穏やかで優しい人間の心を育てる。
 掃除の行きつくところもそこにある。

全国に広がる掃除に学ぶ会

鍵山さんといえば「お掃除の人」として有名ですが、なぜ掃除をするようになったのか、そのきっかけからお伺いしたいのですが。

鍵山 私は昭和28年に疎開先から一人で東京へ出てきまして、ある自動車関係の会社に勤めました。当時、自動車関係の仕事の人たちというのは、態度も言葉遣いも荒く、私には耐え難い位でした。朝6時から始まり、夜も12時を過ぎないと終わらせてくれない厳しい仕事でしたが、仕事の辛さよりも先輩たちの態度のほうが私には辛かったのです。そこで周囲の人たちの心を少しでも穏やかにしたい、和らげたいということから、お掃除を始めたのです。環境をきれいにすれば、少しは人間が穏やかになるのではないかと思いましてね。

効果はありましたでしょうか。

鍵山 最初はなかなか理解してもらえなかったですね。「今度入ってきたヤツは生意気なヤツだ。何もできないくせに掃除ばっかりして、社長のご機嫌を取ろうとしている」と散々いじめられた。でも、4年目位からはっきりと効果が出てきたことがわかるようになりました。

いま鍵山さんの掃除哲学への信奉者が増え、全国で「掃除に学ぶ会」が結成されつつあると聞きましたが。

鍵山 現在、41都道府県に「掃除に学ぶ会」が結成されています。私は、その横断組織ともいえる「日本を美しくする会」の会長ということになっているのですが、昨年12月11日も「日本を美しくする会」と「広島掃除に学ぶ会」が広島県警と連携し、暴走族らの少年少女たち26人と一緒になって、公園のトイレ掃除を行ってきました。最初、少年少女たちも「だましやがったな」「こんな話聞いてねえよ」と怒ってましたが、私たちが黙々と掃除する姿につられて掃除を始めました。それも本当に一生懸命にやってくれたのです。彼らの一人がポロッと「こんな大人もいるんだな」と洩らしていたそうですが、それを聞いて私が感じたのは「少年少女たちの根底にあるのは大人への不信感。それが暴走という行為につながっている」ということです。心しなければならないと反省させられました。

掃除もまた人づくりの行動ですね。

鍵山 8月には「日本を美しくする会」「掃除に学ぶ会」の全国大会が東京新宿の京王プラザホテルで開かれます。

昭和28年以来といえば、実に47年間にわたり掃除一筋の道を歩いてこられたといえますが、途中いやになったこともあるかと思いますが。

鍵山 何度もあります。掃除をしたからといって売り上げが上がるわけでなく、それは迷いましたよ。ただ迷う度に考えました。「他に何かいい方法があるのかと」。あれば私もそっちへ行ったと思います。しかし、私のような何の取り柄もない男がやれるのは掃除ぐらいしかなかった。なければ結果が出る出ないにしろ、これをやり続けるしかない。ある程度までやり続けますと、今度は止めるのが惜しくなる。長年努力を積んできているわけですから、結果が出る出ないは別にして、自分が過去にしてきた努力は簡単に無にできるような努力ではないはずだと。また、長年続けてこられたのは工夫をしてきたことですね。もっと使いやすい箒はないか、どうすれば便器の汚れが簡単に取れるかなど、工夫をする。それが長続きさせる秘訣ですね。

社会に迷惑をかけない会社

鍵山さんは社是や社訓を掲げたり、社員に唱和させたりすることがあまりお好きではないとか。

鍵山 毎朝、立派な経営理念や社訓を唱和させている会社がありますが、では会社がその通りになっているかといえば、全然そうなっていない。むしろ掲げている理念とは違うことをやっている会社の方が多い。私は立派な理念を掲げるよりも、毎日の仕事、社員の生活を通しての行いが、社会の規範やルールに反しない、社会に迷惑をかけない、ということの方が大事だし、またそういうことに気をつけて仕事をやってきたわけです。社会には規則にはなってないが、やってはならないことがたくさんあります。立派な経営理念を守るよりも、社会のルール、規範を自然に守れる人間、社員であって欲しいというのが私の願いです。

