1998年6月、神鋼ヒューマンクリエイト発行「CREO」に掲載

「定年」はゴールではなく、スタートである

〜人生をよりイキイキと生きる秘訣〜

金井壽宏氏 (神戸大学経営学部教授)

北村三郎氏 (有限会社人と情報の研究所代表取締役社長)
        (株式会社コア代表取締役副社長)



いすゞ自動車株式会社在任中は組織風土改革の狼煙(のろし)をあげて成功させ、定年後は有限会社人と情報の研究所と株式会社コアを設立し、ますますパワフルにご活躍されている北村三郎氏。
いっぽう、ずば抜けた好奇心と溢れるばかりの情熱を秘め、経営学者の枠を越えて多方面で研究活効を展開されている金井壽宏氏。
このお二人に、企業人が人生をより楽しく生きるために、率直な意見を交換していただいた。

☆ 定年」は、競馬でいう第四コーナーを回ったにすぎない

金井:これはよく言われる言葉ですが、大学の場合、卒業とは学生にはふた通りの感じ方があるんですね。

「卒業はさよならでなくて始まりだ」という気持ちになる人と、「卒業は人生の葬式だ」と思う人がいる。

ましてや会社の「定年」の場合は、「これからか始まりだ」と考える人と「これで何かか終わったんだ」と思う人では、ずいぶん変わってくると思うんですね。

まず、北村さんご自身の体験から、「終わりが始まりにならない人」ヘアドバイスをお願いしたいのですが。

北村:私の人生でいうと、今になって思い出せば、不良少年時代だとかいろいろあったけれども、それぞれの時代とも、それなりによかった。

だけど、やはり確信をもって言えるのは「今が一番よい」。なぜかというと、人のお役に立っている実感があるからです。そこには過去のさまざまな経験が生きている。

競馬でも第四コーナーから後が一番大事ですよね。その直線距離で勝負が決まる。サラリーマンのなかには定年がゴールだ、と思っている人が大勢いるけれども、定年は単に第四コーナーを回ったにすぎない。そして最終ゴールは、やはり死ぬ時だと思う。

だから、この第四コーナーからゴールまでをどう走るのか、その走り方が重要だ。この走り方は、今までの過去の経験を全部生かして開花させて、今までお世話になった分をお返しすることが、人間の第四コーナーでの生き方だと思う。

でも、それは急にできないんですね。第三コーナーを回ったあたり、普通は四十歳から四十五歳だと思うんだけれど、そのぐらいから第四コーナーをゴールと考えずに、あくまで通過点と見て、第三コーナーから第四コーナーでやるべき仕事をしっかりやってこないとね。もちろん自分の生活も含めて,..。

私は見本としてはいいと思っていますよ。だってサラリーマンで、役員になったわけでもないし、出世したわけでもない。だけど自分のサラリーマン生活にまったく悔いはないし、まさに今、第四コーナーを回って、人のお役に立てて楽しいし、充実している。

これは考え方、意識を変革すれは、誰にもできることだと思う。

☆ サラリーマン最後の仕事は「風土改革」

金井:北村さんにとって、先ほどおっしゃった第三コーナーとは、実際にはいつ頃だったのでしょうか?

北村:私のはちょっと遅いんですね。本当は、第三コーナーは四十歳ぐらいがいいと思うけど、私はその頃、将来のことなどに何も手を打てなかった。ただがむしゃらに会社人間としてやっていたわけです。

ところが、五十歳を過ぎてはじめて「このままでいけば、あっという間に定年を迎えてしまう。それこそ定年後は何もなくなってしまう」と思った。それに、ただ会社の仕事を、しかも言われたことだけをやっていて、本当にいいのだろうか、という疑問もあった。

そこで、会社にはリフレッシュ休暇制度があったので、一カ月間会社を休んで、中学・高校・大字の同級生を合計六六人、一人ひとりの職場を訪ねたわけです。

そのとき、私は「いすゞ自動車」という会社のなかは「たこ壷」だなあと思ったんです。世の中はものすごく変化していると思った。

あの頃、会社の業績も風土もドンドン悪くなっている状況だった。私の最後に残せる仕事は何かとさんざん考えました。そして私が教育課長のときに、一回挑戦して挫折していた風土改革だ、と思ったわけです。

