巻頭インタビュー

変革の成否は、トップが「気骨の人事」を行えるかどうかにかかっている

ミスミ 代表取締役社長 三枝 匡氏

2002年6月、「持たざる経営」「オープンポリシー」「チームアプローチ」など、経営に独自のスタイルを構築してきたミスミの代表取締役社長・CEOに三枝匡氏が就任した。『経営パワーの危機』、『V字回復の経営』(共に日本経済新聞社刊)などの著書でも知られる三枝氏は、企業再生のコンサルタントとして活躍してきた。その経験と情熱を、今後はミスミという組織のなかで発揮したいという。三枝新社長に、企業変革とトップのあり方について伺った。

インタビュアー:人と情報の研究所 代表 北村三郎

「創って、作って、売る」のサイクルをいかに回すかが、鍵

今年6月、三枝さんはミスミの社長に就任されました。これまで経営コンサルタントとして、数々の不振の事業部や子会社の再建支援を手掛けてこられた三枝さんが、ご自身の事務所を閉じ、CEOとしてミスミの経営に情熱のすべてを注ぎ込むことを決意したのは、どのような理由からだったのでしょうか。

三枝 私は、16年間にわたって伝統的な大企業の赤字部門再建に取り組んできたなかで、組織はなるべく小さい方がいいと確信するようになりました。
 事業の原点は、商品やサービスを顧客に買っていただくことです。つまり、開発→生産→販売→顧客の距離を縮め、「創って、作って、売る」のサイクルを競合企業に打ち勝つスピードで行うことができれば、その企業は競争相手を凌駕することができます。「創って、作って、売る」のサイクルをいかに回すかが、企業間競争に勝利する鍵となるのです。
 サイクルを迅速に回すためには、戦略が示され、シンプルなビジネスプロセスを組むことが必要です。しかし、それだけでは足りない。社員のマインドや行動を1つにする必要がある。皆が目的と意味を共有して初めて、行動が合致し、すごいエネルギーが出るからです。組織が、「燃える集団」になるのです。
ただし、戦略とビジネスプロセスを社員の“マインド・行動”に落とし込むには、経験を重視した選び方ではなく、リスクに立ち向かうような人材を抜擢するという「気骨の人事」が行えるかどうかにかかっています。改革の多くが、この一点が不十分なために失敗しています。「わが社には人材がいない」と称して、埋もれている人材を発掘し、抜擢したりということをせず、従来通りの人事を続けるのです。改革では、人事はトップからが鉄則です。気骨の人事を実現できるかどうかは、トップがその改革に本気かどうかの踏み絵になります。
戦略、ビジネスプロセス、マインド・行動、そして気骨の人事。この4つの原動力が企業競争力の源となるわけですが、これらが活性化するためには、組織は小さい方がいいのです。

チームアプローチという独自の経営スタイルを構築しているミスミには、この枠組みがすでにあるというわけですね。

三枝 ええ。スモール イズ ビューティフルを10年前から追求しているユニークな会社に出会って、しかも若い人たちが口々に仕事が面白いと言う。日本企業の活性化のモデルとして、非常に興味深いと思いました。
 私は、いつか経営者になりたいと思う人たち、リスクがあっても面白い生き方をしたい人たちに対して「この指止まれ」と言いたいと思ったのです。

理想的な組織の規模といったものはあるのですか。

三枝 絶対的な基準はありません。ただし、欧米の企業に比べて、明らかに日本企業は肥大化し過ぎています。問題は、経営者がそれに気づいていないことです。「創って、作って、売る」が完結しなければ事業部とはいえないはずなのに、事業部が生産事業部として独立していたりするケースが、日本企業にはものすごく多い。不完全事業部制と呼ばれているのですが、これらはいわゆる機能組織です。仮に営業と生産の間で問題が起こったとしたら、いったいだれが調整するのか。当然、社長ということになるでしょう。
しかし、顧客のニーズが多様化した現代において、調整しなければならない矛盾は毎日のように起きるはず。これを社長1人で意思決定していくなんて不可能ですよ。結局、調整に時間がかかる。これでは、グローバルな企業間競争に勝てるはずがありません。
生産部門だけ、あるいは販売部門だけを事業部にするという発想は、アメリカ企業にはほとんどないと思います。彼らは、企業間競争に勝利するためには、顧客ニーズに迅速に対応することがいかに大事かを理解しているからです。
 もっとも組織効率を考えた場合には、製品ごとに営業部を持つより、販売組織を独立させて、そのなかで全商品を扱った方が、顧客を面でカバーできるというメリットがあります。しかし、それは右肩上がりの成長過程に有効な手法であって、未だにこれを死守しているようでは、意思決定のスピードが、そしてトップの力量が、企業間競争においてどんなに重要であるかを理解していないと言わざる得ません。

