を持っているから、会社が赤字になれば土地を売って社員に給料を払ってくれるのだというので、皆には安心感があるのです。潰れるとは思っていない。ぬるま湯的で会社の中の秩序だけに従っていけばいい、上役には絶対に反論しないほうがいいという風土です。
 そして当時はどんどん経済発展していましたから、リュックサックにお金を入れて販売会社にトラックを買いにくるような時代でした。それほど景気が良かったので、いすゞに入れば一生、左団扇だねという感じでした。偉い人は五時になるとすぐに会社を退けて麻雀屋に行ったり銀座の飲み屋に行ったりしていました。私が新入社員で入って一週間経った時、先輩が「川崎工場の担当部署に挨拶に行ってらっしゃい」と言ってハイヤーを呼んでくれるんです。学生時代の貧乏生活からみたら「会社は天国だ」と思いました。そして37歳の時に「こういう風土なのだ。風土をなおさなければ会社はよくならない」と思った。それが私のライフワークのテーマになったということです。
 当時、私は教育課長ですから、上司の取締役人事部長に「風土改革が必要だ」と提案しました。私もかなり剛腕ですから、帝人の富士研修所に社長、専務、常務を集めて、当時、OD(組織開発)の指導では第一人者だったビーコンの吉田社長にお願いしてがんがん討議した。吉田さんはとても仕掛けが上手くて皆を本音でやらせたから、企画担当の専務と開発担当の専務の対立みたいな形になっちゃったわけです。それで企画の専務が「この研修会を提案した奴は誰だ。俺の目が黒いうちはそいつの顔は見たくない。とにかく本社には置くな」ということで、私は島流しです。同僚の人事課長が「ほとぼりがさめるまで鶴見川の向こうに部品センターがあるから、そこに隠れていろ」と言って、部品の担当になりました。それから次第に昇進にブレーキがかかり始めました。そして間もなく取締役人事部長は販売会社に出向していきました。
 島流しとか左遷とかいうのはビジネスの世界ではよくある話ですが、一回や二回、冷飯を食ったほうが後になって役立つという感じがします。冷飯を食っている時は本当に辛かった。僕の人生はこれでお終いだなと思った。だけど世の中というのは捨てる神あれば拾う神ありですね。信念を持っていい仕事をしていれば、誰かが見ていてくれるのです。それでいつか「あいつを起用してみたい」という風向きになってくる。そして起用されてみると、冷飯を食ったことがどれだけ役に立つか。陽が当たらないといわれている部門で現場の人と一緒になって仕事をする中で、いろいろなことがわかってくるのです。本社だけにいるエリートにはわからないことが多いです。
 そんな曲折を経て、風土改革が私のテーマになりました。そしてこれが私の人生を変えました。今日、本当にお忙しいところを来ていただきましたが、何か一つを持って帰って欲しい。研修会でのお土産というのは、これだというのを一つをパッと掴んで持ち帰って、それをテーマにして、じっくり掘り下げていくというのは一つの方法です。私はサービス精神旺盛ですから、これからいろいろな情報を出しますけれども、多くは捨ててください。全部を持って帰ろうとしないで、一つか二つだけ持って帰って欲しい。
 普通、企業改革というと、多くの会社では次の三つの方法をとります。
まず全社一斉展開です。それも自分の会社だけならいいのですが、資本投下している子会社も実施しろというようなことになります。会社の中にも重要なプロジェクトを抱えている部門とかいろいろな事情があるのに、そういうことはお構いなし。トップが決めたら全社一斉展開。今まではこれが常套手段でしたけれども、特に風土改革はこの逆をやったらいい、つまりある部門の風土を徹底的に改革してから横に広げていくほうが成功の可能性が高いでしょう。
 それから改革推進室の設置です。そして推進室の部長には次世代取締役候補みたいな人をもってくるわけです。あいつの言うことを聞いておかないとヤバイぞ、といった雰囲気を感じさせることになります。
 もう一つはプレッシャーです。最高のプレッシャーは社長の前でプレゼンテーションをさせることで、TQCでは15分間のプレゼンテーション、45分間の質疑応答を見事に乗り切れば○、オタオタすると×ね。そのために土曜、日曜に部下を出勤させて資料を作るわけです。その資料も一%しか使わないで、あとの九九%は捨てるのですから、どれだけ無駄をやっているか。メーカーなのに資料づくりをするドキュメントカンパニーじゃないかと思っていました。