毎日の新聞を見てもわかるように、一流企業の社員が贈収賄だ、談合だ、データの改ざんだというように、理念とは裏腹の行為をしている例は枚挙にいとまがないですね。

鍵山 社会のルールに反しなければ事業が成立しないのであれば、そんな会社はないほうがいい。私は自分の子供にしても、有名大学を出てエリートになって欲しいとは思っていません。その社会のルールに反したような生き方はしてもらいたくない、ただそれだけですね。有能であって人に迷惑をかけるくらいなら、無能で人に迷惑をかけない人になって欲しい。これが私の基本的な考え方です。当社の駐車場を見ていただければわかりますが、車はすべて前を向けて駐車場に入っている。尻を前に向けて止まっている車はありません。当社では、きちんと駐車できないほど急がなければならないような仕事はしていないはずだし、きちんと止めるのにかかる時間はせいぜい1分か2分。それさえも削らなければならないほど社員を急がせているとすれば、それはその会社の経営方針が悪い。また、会社を出る時、汚れたままで出ていく車はありません。必ず朝きちんと洗って、それから出ていくようにしている。私は売り上げを上げる、儲けるといったことよりも、そういうことにすべてのエネルギーを費やしてきた人間なのです。

イエローハットの車はいつでもピカピカに光っていることで有名ですが、お掃除にしろ毎朝の洗車にしろ、鍵山さんは率先垂範でやってこられた。それが人づくりになっていると思うのですが。

鍵山 長いことやっていれば社風や社員が変わってくることは確かです。しかし、自分が払っている努力に対しての効果は遅い。だから皆何でも途中で止めちゃうわけです。8年ほど前のことですが、私は森信三さんのこんな言葉に出合いました。「教育とは流水に文字を書くようなはかない業である。だがそれを巌壁に刻むような真剣さで取り組まねばならぬ」
もっと早くこの言葉を知っていたら、私は迷わなかったかもしれません。ただそれを知ったのは最近のことですが、自分がやってきたのはこのことだ、森信三さんの言ったことを、私は本当に身をもってやってきたのだと思いました。

鍵山さんは本社を大田区北千束に移されて以来、毎朝、本社周辺のお掃除を続けていらしゃるそうですが、掃除や洗車を続けられていて、周囲の人たちが変わってきた、という手ごたえを感じたのは、どういう時でしょうか。

鍵山 例えば私がやれともいわないのに、黙って出てきて一緒に車を洗ってくれたり、お掃除をしてくれたりする。普通だったら何でもないことなのですが、私には天地がひっくり返るほどうれしい。それによって私は励まされる。そういうことを通じて私が学んだのは、「自らに厳しい人ほど人に優しくなれる」ということです。そして厳しいことをやってきた人ほど小さな喜びを大きく感ずるということですね。

弱者が苦しまない会社

昨今、経済界はリストラばやりで失業者が巷にあふれています。マスコミはサラリーマンを勝ち組、負け組に色分けし危機感を煽っていますが、鍵山さんの経営は社内に負け組、勝ち組をつくらない経営だとか。

鍵山 負け組をつくらないというと、だれしもが和気あいあいの仲良しクラブと思われがちですが、決してそういうことではないのです。私は弱者が苦しむ組織にはしたくないということで、健全な身体をもっているのに横着であることは許しません。よくパートの人たちが倉庫の隅で、ダンボールに腰を下ろして昼食を食べている光景を目にすることがありますが、そういう組織にはしたくないということです。

社員の能力評価はどうしているんですか。

鍵山 よその会社のように、その人の上げた売上高、利益額といった数字で評価したりすることはありません。その人がいかに誠実に仕事に取り組んでいるか、誠実にお客様に奉仕しているか、そういったメンタルなものを主たる評価基準にしています。

この競争の激しい時代に、そのような評価基準で時代から取り残されるという危機感はないんでしょうか。

鍵山 迷いがないといったらウソになります。いまは、そういうメンタルなものが否定されている時代ですから。いまの時代に、そういう経営のやり方を通していくということは冒険でもあるわけです。ただ、こればかりは結果が出てみなければわかりません。いつの時代も異端な生き方は、人から理解されるようになるのには時間がかかります。私がやってきた掃除は、いま学校関係者のなかでその重要性が理解され、教育活動の一環に取り上げるところが増えてきましたし、地方自治体などでも注目するようになりましたが、社会に認知されるようになるまで30年かかっています。それもやっと理解され始めたというところです。それほど時間がかかるものです。私どものメンタルな、感性を重視する人事制度、経営がこの時代風潮のなかで果たして通用するのかどうか証明はできません。しかし、私はいろいろなことを通じて、社会のいろいろな出来事を通じて、このやり方が決して間違っていないという確信をもっています。この時代の流れのなかで社会がドンドン長くなっているというのなら、私も合理性、効率性を重視した経営、人事評価を採用します。しかし、世の中はますます悪くなっているように思います。

