この講演録は平成9年1月と2月に実施されたJR西日本の経営幹部(部次長)での講演を元にJR西日本の社員研修センターがまとめたものです。


いすゞ自動車の風土改革(上)

1.はじめに

 株式会社コアの北村です。私は昭和36年にいすゞ自動車に入社し、35年9ヶ月勤め、昨年12月に60歳で定年退職をしました。退職後は[サンデー毎日]に勤めようとも思ったのですが、つまり「毎日が日曜日」ですが、いすゞの改革が道半ばということもあって、今いすゞから30%の出資を受け、同志たちと資金を出し合って、新しい会社を作り仕事をしているところです。
今は人生80歳と言われますから、定年になっても経験、知識を活かしたい人がいるはずです。ですから、株式会社コアには得意技をもった人には来ていただきたいということで定年もありません。
現在、私は「風土改革」の仕事を通じ沢山の人とお会いしますが、私の話を聞いて、また私と会って「何か元気が出たぞ、やる気になってきたぞ」そして「自分にもできるかもしれない」という気持ちになっていただければと思い講演をしています。定年退職はしましたが、余生を人の役に立ちたいという気持ちでやっております。
それから私は、あくまで改革の実務者の立場を貫きたいと思っています。今でもいすゞ自動車はじめいろいろな企業の現場で改革をしている「改革の当事者」です。8年間にかけて、自ら改革をやってきた現場の人間ですから、難しい話ができるわけでもありません。私は経営や社会の複雑な現象を分かりやすく説明できないものかと考えています。大切なことは、改革をやるときには、現場の人を巻き込み、一般大衆を巻き込んで、はじめて改革が実現できるということです。そのためには、大勢の現場の人と対話し、分かりやすい説明に努めています。

2.風土改革への引き金

(1)TQCとデミンク賞チャレンジへの疑問

私は、いすゞ自動車に36年勤めてきましたが、私の位置づけは上官の命令に背いて決起する一種の反乱軍だったのかもしれません。10数年前に先代の社長が会社を良くしようとしてTQCを導入し、途中からデミング賞に挑戦しようとした頃ですが、その状況を現場で見ていて「どうもおかしい」「これは恐いことだ」と思えたのです。なぜなら、良品を生み出すための手段であるべきTQCが、デミング賞を取ることが目的となってしまい、本来の目的を失ってしまう。つまり「手段が目的化する」とでもいいますか、次のようなこが行われていたのです。デミング賞審査に際し社長以下経営陣がズラリ並んだ中、賞を取るため今まですでに解決した問題を後づけでデータを捏造し、審査員に対して部長が与えられた時間内でブレゼンを行い、矢継ぎ早の質問にも適確に答えるめに練習を重ねる。こうまでしないと賞は取れないのです。私もやりましが、的確な判断ができるはずの経営幹部が「つじつま合わせ」をしている。これでは会社は良くならないと思いました。いすゞの経営陣は、正常な判断力を失ったと思いました。

(2)たった一人の反乱軍

当時の状態を大多数の社員は「何か変だ」と思っているのですが、「社長がやる、経営陣がやると言っているから仕方がない」とあきらめている。現場では「もうたまりません」「仕事そっちのけで、こんなことばかりやっているんでは、製品は良くなるはずがない」とぼやいているのです。私自身も昔は出世がしたい、役員になりたいと思っていました。ですから上司の言うことをハイハイと聞いて頑張っていましたが、根が生意気なのか心で反発をしているのです。それが上司には分かってしまう。それで私は15回も職場を転々としました。いすゞの職場は新しく異動してきた新人よりも古くからいる人のほうを大事にする風習がありましたから、異動先の職場で頭角を現すのは大変でした。51歳の頃これ以上は偉くならないと思い、私の最後の仕事として「デミング賞粉砕」を心に期し、社長の決めたことに対してほとんど勝ち目がないと思いつつ反乱を起こすことを決心しました。