 会社が改革をする時には大体「やらせ」でやります。やらなければならない状況に追い込むのです。だけど現場は実に賢くて、「やったふり」で切り抜けていきます。それで本社の改革推進室は現場はしっかり対応してくれていると「やったつもり」になっている。これは特別に悪い会社の話をしているのではなくて、日本企業では極めて一般的なことですね。
 大企業病の典型的な症状というのは次の三つです。まず「自部門防衛病」です。「部分最適、全体不適」とでもいうのでしょうか、国レベルでいえば「省益あって国益なし」。そして実に見事につじつま合わせをするという、「つじつま合わせ病」です。期末になって業績が出なければ、出たような形にする。エリートとかテクノクラートという人はこれが実に巧みです。たとえば自動車の場合はシェアというのがありますが、陸運局に登録しないとシェアが上がらないのです。それで実際のお客がいないのに販売会社で自社登録をして、中古車市場に出したり、海外に安い価格で輸出していくというようなことをやっていました。このような車を中古車ではなくて新古車と呼んでいました。
それから「やらせ・やらされ病」です。本社と現場、上役と部下、スタッフとラインなど、やらせる立場の人とやらされる立場の人がいます。この二極構造があると、会社の中は連日、オフェンスとディフェンスのせめぎ合いです。

 風土改革の要点
 皆さんもリーダーとして変革に挑戦していただきたいのですが、人を変革に巻き込む時には、難しいことをわかり易く説明する技術が必要です。
そこで私が考えたのが以下のような説明の仕方です。それは戦略(RE-STRUCTURING)、仕組み(RE-ENGINEERING)、風土(RE-MINDING)の三位一体による改革です。まず戦略の改革です。これは構造改革といってもいいでしょう。たとえば店舗を統合するとか撤退するとか、海外のこの市場では展開するけれど、この市場には進出しないといった市場戦略、こういう商品には力を入れるが、こういう商品は次第に縮小していくなどの商品戦略があります。
 しかし戦略がいくらよくても、仕組みがうまく機能しなかったら会社は利益が出ないんです。つまり付加価値・利益を生み出す仕組みが大切で、エンジニアリングというのは付加価値を生み出す仕組みということになります。どこの会社にも長い時間をかけて先輩たちが営々とつくった付加価値を生み出す仕組みがあります。ところが時代が変わったために制度疲労を起こして、その仕組みが上手く機能しなくなっている。だから組み換えるわけです。リという接頭語は組み換えるという意味なのですね。
 構造を組み換える、仕組みを組み換えるというのはまさに経営の重要な仕事ですから、経営者はこの改革に全力をあげています。改革した仕組みを動かすのは社員なのですが、意識が変わらないので右肩上がりの時のやり方をそのまま踏襲しているのです。右肩上がりの時代のマネジメント、そして企業教育を通じてある種の意識がしみ込んでいます。その壁が破れないから、社員の意識の集合体である風土が変わらないわけ。風土というのは文化ですから、ずっと伝承されてきていますので、戦略のように経営の意思だけで変えるわけにはいかない。だけど風土が変わらなければ、会社は変わっていきません。だから三位一体の改革ということになります。
 風土改革は土壌改良に似ているのです。農業ではいろいろな種を蒔いて、肥料をやって、農作機械は性能のいいものを投資して、果実をいっぱい育てて実らせる。ところが土壌が荒れていると、いくら種を蒔いても芽が出てこないでしょう。会社の土壌にあたるものが風土です。日本経済は一九九〇年を境に風向きが変わっているのですから、会社の土壌を大幅に改良しなければいけないわけです。組織風土は社風、企業文化などということがあります。学術的にはこれらの概念は多少、違うのでしょうが、一口に言えば集団がもっている暗黙のルール、企業の土壌、役員・社員一人ひとりの意識・行動の集合体ということです。だから風土改革は時間がかかっても意識改革から始めたほうがいいのです。
会社は人間の集まりですから、創業者の考え方の遺伝子、長い間、先輩が築き伝えてきた組織の風習の遺伝子などがありますから、急激には変えるのは難しいです。時代に合わなくなった風土を経営の方針として、どのように意識的に変えていくかという問題です。