そして、あらゆる手段を使って風土改革を実施しました。別に六十歳以降のことを考えていたわけでなく、ただその瞬間にベストを尽くしただけだった。そうしているうちに、いすゞの風土も少しずつ変って、会社の業績もよくなってきた。

そうしたらいろんな人から、講演をやってくれという話が飛び込んできた。どうやら、私のやっていたことが世の中で結構役に立ちそうだ、と思えるようになってきた。

また会社も、風土改革を続けたいという考えもあって、風土改革に携わった人たちが中心となってコンサルタント会社をつくってくれないか、という話になった。それで、会社が資本の三十%を出資して、新しい会社を設立することになったわけです。

そういう意味では、非常に偶然性が今の状況をもたらしてはいるんだけれども,.,。

金井:バーニス・ノイガーテンという生涯発達の心理学者が「中年の特徴は自然に死ぬ時点から逆算できることだ」と言っているんですね。

その話を勘違いする人は「暗い話だな」と思うんですが、そうではなくて、生き方だとか仕事について逆算できるのは、実はすばらしいことなんですね。

仕事でよい実績を上げようと思ったら、五年、十年かかることがある。だから一生を通じて最後のところから逆算して本当にやりたいことを考え、いつにするかを決めることができるというのは、すごくポジティブだと思う。

北村:そうです。だから「五年ひと仕事」というけれど、サラリーマンの実感としてはなかなか難しい。

特に四十歳以前は、個人は組織のなかにほとんど埋没していて、あちこちに異動させられ、そこに適応しながら仕事を覚えている頃なんですね。まあ、上から指示された仕事をこなすのに精一杯というのが、その年代のサラリーマンの実感だと思います。

だから、いろんなことを経験してみたらいいと思う。そのなかで世の中の仕組みがある程度わかってくるので、「自分が一番やりたいこと」も見つかるんではないかと思う。

その後は、チャンスを自分で掴むしかない。あるいは、チャンスを創るものだと思う。

☆ 本当にやりたい仕事を探す

金井:北村さんは、普通より第三コーナーが遅かったとおっしゃいましたが、第三コーナーや第四コーナーを視点に入れることに全然気がつかないまま疾走しきっちゃって、終わってしまうケースもありますよれ。

ですから、北村さんの世代で、しかも伝統のある大企業に勤めた人で、そもそも本当にやりたいことがなかった人が、わりあい多い気もするんですが。

北村:そうですね。それは、右肩上がりの時代は、やはり上から言われたことをきちんとこなすことが最高の価値だったでしょう。だから、会社のなかで身を粉にして働くのが、一番組織に貢献をしたことになっていたわけですよ。

自分のテーマを実現した人はすこく少ないのではないかな、というのが実感です。

金井:これは大変難しいことだと思うけれども、意味のあるキャリアを歩もうと思ったときに、「本当は何をやりたいか」、「いったい何が得意なのか」、それに「社会への役立ち感」がないと、やつぱり持続しないと思うんですよ。

この三つの問いにしっかりとした答えができるのは、二十代の学生には難しいし、十年勤めた人にも難しい。人によっては五十歳になっても「本当にやりたいことって何ですか」と聞かれたら、これは難しいと思うんですよね。

「何が得意か」は、人からのフィードバックがあるから分かりますね。「何がやりたいか」は本当に自分で探さなけれは、見つからない。やはり四十歳までは、できるかぎりいろんな経験をするというのが、少なくとも「何をやりたいか」を探すレパートリーの範囲を広げることになりますね。

北村:そうですね。自分が「本当にやりたいこと」は、そういう経験のなかからわかるのではないかと思うんですね。

学生が何を自分が本当に好きでやりたいことかを職業として見つけるのはちょっと難しい。サラリーマンはね、一部を除いて、あまり自分がやりたいことがないから大企業とかに勤めるんだと思うんですよ。また、どんな職場に配属されるのかも、非常に偶然性に左右されている。

私の場合、上司の言うことを聞かなかったので、異動させられたこともあったけれど、偶然性のなから「やりたい」ものが見つかると思う。過去のキャリアを活かさないのは無駄でしよう。すべて天から与えられたものだと思いますね。