(3)視野の狭い夕コ壷集団

いすゞ自動車は、たこ壷だったと言えます。それもひどい状態でした。たこ壷の外は変化の風がビュービュー吹いて、劇的に変化しているにもかかわらず、たこ壷の中は自己完結型で、この中だけで適当にやっていればいいという考え方があって外を見ようとしません。たこ壷ならまだいいのですが、もっと問題なのは、たこ壷の中に更にざん壕を掘って閉じこもっていることです。常務クラスがざん壕の付近で頑張っているものですから社員はさらに大変なのです。では社員はどうなっているかと言いますと、ざん壕の中に更にミミズ穴を掘って閉じこもっている。ですから、ざん壕さえも見えないし、たこ壷の動きも見えない。まして世の中の動きなんて見えるはずがありません。だから「まずはミミズ穴からざん壕に出よう」「そしてざん壕からたこ壷に出よう」「更にたこ壷から外へ出よう」と。最近は少しづつ出てくるようになりました。これが外向きということなのです。会社全体が総アンテナになるのが理想的で、中央集権ではなく自立分散型の組織に変えていきたいのです。つまり職場単位で情報を処理し活性化していくことになれば、環境の変化に的確に対応できます。その結果、環境の変化に素早く対応できる組織体が生まれてくることになります。

(4)世間を味方に

このたこ壷の中で反乱を起こすと必ず「粛正」が起こります。いわば「ポア」です。私の場合は反乱を起こしたわけですから、いつもなら体裁よく切られていたかもしれません。また世間では、会社の中の一人の社員が切られても分かるはずがないと思います。私はこれが恐かったものですから、切られないために世間を仲間に入れようと思いメディア対策を行いました。当時、日経ビジネスの副編集長にお会いし「私はこれからこのような考え方で変革を起こそうと思っている」。だから、その生き証人として見ていてほしい、できれば記事に書いてほしいとお願いしました。なかなか相手にしてもらえませんでしたが、副編集長も根負けしたのか、1年半後に「瀬戸際いすゞの危険な風土改革」と題していすゞの記事を掲載してくれました。この記事が、常務会で「こんなこと書かれたら、いすゞの車が売れなくなる」「コストダウンもやれなくなる」と大騒ぎになり、広報部も知らなかったので「誰がこんな記事をリークしたんだ」ということになりました。私が記事を提供したことが分かって「人事の北村はとんでもないやつだ」と。私の一大危機ですが、何とか切り抜けました。この一大危機の前にある伏線がありました。私はいすゞ自動車の資本を38%持っているGMを味方にしておいたほうがいいと感じていました。大株主は大事だし、これを感じたのは、ある種の“勘”だったかもしれません。私は六本木のGM日本支社長だったジョンソン氏に手紙を書きました。ジョンソン氏は元GMケニアの社長をしていた時からの知り合いでした。そしたら六本木のオフイスでGMのコンサルタント20人を前にしてブレゼする機会を与えられ、拙い英語で「デミング賞粉砕についての自分自身の考え」を話しました。GMの人達は私の考え方に共感してくれたと思います。「デトロイトのGM本社にも伝える」と言ってくれました。その後、GMから赴任してきたサリバン氏には、改革が成功するように陰に陽に助けていただきました。この頃が一番私にとっては大変な時期であったと思います。
結局、普通は55歳で役職定年を迎えるのですが、59歳まで最年長の部長として勤め、最後の7ヶ月は平社員になりましたけれど、60歳まで本社で勤めることができました。つまり反乱軍の将校が生き延びたということだと思います

