東大卒、官僚、市役所勤め。
      “流しの公務員”が行き着く先は?

「こう言っちゃうと怒られちゃうかもしれませんが、仕事と遊びの境界線がないんです」
異色の役人は、こちらが拍子抜けするほど清清しい笑顔の持ち主だ。
山田朝夫。東大法学部を卒業し、自治省(現総務省)へとエリート街道まっしぐら。その霞ヶ関のキャリアが7年前、九州のほぼ真ん中にある人口5000人足らずの町の役場に出向した。旧態依然とした組織に風を入れたいとの想いからだった。
「これまで日本の行政は、国がやることを決め、県が通訳し、全国の市町村が統一規格で町づくりを進めてきました。戦後復興から、豊かさを築く昭和の時代までは、それが効率的なやり方だった。が、今は、自治体それぞれが、自分たちらしいまちづくりを考える時期に来ているんです」
数年前、山田さんは研修先のイギリスで「シティマネージャー」なる“自治体経営のプロ”が活躍する制度を知った。そんな政治的意図のないポストこそ、これからの日本の市町村に必要なのでは…との思いを強くしていた頃に、地元からの誘いを受けて、久住町に飛び込んだ。
「中央」こそ終の住処と、しがみつきたがる官僚が多いなか、総務省から町役場に出向する前例はなかった。
「でもね、日本でシティマネージャーが実現できるか、実験できるチャンスだと思ったんです。実際、小さな町だからこそ、農業から土木まで自分でやって、ディテールまで経験できた。今はもう、どんな球が来ても内野ゴロくらいは打てる。流しの公務員もいけるかな、と」
有機野菜の産地づくり、地域のお祭りのプロデュース…。6年の間に携わったプロジェクトの道程には、土地の慣習や地縁のしがらみ等々、難問が山ほど横たわっていたことだろう。それなのに、山田さんの口から飛び出すのは、苦労談というよりは、難所をひょいひょい渡ってきた冒険談のようだ。
「そうですね。何でも楽しめて、おトクなタチだなあと思うんです」
偏見を持たず、否定的にならず、あくまでもポジティブ。仕事に埋没することなく、暮らしを楽しみながら拾ってきたアイデアが多いことも、山田流のまち起こしの特徴だ。
家族で遊んでいて、これ面白い! みんなもこうやって遊べるようにしたらいい、と閃く。「間違いなく、家族には迷惑をかけている」と恐縮するように笑う一方で、子供たちは自然の中で育ってほしいと強く願っていただけに、田舎に来て、本当に良かったと実感している。
実は山田さん、東京は青山育ち。
「神宮外苑や青山墓地と、意外に自然が多くて、いつも緑の中を駆け回っていたから、昆虫は結構詳しい」と誇らしげに眩く。きっと、少年時代のままの好奇心が、山田さんを突き動かしている原動力に違いない。

"主夫"もまた良し。
流しの公務員のシンプル哲学

そして現在。久住町での手腕を買われて、今年4月から、大分県の臼杵市役所に転じた。高原の農村から、今度は海風が香る城下町へ。ご家族とともに移ったぱかりという新居は、風情溢れる古民家。
「この玄関の丸窓が一目で気に入ったんです。それに入居時の修復で、天保時代の棟札を発見したんですよ。築170年の建物だと判明して、大家さんもそりゃびっくり」
庭をのぞむ客間の床の間には、ダイナミックな生け花が飾られている。「ふふっ。それ僕が活けました。まったくの我流(笑)。和の空間で暮らすのは初めてで、日本の文化や伝統の奥深さを感じるようになりましたね。茶をたて、座禅にも通い始めたんです」。本日の作務衣も、これで納得がいく。興味を覚えると、とことん愉しむ人である。
さて、妻と小学6年の長男、小学2年の長女、4人家族の暮らし。山田さんの、家庭人としての采配ぶりを奥様に探ると、掃除に、夕食の後片づけ、時には料理もこなしてくれると、評価の高さに捻った。「そう、僕は、もしキャリアウーマンと結婚して、奥さんが社会に出たほうがいいなら、主夫になろうと思ってました」とサラリと言ってのける。価値観が交錯する社会で「個」を保ち、両足で確と立つ。それには、肩に余計な力を入れないこと。山田さんの眼差しは、そう語っているようにも見えた。この冒険者は、今後、日本にどんな種を蒔いていくのか。結実まで見てみたい。
           (
別冊LEON「Dig Up!」誕生号 2003年12月20日発行(主婦と生活社)より引用)

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