金井:会社に入って何回か人事異動がある。異動するたびに新たな経験から教訓を得ることができるかどうかで大きく分かれますね。

つまり、一見いやな経験だとか辛い経験すらも教訓にする人と、相当良質な経験をしていてもそこから教訓を得ない人とでは、雲泥の差になりますね。

北村:そう思いますね。私も過去の経験のなかには、非常に無駄になったと思う時期があったんです。つまり、自分があまり好きでない職場があったり、上司が嫌で相性が悪かったり。ところが、今振り返ってみると、すべて私の成長に役立っているのを実感しています。

☆ 『Don't look back』も四十歳まで

金井:ホブディランというアメリカのロック歌手のビデオで、『Don't look back』というタイトルのビデオがあります。

若いときは、どんどん革命するから振り返らないほうがよい、というわけです。

実はキャリアには、計画的な要素が多くないので、振り返ってみると、それにしっかり意味付けができるのです。「今後はやつぱりこれがやりたいんだ」とか「こういうところに意義とか社会への役立ち感があるんだ」とか、振り返らないと見えないものがかなりたくさんありますね。四十歳を過ぎても、行け行けドンドンだけだと心配してしまいますが…。

北村:そうですね。最近は「内観法」というものを私の塾でもやります。子供時代の辛い思い出とか楽しい思い出を、自分のなかで振り返ってみる。それをやると、自分は今まで生きてきたのは「他人」のおかげだと思うようになる。

親におこられて憎んだこともあったけれども。先生のことも思い出す。また会社の中でも上司だとか仲間だとかいろんな人がいて、いろんな思い出があった。それをみんな忘れてしまって生きている。

私は「サラリーマンの簡便内観法」を勧めているんだけれども、みんなそれで感動するんですね。今まで一人で生きてきたような気になるけれども、そうではない。それがわかつたときに、人に何かをお返ししようという気持ちになると思う。

金井:今のお話を聞いて、一つ思い出したんですけれども、人格の発達やパーソナリティーの研究には、大きく二つのアプローチがある、といわれています。

一つは、パーソナリティーをきちんとした概念として扱って法則を探そうとしてやる方法。一人ひとりの顔が見えなくても、たくさんの人からパーソナリティーの尺度を集めるというアプローチ(法則定立的アプローチ)です。

それに対して、人格の発達はぜったい個別ケースでないとわからないので、ある一人の人を深く理解するアプローチ(個性記述的アプローチ)があります。

そしてパーソナリティ発達の心理学者が、個性記述的に人の生き方を描くときに、着眼する点は三つある。

一つは、人生全体を通じてのテーマ(striving goal)で、先ほどの話のなかでの第四コーナーを越えても「これがほんとうにやりたいことだ」というような、人生全体の大きな目標です。

二つ目は、人生課題(life task)。はじめて就職するとか、結婚するとか、親が亡くなるとか、退職するとかですね。普通の人生を歩んでいるかぎり、必ず節目があり、その節目をくぐることで、何かを学ぶということ。

最後は、前の二つに比べると一番軽くて、個人的な思いつきで始まるプロジェクト(personal project)です。たとえば、四五歳になって「この際、ちゃんとインターネトを使えるようになろう」なども、パーソナル.プロジェクトです。

パーソナル.プロジェクトは、その人の発想とか行動のレパートリーを広げるし、いつでも始められる。

人生課題は誰もがくぐるけれども、それぞれに重みをもって、越える節目での教訓になる。でも一番おろそかにされるのは、(striving goal)だと思うんです。

北村:やはり人生って土台があって、一歩一歩積み重ねていくものですからね。

「人生劇場」ということでいえば、生まれたときに幕が開き、そして死ぬときには幕が下りるものであれば、誰の人生劇場でもテーマがある。だから、私は「風土や人の心の問題」をテーマにしてやっていきたいんですね。

☆ コンサルテイング会社「コア」のコンセプトは「人と情報と技術」

金井:「コア」という会社は、「いすゞ」さんが一〇〇%でなく三十%の出資なのは、やはり本気で始めたいという人々の集まりだ、と思うんですね。この会社で何をやっていかれるのか、あるいは何を伝えたいのかなどを含め、モットーや抱負をお聞かせいただけますか。

北村:「コア」は、いすゞ自動車と社員が出資してつくったコンサルティング会社です。大きな組織では六十歳で定年になる。先ほどの考え方で、定年は第四コーナーを回ったにすぎないとすれは、経験豊富な人が六十歳でどんどん機械的に辞めていくのは、もったいないと思う。特に機械的にという点がね。