5)決算から見たいすゞの変化

「日経ビジネス」に、毎年経常利益のベスト5000社が掲載され、ワースト50社も出ます。このワーストの中で銅メダルをいただきました。いすゞ自動車は92年度の決算が473億円の赤字です。1位が山水電気、2位が山一証券、4位が飛鳥建設になっていますが、これはバブル期の崩壊時で、金融や証券が多くなっていますが、れっきとした製造メーカーで3位になったという不名誉な記録がございます。それに対し96年3月期の決算では388億の黒字でしたから、ブラスマイナス861億の改善が行われたわけです。この4年間、経営者も社員も危機感をもって必死で頑張り、再建を果たしました。ご承知と思いますが1990年が一番自動車を造った時期です。軽自動車以上の車は輸出を含めて 1,340万台を日本国内で造りました。おそらく去年が1,050万位だろうと思いますから、日本国内での自動車生産が300万も落ちているわけで、昔のように車が売れなくなった時代となりました。なぜ車が売れないのに、1兆1千5百億の売上げの中で860億円という改善があったのだろうと。これが、ひとつの関心になっているんだと思います。ごく最近までいすゞ自動車は、業界の中で苦しい立場に置かれていました。いすゞ自動車が473億の赤字を出した時に、GMも業績が良くなかったものですから、いすゞをどうしようかと本当に真剣に考えたそうです。そういう会社が最近なんとなく元気になってきたのは一体なぜなんだろうということです。勿論いすゞ自動車は、まだやっと並の会社になったばかりです。決してリーディングカンパニーであるとかエクセレントカンパニーではありません。最近の言葉でビジョナリーカンバニ一というのがありますが、これは志のある夢のある会社という意味です。つまり世間をリードする会社ということになりますが、ビジョナリーカンバニ一に対応する言葉でコンパリソンカンバニーという言葉があります。このコンパリソンとは比較するという意味ですから、並の会社のことを言います。マラソンレースに例えると、ランナーは一斉にスタートするわけですが、段々それがばらけ、トップ集団、2番手集団、そして団子集団、それから脱落組とつながっています。企業というのもそうなっているわけです。以前のいすゞ自動車は、団子集団ではなく脱落組に入っていたのですが、やっと団子集団に入り、今は団子集団の真中あたりを走っていて、なるべく早く2番手に抜け出そうというポジションにいます。ですからトップ集団になった時に初めてビジョナリーカンバニーになれると思います。しかし、まだまだそういう状況ではありませんが、ただひとつ言えることは、ダメ会社が良くなる時には必ず何かが行われ、体質がすごく弱っている時から徐々に良くなるには、何かが行われているわけです。

3.企業改革の構想

(1)企業の三つの活動

企業というのは平たい言葉で言えば、3つの活動があります。一つは「日常活動」で、日々の仕事を確実に行うことです。鉄道業で言えば、毎日電車を時間通りにキチンと走らせる。そして安全を守る。つまり、デイリーの仕事をマニュアル通りにキチンと行うということです。ただ事業活動というのは、毎日同じ事をただ営々と繰り返しても発展がありません。今までよりもっといい方法はないかと考えていく「改善」(インブルーブメント)ということが大事です。それから次の「改革」というのはイノベーンョンです。「改善」と「改革」の違いですが、「改善」というのは今まで先輩が築いた色々な仕組みやシステム、これをもっと良くする方法はないかと考えるのが「改善」です。「改革」は、先輩が営々と築いたものでも制度疲労を起こしたもの、また時代に合わなくなったものをいったん破壊し、新たな仕組みを組み立てていくことが「改革」です。今のような激動期、世の中が劇的に変わっている時代には、もう「改善」では迫いつかない部分がたくさんあり、「改革」を行なっていかなければ、時代に生き残れなくなっています。ただし「改革」とは何でも破壊すればいいというものではなく、一番ベーシックなマニュアル通り工法通りキチンと行うということは大切にしなくてはなりません。
更に「改革」を次の3つの考え方に分けて説明することができます。

(2)戦略の改革(RE‐STRUCTURING)