 そこで私が現役の時代、佐藤修さんに編集長をお願いして「タコツボから出ようよ」という小冊子をつくりました。昔は会社というタコツボの中に入っていれば安心して定年までいけたのですね。今、タコツボの外の風は大きく変化しています。私はタコツボの中にまたいくつかのタコツボがあることに気づきました。「タコツボ内タコツボ」とでもいうのでしょうか。それは戦争中の塹壕のようになっています。その塹壕というのは会社の中にあるいろいろな部門のことです。塹壕の入口のところに担当常務という名の司令官が陣取っています。そして塹壕の奥のほうにミミズ穴というのがあって、一般のサラリーマンはミミズ穴に入っちゃうわけです。したがって外が見えるはずはないです。別世界です。
会社の中だけに埋没していないで、広い世間を見て視野を広げてほしいという主旨でいすゞにはリフレッシュ休暇というのがありました。私は52歳の時にその休暇を取って、66人の友だちを訪ねる旅というのを実行しました。中学、高校、大学の同級生を訪ねていろいろな職場に行きました。そこで世の中は変化しているなと思った。ものすごく危機感をもちまして、37歳の時にB=f(P・E)で学んだ風土改革をもう一度やってみようと決心して、社長に手紙を書きました。日本の社会では直訴は御法度ですから、社長に「これをやらせてください」と手紙を出す人はあまりいないのです。ところが社長は「あいつは変わった奴だけど、面白いところがある。やらせてみたらどうだ」と人事担当常務に言った。「じゃやらせますか」ということになって、風土改革を8年やったわけです。
 社長に手紙を書くという最後の手段をとるということは、会社で本当にやりたいことがあるかどうかがポイントです。人事異動でいろいろな仕事を経験するうちに、これが自分のミッションだ、会社でやることはこれなんだという自分のやりたいテーマを見つけて、それを通す。だから私は50歳になったら人事は自分で決めろと言いたいのです。社員の出力を上げるためには適材適所が一番いいのは当たり前のことじゃないですか。ですから社内公募制度などができているでしょう。今後、ますますそうなっていきますから、「私はこれをやれば会社に貢献できるんだ」というものを見つけることだと思います。
 これを見たことあるでしょう。相田みつをの「花を支える枝、枝を支える幹、幹を支える根、根は見えないんだなぁ」です。当たり前のことですが、企業は花を咲かせたい。花を咲かせる一番の元は根っこなのですが、根は見えないのです。つまりこれは見えないことが大事だと言っているわけ。会社の経営にとって見えないもので大事なものというと何がありますかね。組織風土って見えないけれども、とても大事です。他に会社のブランドとか信用というのがありますね。信用というのは先輩がずっとつくってきたもので、見えないけれども、すごく大事でしょう。不祥事を隠し続けていたのがバレて一瞬にして信用を失うことがあります。今、結果主義、成果主義という目に見える管理。見えないものは曖昧だからというので、目に見える管理にする。これは間違っていないですよ。だけど目に見えない根っこの部分が実は大事。そのバランスを失ってはいけないです。
 私が風土改革を30年間ずっと実践してやってきて、リストラとリエンジニアリングは西洋医学的でいいのですが、風土改革は東洋医学的がいいと考えています。つまり漢方ですね。西洋医学の場合には病気の原因を見つけて、その原因を除去するという治療をしますが、東洋医学、漢方というのは自己治癒力を大事にしています。組織の中には必ず「今のままでいいはずないよな。これはおかしい」と思っている人がいるのです。それが自己治癒力です。これの効果は遅効性ですけれども、会社がそれを意識して意図的にコツコツやっているかどうかです。会社が長く生き延びるためには自己治癒力を活性化させなければいけません。だから私は西洋医学と東洋医学の両方の治療を併用させたらいいと思います。
 風土改革の漢方処方というのは実践の中から開発したのですけれども、本社の企画とか人事といった推進側がつくらないほうがいいのです。現場に知恵があるんですから、現場の人たちが現場の実情に合わせた処方を考えて欲しいと思います。風土改革を展開するということは大きな方針として出しておいて、現場が自発的、自主的に自分たちがよくなるもの、信じられるような漢方薬を開発してもらうようにするのです。本社の担当部門は応援団事務局という感覚で現場を支援していきます。
だから中央集権的な改革ではなくて、地方分権的な改革ということになります。