できれば、六十歳を過ぎても、頭が柔らかく何かプロフェショナリティをもって、「お役に立っている」人材であれば、「コア」に来ていただいたらいいと思う。プロフェシヨナル集団としてやっていきましょうというわけです。

ただし、「コア」に参加したい人は、売り物がなければ駄目です。ただ勤めているから金をくれという人ではなく、自分が外で金を稼げる人でないと。

たとえば、海外にファンがいて、あの人の技術とか技能を教わりたいとか、個人指名をされるような人。スキルの他にやはりその人の人間性というものも同時に鍛えられないと、スキルだけでは駄目なんですよ。やはりものを教える立場の人は、人をその気にさせるだけの力とか、「あの人に教わりたい」という気持ちをもたせないといけないからです。これはすごく難しいことです。

金井:そうですね。では、事業の活動領域を定義すると、どのようになるでしょうか?

北村:「人と情報と技術」ですね。ただ、私はもう少しものごとを大きくとらえているんです。人っていうものはどうしたら気分良く働けるのかとか、マネジメントの本質は何かということを、もう少し全体でとらえたいんですよ。

だから、あまり特定の分野だけではなく、「人間っていうものはいったい何なのか」みたいなとらえ方ができたらと思います。

世の中は絶えず変化しています。それに会社がついていくためには、会社の中にいる個人が変わらなければだめだと思う。会社は機械ではなく、生きもののように変わっていくわけですね。

だから、経営者も変わらなくてはいけないし、社員も変わらなくてはいけない。変わらない細胞は死に絶えていく。当たり前のことなんですが、個人が変わることが必要だということですね。

金井:たしかに組織が変わるといったらメタファーですからね、人が変わらないとだめですね。

☆ 自己変革は「自己開示」と「異体験」から始まる

北村:ところが、意識改革だけでは駄目なんです。行動が変わらないと駄目なんですよ。子どもの場合は、行動から変えるという世界があるけど、大人の場合は意識から変わるのがほとんどですね。

「意識が変わって行動が変わって、習慣が変わって人格が変わって、運命が変わる」といわれるように、最初は意識の変革だと思います。その重要性は大勢の人が知っているけれども、意識の変え方がわからない。私は意識を変えるやり方について研究しているんです。今のところ二つの方法を考えています。

一つは「自己開示」。自分をオープンに物語るということ。人間には良いところも悪いところもいっぱいあるし、情けないところ、みっともない格好の悪いところもたくさんあるわけですよ。そういうことを含めて、丸ごと自己開示して人との関係をつくっていくことがすごく大事なんですね。

こうしてオープンな関係をつくっていくと、人間の連携がすごく強くなる。良い関係をつくらなけれは、協力者も出てこない。良い関係をつくる原点は、自分なんです。「自己開示」をすると、自分の悩みとか苦しみとかがあっても、肩の力が抜けるわけです。

もう一つは「異体験」ですね。サラリーマンというのは猫化するんです。つまり、行動がパターン化しています。だから、その猫道を外すことを意識的にやらないとためでね。

異体験の目的は二つある。一つはいろんな人に出会うこと。
二つ目は新しい景色を見ること。いろんな所に行って、世の中のいろいろな人に出会い、いろいろな景色を見て、潜在意識にインプットするんです。その貯金が多ければ多いほど、意識改革ができるわけです。それがいつも同じタコ壷の中で、皆が苦虫をかみ潰したような顔を毎日突き合わせて生活していたら、いいものは生まれくるわけないですね。

金井:最近の、特に人にまつわる話は、マーケット寄りの話が中心になりすぎていると思うんです。しかし、この会社が好きだとか、この仕事が好きだとか、この仕事を一緒にやっているのが好きなんだ、とかマーケットの対局にある組織の中での愛やエモーションが、忘れられがちです。

そこで、北村さんが「いすゞ」の組織変革をされた際に、組織にしても人にしても、変わっていくことに対する心配とか恐れ、つまり現状が変わってほしくないという気持ちが交錯するのではないかと思いますが、そのあたりはいかがだったでしようか。