まず戦略の改革(RE‐STRUCTURING)です。戦略の改革と言えば難しく聞こえますが、平たく言えば「今まで配分していた経営資源を違うところに配分し直す」これがシンプルな戦略の改革についての考え方だと思います。つまり「限られた人・物・金という経営資源の再配分」です。いすゞ自動車の場合で言えば、乗用車を成功させることが長年の夢でした。なぜなら乗用車には最先端の技術が導入されていますから、技術者にとっては面白いのです。ですから、何とか乗用車を成功させたいという願いがありました。ここで、いすゞ自動車の基本的な収益構造をわかりやすく説明すると、トラックで400億円の利益、乗用車で300億円の損失を出す構造になっていました。トラックは生産財ですから景気の影響を受けやすく不況になると赤字になってしまうという経営を長年続けていたのです。乗用車の輸出については、円高がそれほど進行しないうちは何とか対応できていたのですが、円高の進行でますます赤字が増大したので、92年にいすゞは乗用車から撤退しました。同時にホンダさんと業務提携し、OEMという形で「アコード」「ドマー二」という車を、「アスカ」「ジエミ二」といういすゞブランド・いすゞスベックで売っています。電機業界では中身はどこの国で作ろうと、ブランドはナショナルやソニーで販売しているように、最近は自動車産業でもこのようなことが行われてきています。他にもマツダのファミリアのエンジンはいすゞから、ドイツのオベルにはいすゞのエンジンを、日産のアトラスというトラックはいすゞのエルフを日産仕様にしています。もう今は畳鰯のようにお互いに連携し、得意分野は自分の所で、不得意分野は、積極的に人様の力を借りる共存共栄の自動車産業界へと経営構造も変革を遂げています。それでは、これからのいすゞ自動車はどこの事業ドメイン(事業領域)で勝負すれば良いのかがひとつの変革の鍵になります。例えばいすゞ自動車はバス・トラック、そしてRVという得意分野で勝負するのは当然ですが、それに加えてコンポーネントで勝負するという過去の自動車会社では考えられなかった戦略も取り入れました。今では地球環境問題がクローズアップされ、パテイキュレート(スス)やNox(窒素酸化物)などの排出物をクリーンにする環境基準がアメリカでも日本でも出てきています。その基準をクリア‐したクリーンなディーゼルエンジンができれば、化石燃料というエネルギー源が2030年かあるいは2040年まで使われるとすれば、多くの需要が世界に山積みしているのです。
リストラといえば、首切りの代名詞のようになっていますが、撤退した事業でもその仕事に就いていた人たちを新しい仕事に就かせ、新規ビジネスで活用することなどがリストラの本当の意味だといえます。
一つの例で申しますと、1990年以降、自動車業界全体では車が売れる時代ではなくなったので、収益を増販よりはコストダウンで補ってきました。例えば、乗用車の技術者を別組織を作ってコストダウンの分野で仕事をしていただくのです。そしてトップから「いすゞ関連以外からでも、コスト・品質・納期の良い取引先を見つけなさい」「海外の取引先でもいいですよ」と言う。そうすると今まで何のしがらみもない技術者は、世界のあちらこちらから、いい部品を買ってきます。そのように安い部品を仕入れて車を組み立てていくと利益が出てくる。その効果はかなりのものであったと見ています。つまりこのように人を有効活用し、新しい分野へ再配分していくことが本来のリストラと言えます。

(3)仕組みの改革(RE‐ENGINEERING)

次は、仕事の仕組みの改革(RE−ENGINEERING)です。会社では付加価値を生み出すためのシステムや制度など、様々な仕組みの中で大勢の人が協力し仕事をしています。この仕組みが、右肩上がりの時代にはうまく機能していましたけど、時代の変化とともに制度疲労を起こし、うまく機能しなくなるものが出てきます。そこでおかしくなっている仕組を見直して新しいシステムに直していくことが大切になります。例えばトラックでは、10トン積みのダンプカーなどは昔は30トンも積んで走っていました。当時よく売れたトラックは、それでも壊れない車でしたので、各社ともスプリング、バネ、フレームなどを強化し、いっぱい積んでも走れるような車を競争して作っていました。ところがブレーキというのは、車両の自重の重さから、ある一定の積荷の時に効くように設計されています。そこで大きな交通事故の原因が過積載であることが分かり、法律の改正によって過積載規制が強力に行なわれました。つまり決まった量を積むように規制強化が行われたわけです。そのように法律が改正されると、劇的に需要構造が変わります。なぜなら、トラックは車両本体の自重、ミキサーとかバンのような架装物、それに積荷の合計が総重量として決まっています。ですから荷物をたくさん積めるようにするためには、如何に軽い車を造るかということがお客さんのニーズになります。それまでフレームを厚くし頑丈な車を造っていたのが変わりました。今まで、車の開発の仕組みというのは、将来の「企画構想」を立て、試作車で実験を行い、生産試作,量産試作,量産という段階を経ていました。そして、発売後は、その車の品質改良を行い、完成度の高い車にしていくというのが基本的な開発の仕組でした。しかし、これが制度疲労で、今では車を開発するプロセスも、もっと小回りが効くように、もっと短期的にやるようになってきています。乗用車の世界でも、昔は開発に4〜5年もかかりましたが、今は18ヶ月位で乗用車のモデルチェンジをしてしまう時代に入ってきています。リエンジニアリングというのは、一つひとつの要素技術の組み合わせのことですから、その組み合わせを組み替えることがリエンジニアリングと言えます。

(4)意識・行動の改革(RE‐MINDING)