過ぎた効率主義の危険性

確かに、犯罪が増え、人々の心は、荒んできているように感じますね。これがすべて企業の責任とは言いませんが、行き過ぎた効率主義や能力主義、企業エゴが世の中に悪影響を与えているとは言えませんでしょうか。

鍵山 人々の荒んだ心、それが犯罪を多発させ、社会的コストを増大させていることは確かです。企業はリストラをして100億円、200億円の合理化を成し遂げたかもしれない。しかし、それはそれ以上、いやその何倍もの社会的コストを増大させているかもしれません。企業はそれを知るべきですね。社会的コストはなかなか計算ができません。それだけになかなか気がつかないのですが、社会全体のコストを下げるような生き方をしなければいけないと思います。そのためには何といっても、穏やかで優しい人間の心を育てることが一番大事だと私は思うんです。私の掃除もそこに行きつくわけです。私どもの会社では、弁当を取れば残ったものはゴミとしてきれいに分別し、容器は洗って返す。「なんでそんなことまでするんですか」という人もおりますが、これすべて人格づくりと思っているんです。社員に人格、人柄が下劣になるようなことはしてもらいたくないし、またさせたくないからです。

売り上げ、利益を上げることも大事でしょうが、企業はその人間の人生の大半を預かるわけですから、人間を育てるということにもっと留意してもいいでしょうね。

鍵山 企業の効率主義は決して悪いことではありません。しかし、度の過ぎた効率主義はその企業を社会悪へと走らせます。企業の経営者が度の過ぎたことを社員に要求し始めると、その社員はとんでもないことを始めるわけです。

失った心を求めて

いま、時代は大きな転換期だと思うのですが、この時代に鍵山さんの求める人材像を聞かせてください。

鍵山 人それぞれによって人を見る基準は違うでしょうね。世間一般では、一流大学を出た人がエリートとしてもてはやされていますが、私は全くそういうものに価値を認めません。いい習慣をどれだけもっているか、それがわたしの一つの価値基準です。もう一つは、言っていることとやっていることがどれだけ一致しているか、ということですね。一流大学を出た政治家と新幹線で乗り合わせたことがありますが、彼らは向かい合わせに椅子を倒し、飲み食いをした後、椅子を元に戻すわけでなく、後片付けもせずに降りていった。こんな人間はどんなに有名でも、地位が高くとも、人間としての評価はできませんね。世の中を良くしたいのであれば、人のものまで持って降りるくらいの気持ちが欲しいと思います。

昨今、日本人のマナーの悪さが目立つことは確かですね。豊かさを手に入れたが、人間としての大事なもの、心を失ってしまったのでしょうか。

鍵山 終戦後、私たちはいろいろなことを望みました。ご飯をお腹一杯食べたい、一日一個の卵を食べたい、毎日牛乳を一本飲みたいとか。あの当時望んだもので、かなえられなかったものは何もない。望んだものはすべて手に入った。しかし、豊かさを手に入れる一方で、私たちは人に対する思いやり、公徳心…といったものを失ってきてしまいました。比重としては失ったものの方が重かったかもしれないですね。豊かさを手に入れたのだから、もう一方の暖かな心を失わなければ、私たちは本当の幸せを手に入れることができたわけです。私がやっている「日本を美しくする会」は、一方を維持しながら、もう一方を復活させようというものであるわけです。

お掃除を通じて人間の心を取り戻す、素晴らしい試みだと思います。頑張ってください。ありがとうございました。(宮本淳夫)

鍵山秀三郎(かぎやまひでさぶろう)氏1933年東京生まれ。1952年疎開先の岐阜県立東農高校卒業。単身東京に出てデトロイト商会に入社。61年に同社を退社し、ローヤルを創業。97年社名をイエローハットに変更。翌98年に同社相談役となり、現在に至る。「日本を美しくする会」会長。映画「てんびんの詩」の制作者でもある。

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