 そうやって皆がいろいろと開発したものをただ私は整理したということだけなのです。それを七つの漢方薬といっていますが、皆様方の会社でやる時は、皆様方の会社に合った新しい漢方薬を開発して新しい処方を施してください。七つの漢方薬の一つ目は社長対話ですが、人事が対話要員のような人を選別するのではなく、自由参加にする。社長対話のやり方も改革しなければいけないのですね。二つ目が社長のメッセージ、三つ目がミニコミ誌です。
 四つ目は企業間交流ですが、私はいろいろな優良企業を見て、よい遺伝子を取り込むということが大事だと思います。企業訪問という形でやっているところがありますが、形式的なものが多いですね。私のやり方は同級生ルートを活用しようというものです。そして「いいところだけを見せないで、必ず問題があるはずだから悪いところも教えて」と。それも一人で行ったら駄目です。一人だといいものを仕入れてきても実現できないから、同じテーマを持っている職場の仲間と一緒に行く。いい会社のいい部分はうんと真似たほうがいいので、帰ってきたら皆でディスカッションしたり報告会をやる。今、私はそういうことをあちこちの会社でやっています。
 そしてセミフォーマル委員会とか自主企画勉強会をやったりする。講演会は予算をもっている部署がやるのが一般的ですが、現場のニーズとは違うのです。だから現場に予算を出してあげるから、サークルをつくってニーズに合った自主講演会をやりなさいと言ってあげる。また先輩が後輩に伝承したい技能を伝える塾活動などを現場で勝手にやったりします。これが漢方薬です。

 意識改革で目指すこと
 それではこれからどう変わったらいいのかということです。1990年頃まではマーケットがどんどん広がっていきました。経済が成長する時には依存と同質の社員が必要でした。私たちが会社を選ぶ時も、どのような会社に入れば定年まで安定して勤められるかが判断基準でした。「寄らば大樹の陰」ということで、大会社に入ってそこそこ出世して一生安楽にいきたいということでしたから、依存と同質。また、日本は品質のいいものを作るために作業の標準化、材料の標準化、部品の標準化ということをやってきました。挙句の果てに人の考え方の回路、ものの考え方のプロセスまで標準化した。それが今、問題になっているのです。創造性ということとはまったく逆になってしまって、バカの壁に入ってしまった。人間というのは発想の仕方から個性、性格、みんな違うんですから、それぞれの才能を活かしていったらいい。
 そして自立です。自立というのは自分の頭で考え、自分の心で判断するというように私は定義しております。人間は理性と感性、情理を兼ね備えていきたいのです。経営では理を大事にしますけれど、情や心も大事にしたいのです。私の経験では、心が受けつけない、つまり拒絶反応するものには過っていることが多いのです。私の場合、社長はじめ経営トップが指示していることでも、心が拒絶するという感覚を大事にしていましたから、全社でTQCを展開している時でも、こんなことをやっていたって会社がよくなるはずはないと感じていました。それでいろいろ現場の実情を調べたら、私の感覚が間違っていないと確信できたので、社長に手紙を書くという行動をしました。自立というのは会社を辞めて独立するということではありません。組織の中で自立していく。
 個性というのは、人は皆、違って当たり前ということです。『五体不満足』の乙武さんが言っている言葉で、私も頭ではわかるんですが、これがなかなか難しい。自分と違った考え方をしていると許せない。今でもそうです。ただ、この言葉のような意識があれば、自分で自己矛盾を起こしているとわかります。昔、私の考え方に異論を唱える部下は排除してきたように思います。評価も上げなかった。私が部長の時、「協力する者はついてこい、反旗を翻す人はバッテン」でやってきた。だけど今になってみれば、私に抵抗していた人はそれなりに考えていたんだな、そのような人たちを活かせなかったことは私の大失敗だったと思います。何人かの人たちは私の下を離れたらいい仕事をしたから、私という環境が悪かったわけです。四十代前半のバリバリの時にはわからなかったことです。そういうことにいつ気がつくかです。

 意識改革のプロセス