次に意識・行動の改革(RE‐MINDING)ですが、ここがいすゞ自動車の改革のユニークなところです。JR西日本でも「風土改革」をやろうという方針が出ているようですが、これを明確に表現してる会社というのはあまりないようです。「戦略の改革」だとか「仕組みの改革」というのは、大体トップダウンで、経営トップが指導性や方向性を示しています。ところで、これを実行するのは大勢の社員だということを忘れてはいけません。社員の大部分は、右肩上がりの時代に採用のときから指定校制かつ指定の学部の中から選ばれ、入社以後も同質化へ向けて教育訓練を受け、意識や行動様式がある種のマインドコントロールによって固定化されています。つまり、右肩上がりの時代にうまく機能するように、社員が教育され、評価システムや人事システムがそれをサポートしてきたということです。そういう意味では、これは極端に表現すれば、一人ひとりの人間が規格化、部品化されてきたと言えます。人間はもともと違いがあるのに、思考パターンは大体同じになっている。ですから、RE‐MINDINGというのはこの意識をいったんバラバラにしマインドコントロール状態を解放することです。コントロールというのは、野球ではピッチャーがサインどおりにキャッチャーミットに向けて投げることをコントロールがいいと言いますが、マインドコントロールというものも、人の意識を一つの方向性に合わせるということだと言えます。このコントロールされた意識の状態が、もう時代に合わなくなってきている。だから固定化した意識をもう一度バラバラにして意識を組み替えようというのがリマインディングの考え方で、これを意識改革、マインドイノベーションとも言います。また「行動の改革」というのが非常に大事です。ビジネスマンというのは、意識ばかりいくら変わっても行動に現れないと意味がありません。いろいろなことを知っていて「世の中はこうなんだ」「こう変えなくてはいけないんだ、意識改革なんだよ」と口だけ言っていても机上の空論になってしまいます。つまりビジネスマンにとって、意識が変って行動に現れることが一番大事だと言えます。
「知行合一」という陽明学の教えでは「知っていることと行動が一致しなければいけない」と説いています。これは私たちがいすゞ自動車で普及している「行動してこそ価値がある」という考え方の基になっているものです。いわゆる「知」には二つあるのですが、一つは「知識」で、もう一つは「知恵」です。知識はセミナーや本を読んでも勉強できますが、知恵というのは行動していろいろな壁にぶつかった体験から初めて身につくものだと思います。つまり「行動する」ことがもっとも大事で、行動することにより必ずそこに新たな「知」が生まれます。それで更に「行動する」とまた新たな「知」が生まれるということになります。私は、行動することの大事さ、特にビジネスマンにとって「知行合一」の大切さを強調したいと思います。「知行合一」がスパイラル状に行われ、それが循環する組織というのは、成長し続けると思います。
もう一つ大事なことがあります。世の中は複雑で様々なことがありますから、「テーマ」を持つことが最も重要なことです。自分のキャリアを積み上げ生涯をかけてやりたい「テーマ」を自分自身で設定し、その「テーマ」に関して、「知行合一」のサイクルを繰り返すことが大切です。次にこれを循環させていくために重要なことは、「志」を持つことです。最近「志かつて日本にあったもの」という本が出版されましたが、本当に志」を持つということはとても大事なことだと思っています。「テーマ」が方向性で、「志」はエネルギーと考えています。JR西日本の社員の方でも幹部の方でも、エネルギーのある人というのは、やはり志を持っているということだと思います。つまり「テーマ」と「志」を持って、この「知行合一」を回転させていけば、人間というものは、無限に能力がアップし、成長を続け、意識の固定化も避けることができます。「世の中はこんなものよ」「こうしていけばどうにか暮らせるよ」「自分が今まで勉強したのが最高なんだ」というようなことになると人間の意識は固定化していきます。これが一番恐ろしいことです。勿論自分が何かにこだわってある種の軸足を持つことは大事ですが、それだけでは駄目です。何か新しいものを絶えず吸収していくという能力も合わせて持ってほしいのです。リマインディングという考え方の基本はまず、一人ひとりの社員が「意識・行動の改革」を進める、その集積が風土改革につながっていくのです。