北村:人間はほとんど何もわかっていないという感じがするんですよ。自分が住んでいる狭い世界で、いくら勉強したとか経験したとかいっても、ほんのちょっぴりだと思うんですよね。

私は、海外へ行っていろんな人と会うと、こんな世界があったのか、と感動するんですよ。六十歳になった今でも、そうなんです。

だからこそいくつになっても元気なうちは新たなものをどんどん吸収していきたい。

そうすれば自然に古い価値が捨てられていくと思う。意識的に「意識変革」をやらなくても、どんどん異体験をしていけば、新しい価値がふんだんにシャワーのように入ってくる。そうすると、意識の新陳代謝が行われる。

だから変わるのが嫌だなとかいう気持ちに、私はならなかった。そういう生き方をほかの人たちにもしてもらいたいと思う。

でも結局、変化に対する見方も、第四コーナーをゴールと見るか、スタートと見るかの意識につながっているんですね。

☆ 「闘わずして勝つ」ことがわれわれの原理.原則

金井:少しパーソナルなことをお聞きしますが、北村さんはいつもお元気で、落ち込む姿は想像もできないんですが、落ち込まれることはあまりないのでしょうか?

北村:そりやあ、現役のときには落ち込むこともありましたよ。だけど、最近は落ち込むことが少なくなった。さっき「今が一番いい」と言ったのはそこです。

はじめていま、その段階に到達したということです。35年間のサラリーマン人生を卒業、子どもたちは独立したし、家庭のことも一段落した感じです。新しく創った会社に仕事の注文も少しずつ入ってくるようになりました。そういうなかで、売り上げが伸びなくてもあまり気にしないしね。

仕事のことであまり悩むこともない。自分のやれることはこれしかないと思っているから、肩に力が入らない。毎日を気楽に楽しくやっていますよ。

金井:どう考えても、定年後ますます素敵という感じですね。

北村:そう。人間は慢心すると駄目だ、謙虚にならないと駄目だ、がいつも肝にありますからね。だから毎日を感謝して、健康を大事にしてね。やはり明日何があるかわからないと思っているので、毎日毎日を大切に楽しく生きていく。「元気が何より」。

それが最高の幸せなんだから。元気に毎日を過ごして、この状態で何歳までやれるか。お客さんから声がかからなくなったときは、私が老化したということだ。だから絶えず自分を若く変化させて、いつも新しい感覚で仕事をしていきたい。それを自分自身で実行することによって、サラリーマンの応援団になりたい、と思っています。

金井:トム.ピータースが昔から言っていますが、ほんとうに良い会社では、管理職はマネジャーではなくてチアリーダーであったほうがいい、と。そのチアリーダーが落ち込むこともあるから、トップはチアリーダーのチアリーダーをする。トップにチアリーダーはいらない、と。なぜかというと、現場が生き生きしたら、トップは嬉しいはずですから。

北村:「あの人と会ったら元気が出たぞ」という人間になりたい。

金井:今日それをいただいている感じです。私はまだ修行が足りないのは、人の元気印になっている自分が、じつは元気がないことがあるんですよね。風土変革をやっているときに、ミドルが元気がなくなっちゃうと大変だと思うんですよね。

北村:だから、私が「いすゞ」で風土改革をやっていた初期の頃は、すごく闘っていましたね。だから悩むことも多かった。

ところが、今の私のテーマは「右手の法則と左手の原則のバランス経営」という考え方です。

右肩上がりの時代は右手だけで経営をしてきた。それのほうが業績が上がった。時代が変わったのだから左手も使いたい。今後は左手がクローズアップされてきます。企業経営には右手も必要だから、右手と左手が闘わないで改革する方法を模索しています。
行政だとか政治改革だったら闘いがあるけれども、企業の風土改革は同じ目的でやっている集団の中での改革ですからね。そのなかで私のような存在は、左手の代表なんです。左手は新しい価値を持ち込んでくるニュー.ウェーブ。ニュー.ウェーブは常に少数派です。これがオールド.ウェーブの右手と闘わない、という思想をもって欲しい。時代の変わり目にはオールド.ウェーブとニュー.ウェーブが混じり合って融合していくでしょう。21世紀に通用する普遍的な原理.原則でやっていけば、闘わずして勝てると,..。

金井:なるほどね。戦略の一番最たるものですね。本日は、ありがとうございました。

(構成.担当 高砂佳世)

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