意識が変われば人生は変わります。因果率、世の中は原因と結果の連鎖で成り立っています。品質不良が発生すれば必ず原因があります。事故が起これば必ず原因があります。その原因を探究して処置をする。それが再発防止策でしょう。ところが世の中というのは原因と結果が直結していないものが多いのですね。「風が吹けば桶屋が儲かる」というストーリーは因果が巡っているわけです。風が吹くとなぜ桶屋が儲かるのですか。昔からの言い伝えと違っていても私は新説として認めます。間違ってもいいですからどうぞ。(答を聞いた後、説明)
 今日はたくさん伝えたいことがありますので、急ぎます。意識と行動変化のプロセスはすべて気づきから始まります。気づかないことにはどうしようもない。それこそバカの壁に入ってしまいます。気づいて修正個所を見つけたら意識化するのです。私は意識するとは言わない。意識化する。意識化したら、それを繰り返し行なう。繰り返し行なうと癖になって、体にしみ込んでいく。そうすると無意識でできるようになる。これの繰り返しだということがわかれば、生涯成長していけるのです。
 私は意識改革という時に、性格を変えろとは言わないです。性格というのは気質を含めて親から伝わっている先天的なものです。変えられるのは後天的なもので、例えば価値観です。価値観を変えると行動が変わります。日頃、あまり意識しないことですが、価値観というのはとても大事です。価値観には何があるか。人生観、人間観、仕事観、組織観、金銭観、倫理観、たくさんあります。日ごろ「価値観はどうだ」なんて口には出しませんよ。だけど聞かれればちょっと考えますね。福島大学の飯田史彦先生は価値観の研究家です。飯田先生は価値観の中でも宗教観と死生観が一番大事だと言っています。人間にとって深いレベルの価値観です。企業ではもっと表面のところにある価値観、例えば組織観、仕事観ですね。まず組織観ですが、組織の実体は二十人ほどの対面小集団の連鎖であると私は思っております。これはある組織論の勉強会で教わったのですが、これだと思いました。会社に一万何千人いようが十万人いようが、会社の本質は結局二十人ほどの小企業の連合体であると。だから会社を変える時は、自分の身の周りから変えるのが一番いいということです。変革理論としては群発地震を起こすのが一番いいと。つまり大脳系じゃないのです。自律神経系というか、極端にいえば細胞系です。こういう組織観をもった人は組織との向き合い方が違います。組織は大きい、だから自分は歯車であり無力だとは思わないのです。日本の国を変えるのも、この考え方で進めたほうがよさそうですね。
 もう一つの組織観。組織は自己実現を社会実現に転換する変速機であると思います。これだけ豊かな社会になったら、皆が自己実現したいと。ところが自己実現だけじゃ物足りないから、社会をよくする、社会を変えるというぐらいでないと、自分が生まれてきた意味がないというので社会実現。それには組織があるからいろいろなことができるわけです。朝起きて、行くところがあるというのはとっても幸せですよね。会社にはお金もあるし、仲間もいるし、技術もある。自分がチャレンジしていく場です。だから変速機だ。トランスミッションだ。ギアチェンジだ。
 それではどのようにして自立と個性に変えていくのか。その方法として異体験、自己開示、内観の三つがあります。これを三つの基本ワザとして私はお勧めしています。まず内観というのは自分の現状を把握するために自分自身の歴史を振り返ることです。どのような親から生まれて、子ども時代にはどのような教育を受けたのか、今までにどのような出会いがあったのか、そして今があるのですから、現状把握です。現状把握ができないと未来は変えられないから、内観するわけです。そして自己開示、セルフディスクロージャーです。ディスクローズすると風当たりは強くなりますが、風当たりが強いほど鍛えられますから、自分の考え方をどんどん発信する。三つ目が異体験、私たちは狭い世界、たこ壷に住んでいますから、タコツボの外の風景を見るということです。
 異体験の方法としてはまず日常の異体験と非日常の異体験があります。私たちは本当に平凡な日常に生きているのですから、日常の中で工夫してちょっと異体験をする、気づきを得る。そして時々、非日常に触れる。非日常というと旅がポピュラーですが、ツアーで旗の後ろについて観光するのではなくて、自分で切符を買って、巡る所も自分で決めていく。異体験をすると気づくことが多いので、異体験を習慣化すると右肩上がりの成長が続きます。KAEもそうでしょう。どっちかというとこの考え方で学んでいるのだと思います。