4.風土改革とは

 (1)企業文化・土壌の本質とは

 社風については、JR西日本もJR東日本と、あるいはJR東海とは違った社風があるかもしれません。あるいはJR各社とホンダと松下とソニーとは違っているかもしれません。この社風という言葉は、学校では校風、家では家風というように、この“風”というのは、昔からよく使われてきた言葉です。
風土というのはオーガニゼーショナルクライメート(OrganizationaI Climate)と言います。また、企業文化という言葉もあります。これはコーポレートカルチャー(Corporate Culture)ですが、このカルチャーというのは、もともと地域に根ざしています。似たような言葉に「文明」がありますが、この文明というのは、大きな視野で人類の発展を見ますが、「文化」はローカルなものです。岩手県の文化と沖縄県の文化が違うように、ホンダの文化といすゞの文化も違います。同じいすゞでも、川崎工場の文化と藤沢工場の文化とは違います。これは全部ローカルに根ざしているからです。カルチャーの派生語にカルチベート(Cultivate)という耕すという意味の言葉がありますが、文化は長い時間をかけて耕して歴史や伝統の中に根付いているものです。ですから人間の体に遺伝子(DNA)という先祖から脈々と流れてきているものがありますが、組織の中にもDNAがあります。このDNAが脈々と伝わってきているわけです。企業文化を変えるためには、カルチベート、つまり“耕す”ことが必要なのです。企業が意思を持って“耕す”ことをしないと、なかなかコーポレートカルチャーというのは、変わっていきません。コーポレートカルチャーというのは農業でいう土壌と同じようなものです。お百姓さんの目標は単位面積で、沢山の良い収穫物をあげることです。そのためには、良い種を蒔き、良い肥料を与え、時には農機具に投資し、良い農作方法を用いながら行います。また良い天候に恵まれ、よく養生すれば良い作物ができますが、一番大事なのは良い土壌を作ることにあります。良い土壌にはエネルギーがあります。そこに良い種を蒔き良い肥料をやって養生すれば良い作物ができる。だから企業にも土壌があるということなんです。この土壌というのは、なかなか変わりにくいものです。いすゞ自動車の土壌は、5〜6年前の大赤字のときは荒れていました。恥ずかしい話ですが、いすゞ自動車の社員は、経営を信用していませんでした。現場の人はスタッフを信用していませんでした。一番悪いときは、お互いが相互不信に陥っていたと思います。これは全く悪循環でした。組織の土壌がいいということは、まず経営を信用する。一緒にやっていけると実感を持つこと。そして、お互い部門が違っても、皆んな同じ会社の目的へ向けてお互いに力を合わせていき、お互いにサポートし合うことです。
風土というものは、土壌という言葉に置き換えられますが、この風土の本質を押さえることが大事で、この本質を間違えてしまうと、風土改革はできません。「風土」の本質は、「その組織を構成する役員・社員一人ひとりの意識・行動の集合体である」ということだと思います。ですから風土改革のためには、一人ひとりの意識を変えていくことしか方法がなく短期間の促成栽培ではできないということが言えます。いすゞ自動車の場合10年がかりで取り組んでいまが、DNAの遺伝子を環境の変化に対応させ、良性細胞に変えていく活動ですから時間がかかります。
企業風土は外圧によって変わるということもあります。たこ壷の外の急激な変化に気づいて、少し遅れて変化していきます。あるいは外圧を受ける前に自分の意思で先取りしながら変革に手を打つ方法もあります。いすゞ自動車は5〜6年前に創業以来の大赤字という危機に見舞われ「これは大変だ」ということで風土改革に取り組んだのです。いすゞは一種の外圧によって変わらざるをえなくなったのです。JR西日本では時代の変化を読み込んだ先手の風土改革をしてほしいと願っております。