 自己開示ですが、人間の心は目に見えないですね。それをあえて絵に描くとこうなります。意識と無意識の世界、顕在意識と潜在意識になるわけです。
そしてその上にペルソナ(仮面)というのがある。人間は外界に適応するために本音より建前で他人と関係をもつ。つまり軋轢を避けるためにペルソナをかぶるのです。会社の中は厳しい競争状態にありますから、自分の弱みは見せられないというので、背伸びをして頑張っている。頑張っているうちにペルソナがどんどん厚くなっていくわけです。ペルソナが厚くなると家にまで持ち込んだりする。お父さんが自然体で子どもと付き合っていないと、子どもが荒れるのはしょうがないですよ。私はペルソナをなくせとは言いません。薄くしろと言っているわけです。人は誰でも心にキズとシミがあるんだから、キズもシミもできるだけ見せたらいい。そういうことをやった時、どれほど楽になるか。
 次は心の窓についてです。自分のことを自分で知らない部分があって、知ろうとしない心の壁がある。一方、他人が自分のことを知らない部分があって、それを知らせまいとする心の壁があります。人間が楽に行動できるようにするためには、心の壁を低くすることですね。
そして知らせまいとする心の壁を押し下げるのが自己開示です。知ろうとしない心の壁を押し下げるのがフィードバックを受けることです。人が鏡になってくれる。ところが組織の中でだんだん偉くなってくると誰も言ってくれなくなって、裸の王様になっていくわけです。だから自分の気づかないことをフィードバックしてくれる家族とか友だちとか先生の存在は大事ですね。
 そして右手の法則と左手の原則です。1990年に風向きが変わって、新しい波が押し寄せてきています。そのような時代でも流行と不易といって変えていいものと変えてはいけないものがあるのです。私たちは今まで経営は右手だけでやっていた。だけどももう一回、原点に立ち戻って、バランスをとっていこうという考え方があります。リーダーになる人はやはりそういう感覚をもっていたいですね。
 これを具体的にいいますと、統制と自由のバランス、効率に加えて創造、フォーマルとインフォーマル、左脳と右脳、新幹線とローカル線といったことです。これから日本の社会はスローライフに関心を持つ人も増えてきますので、ローカル線の良さが見直されてくるでしょう。田舎の良さも見直されていきます。中央集権から地方分権、そして地方主権の時代がきます。PDCAからACDP。次に登山法です。山に登れても下山できないと駄目ですね。無事に下りるにも技術が必要です。私は逆さメガネの着用をお勧めしたいのです。

 私の伝えたいこと
 NHKの番組で『プロジェクトX』というのがありますね。私はこの番組をよく見ています。いわゆるビジネスパーソンのいろいろな生きざまが出ておりますが、共通項を見つけているのです。その共通項の中から、これからの新しい時代のビジネスパーソンの生き方があるなと考えているからです。また、自分の生き方も照らし合わせて考えていることがあるのです。テーマ曲に中島みゆきの『地上の星』がありますね。あの歌の中に「名立たるもの、輝くものを追って人は氷ばかり掴む」というフレーズが出てきます。私はいろいろな人を見てきまして、これは本当だと思う。私の実感なんです。皆様にとって、会社で「名だたるもの、輝くもの」って何だろう。これを追っかけて追っかけて、コオリを掴んでいると私は思っているのです。
 そこで皆に一番伝えたいことです。これを掴んで帰ってもらえばありがたいと思います。結局、いい仕事です。いい仕事をするためには24時間やらなければ駄目です。8時間やって後は関係ないというのではいい仕事はできない。
毎日24時間です。
 私は意識改革とか風土改革がライフワークのテーマになったでしょう。この一つのことをずっと追求しているのです。そしてずっと深堀りしているわけです。一つの井戸をずっと掘り続けていくと、最後にふっと豊かな水の流れの層に辿りつくのです。そこですべてに共通する原理原則みたいなものが見つかるのです。水脈に到達するまでには24時間、そして長い期間、掘り続けることが必要です。
 私たちの日常生活では睡眠と覚醒があるのですが、その中間にもう一つあるのです。瞑想です。私も年寄りになってきたから早く寝ます。5時頃に目が醒めて、5時半頃のふぁっと明るくなった時に瞑想状態に入るのです。その時にヒントがふわっと出てきます。つまり寝ている時の潜在意識を活用しているということです。特に私のような仕事というのは言葉が大事なんですね。キーワードが大事なのです。こういう言葉だったら私の考え方が伝わるのではないかと思えるキーワードが発見できる、それが瞑想状態の時なのです。だから24時間なのです。
 そして年中無休、私の仕事は年末年始はかき入れ時なのです。年末年始にはテレビ、新聞、雑誌で過去1年の締めくくりと新しい年の展望などがいろいろなジャーナリストから出てきます。そのような膨大な情報の中から私のテーマである意識改革、風土改革に関係がありそうな情報を分析して、自分の言葉に転換して、皆様に伝えるわけです。
一つのことを三十年間ずっとやり続ければ、何か本質的なこと、大事なことがわかってきますよ。そのようなテーマを三十代、四十代で見つけれることができれば十分時間はあります。私は今、五十歳の人にも「これから三十年間かけてやるものを見つけて欲しい」と言うんです。本当にやりたいことは何なのだということです。
『プロジェクトX』で共通するのはこれなのです。これだから何かを生み出してきているんです。
 そして私たちは『人生劇場』の舞台に立っています。幕が開き、幕が閉まるのです。その時に、あなたが本当にこの人生でやりたいことは何なのか、本当に好きなことは何なのか。何かの縁で今の会社に入った。会社のサイコロ人事であちこち異動させられている。だけどその中で自分のやりたいテーマを見つけることです。それはほぼ35歳ぐらいまでに見つけたい、遅くとも四十歳までには見つけたいですね。私の場合は37歳で風土改革というテーマに出会ったけれども、途中で島流しにあって潜伏期間があった。52歳でもう一回立ち上がって、未だにそれを続けて、やっと三十年目に入ったということです。綾小路きみまろという漫談家がいますね。彼は今、爆発的に売れているけれども、潜伏期間三十年ですからね。やりたいことをあきらめずにずっと続けてきたのです。もちろん誰にでも賞味期限はありますが。
 皆さん、定年後を視野に入れて欲しい。定年は六回の裏だと思います。四回から六回の中盤戦でしっかり点を入れておきたいし、守りも固めておきたいけれども、定年後にラッキーセブンがくるんですね。なぜなら定年後は時間がふんだんにあって、やりたいことは何でもできるわけですからね。そして定年はゴールじゃなくて、第四コーナーだと思います。第四コーナーからゴールまで直線コースに入るわけですが、直線コースの走り方が大事です。このように長期的な視野に立って、今から三十年間かけてやるテーマを見つけることだと思う。これがいちばん伝えたいメッセージです。
 日本はこれだけ豊かになった。人生で大事なことは三つある。一つは働くことです。もし十億円あったら働かないで、毎日競馬やゴルフやパチンコをやって生きていきたいという人がいました。それで私は十億円持っている知人にその話をしてみました。その人は「それは十億円持ったことのない人が言うことだ」と言いました。十億円持っている人でもやはり働いてます。働くということは社会と接点があるということです。私も皆様のような現役の方々と接点があるからとても幸せです。二つ目は人生は楽しむことです。何を楽しみとするかは大事ですよ。三つ目は学ぶことです。
 私は学校を卒業したら勉強を始めろと言いたい。人間は死ぬまで勉強していけば、生涯、成長し続けます。学び続ければ成長は右肩上がりです。ところが一般的にこの三つ、「働く、楽しむ、学ぶ」が分離されているんですね。働くことは会社、楽しむことはアフターナイン、学ぶのはビジネススクールとか通信教育とか研修会というふうに分離してます。私はこの三つを重ね合わせたいんです。働きながら、それを楽しみながら、学びながらという、これが一番理想です。そして理想はもたなければ実現しないのですから、こうなりたいと思うことです。私は現役の時から少しづつ重ね合わせてきたのですが、定年後の今ははほとんど一致しております。自分のやりたいテーマを追求しているんですから、今はとても楽しんでいるわけです。
 以上が私の伝えたいことです。私の講演はいつもアドリブですが、途中で緩急しながら、ぴたっと修まっているわけですね。これもやはりワザですね(笑い)。ありがとうございました。
         山城経営研究所発行、KAE経営道フォーラム講演録「KAE情報」より

             
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