(2)風土改革の目的

 次に風土改革を行う目的です。会社では、何事をやる場合でも、必ず目的がありますが、これを明確にしておき、その目的が共感できるものであることが大事です。いすゞの風土改革の目的は現場での対話を経て社員が共感できるものを作りました。結局「一人ひとりの能力を最大限に発揮できる職場を自分たちでつくる」ということにしています。これは、人間の幸せとは何かということなんです。人間は誰でもがこの世に生まれてきて、幸せな一生を送りたいと思っているはずです。例えば、健康でありたい、家族と仲良く暮らすなどいろいろな幸せの考え方があります。ひとつ言えることは自分が親からもらった能力・才能はそれぞれ違い、得意な分野もあれば不得意な分野もあるはずです。一人ひとりが自分の個性、能力、才能を十分に活かし切って、人生を全うするというのが幸せなことではないかと思います。ところが、大脳生理学の本などを読んでみると、人間はせっかく持っている潜在能力の 20%から 30%ぐらいしか使わないで、後は未活用のままで終わるのが殆どだそうです。人間というのは、もっともっと才能があるのに、環境によってその才能が開花するかしないかが決まっている。折角皆んなが集合し組織を作って何かのために活動しているのですから、その組織をうまく使い、自分の夢を実現して、能力を最大限に使い切り社会の進歩に貢献するという人生観が大切ではないかと思います。そういうことを私たちは現場の人と語り合うのです。そうすると現場の人たちが「そうなんだよな、私もそう思っているんだよな」という声が出てきて、皆んなの意識も少しづつ変わってきます。ここでの大事なポイントは、能力を発揮できる職場を自分たちでつくる、この自分たちという所に重要な意味があります。風土が悪いという時にいつか経営者が風土を良くしてくれるのではないか。うちの部長がいつかは良くしてくれるんじゃないか。などと思っているとだんだん年を取り、そのうちに退職になってしまう。「自分たちが自分たちの能力を発揮できる職場というものを、自分たちで作ろう」、そういう意味では、私たちの改革はミクロの改革で、現実的なものです。
大きな組織というのは、例えばJR西日本は50,000人の組織、いすゞ自動車は16,000人の組織ですが、それが一夜にして変わり変化が怒涛のごとく押し寄せてくるということは決してありません。特にここにいらっしゃるような経営幹部の方々が意思を持って自分の職場を変える。自分のところの課長や現場長が、自分の職場を変える。この連鎖波動が広がっていくことが、会社全体の風土を変えていく大きな原動力となるわけです。また「自分のために、自分たちの職場を変える」。このような考え方を経営者が認めていくということも成功の鍵になります。
今の若い人たちを巻き込んでいくためには「会社のためにやろう」ではなく「自分のためにやろう」「何のために会社に入ってきたんだ」と動機づけることが大事です。マズローの5段階欲求説にある「自己実現」というのがありますが、自分の人生を社会のために役立てたいという考えを持った人たちがいます。つまり「自己実現を社会実現に転換させる変速機が組織だ」という考え方もあるので、JR西日本やいすゞ自動車という組織、つまり公器を使って社会の進歩のために、皆んなの力を合わせて行動するという考え方を大切にしたいと思います

5.過去行なった改革からの教訓

いすゞ自動車の改革ですが、過去にいすゞ自動車では、いろいろな改革活動をやってきました。市販の体質改善に効く薬はほとんど買って飲んだということです。それで、本当に薬を飲んで効いたのかと言えば、いくらかは効いたいうことになるのだろうと思います。しかし、あまり効果があったという実感が湧きません。なぜなら、あんな大赤字を出し、しかもこのために膨大なエネルギーを割いたことも事実で、一体これが何だったんだろうという想いが、いすゞの社員にはあるのです。これらの体質改革活動には共通した特長を上げることができます。この一つには「全社一斉に展開する」という特長があります。とにかく、「トップが決めたことだし、トップの方針なんだから」と、いすゞの社員は全員がやらなければならない。でもいすゞ自動車の中だけでやっていればまだいいのですが、関連企業にまでやらせるんです。うちの協力企業や販売会社にまでやれということになって、協力企業や販売会社の改革推進部などというものを、いすゞ本社で作ってしまうわけです。それで、合理化しようなんて言って。合理化というのは、自分の会社の不合理を他人に押し付けるのが合理化なんでしようけれども、そういうことを平気でやるわけですね。それで推進体制を作る場合は、推進本部長や推進担当常務などが任命され、推進室長というポストが必ずできます。プレッンャーをかけて「やらせ」で進めますと、現場の人は賢こく、キチッとつじつま合わせで対応するんですね。これは本能的に身につけている勤め人の知恵です。つまりライン側の「やったふり」です。ご本社の方に迷惑をかけないように、本当に巧く顔を立てるようにやります。そして推進する側は、巧くラインがやってくれるものですから情報も入らないこともあり「やったつもり」になっている。実は「やったふり」と「やったつもり」がうまく会社の中でバランスが取れていて、実質はほとんど変化することはありません。社長には、改革担当の専務や常務が「うまくいっています。変わっています」と部下の報告を鵜呑みにして報告しているわけです。このように経営幹部がつじつま合せで対応することによって社長がドンドン裸の王様になっていく姿を私は見てきました。こんな馬鹿ばかしいことはいすゞ自動車だけのことかと思っていたのですが、どこの会社でも結構似たようなことがある、これはいすゞ自動車だけの問題ではないと最近、思うようになりました。(続く)



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