企業変革の成否はトップの力量による

変革が求められる時代だからこそ、ミドルの力量が期待されていると思うのですが。

三枝 もちろん、ミドルの活躍は大事です。しかし、戦略、ビジネスプロセス、マインド・行動、そして気骨の人事という企業競争力の源となる4つの原動力全体を活き活きと回すには、強力なトップのリーダーシップこそが必要なのです。
 かつて日本企業の強みは、ボトムアップの組織力にあるといわれていました。しかし、それは誤解で、トップのリーダーシップがさほど問題にされなかったのは、実は右肩上がりの経済成長のおかげに過ぎなかったと言えるのではないでしょうか。また一方で、ボトムアップが日本企業の強みだと信じていたがために、トップのリーダーシップを減じてしまう結果となり、そのつけがいま、日本経済を蝕んでいるのではないでしょうか。
 どんな大きな組織であっても、変革で一番重要なのは、トップ経営者の力量です。ミドル主導で組織変革をしよう動きがありますが、それは抜本的な変革にはつながらないと思います。
成長している会社ほど社内の雰囲気がピリピリし、危機感があります。いい会社ほど外に目が向いているからですね。企業間競争に勝利するという目標が提示された際に、社員1人ひとりがそれを自らの目標として認識できるかどうかは、トップの改革に対する思いの強さによるものが多いのです。

そして日本企業はいま、マネジメントの力が落ちていると。

三枝 ええ。私たちは、突発的な事件に対しては瞬発力を発揮して対処できますが、毎日毎日少しずつ、10年20年の単位で進む老化現象に対しては鋭い反応を示すことはできません。人は、惰性に流されながら長い年月をかけて、少しずつ衰退の道をたどるのです。企業もまた同様です。その道のりを私は、「自然死的衰退への緩慢なプロセス」と呼んでいるのですが、残念ながらいま、多くの日本企業がこのプロセスの途上にある。恐ろしいのは、この間に起こることは企業の業績の低下だけでなく、そこで働く人材の劣化だということです。
 自然死的衰退への緩慢なプロセスを経ている会社は、リスクを負って新しいことにチャレンジしようとしません。リスクを負うというのは、失敗したら自分がそこに居られなくなるかもしれないとひやひやしながら意思決定をすることです。いわゆる修羅場の経験を重ねるなかで人は経営的な力量を積み、人材として優秀になっていくわけですから、これは極めて憂慮すべき問題なのです。
日本企業の多くが自然死的衰退への緩慢なプロセスにあるとしたら、人材の劣化がマスレベルで進んでいるということになります。日本で、いまひとつベンチャーが育たないのは、実は経営的な力量を積んだ人材が育成されていないからだと思うのです。

“自己創造的修羅場”で自らを鍛える

経営者マインドを育成する最良の方法は、現場での修羅場体験だというわけですね。

三枝 修羅場の教育効果、あるいは現場で体験する緊張の連続は、通常であれば10年かけても身につけることは難しい経営的見識を、一気に体得させてくれます。
 もっとも、人は勝手に育ってはくれません。事業家としての知識やスキルを持ったうえで、現場での修羅場体験を通じて人は育ってくるものであって、何をしたらいいのかよくわからないままに場を与えられたとしても、その人は何も得ることはできません。
私に経営のバトンを渡してくれた田口弘相談役は、ご自身の反省として経営者教育の必要性を私に託されました。私も、いまミスミに必要なのは、強烈な経営者教育だと考えています。幸いなことに、社員もこれに期待してくれているようです。

具体的にはどのようなことをお考えですか。

三枝 時期は明言できませんが、ミスミでビジネススクールを立ち上げようと思っています。大企業向けの経営スクールではなく、ミスミ版、つまりベンチャー企業的なアプローチを徹底していきたいと考えています。

大企業では、ベンチャー企業的なアプローチは難しいのでしょうか。

三枝 伝統的日本企業ではドラスチックな人事は到底容認できないという会社がまだ多いのです。私が以前経験した企業改革でも、「気骨の人事」を断行しようとしたところ、人事部から「人事を壟断している」と言われたことがあります。「横暴、専横をきわめている」という孟子の例え話に由来する壟断という古臭い言葉で、人事部が「気骨の人事」を阻止しようとしたわけです。大企業の持つ価値観や風土が、ベンチャー企業的なアプローチを嫌うと言うべきかもしれません。
 しかし、前述したように規模の大小に絶対的な基準はありません。
 経営とは、つまるところトップ経営者の「高い志」と「魂の伝授」だと思うのです。高い志があれば、どのような場にいても経営者マインドを学ぶことはできます。プロフェッショナルは、個人の突出に他ならならない。つまり、経営的力量を上げたいと考えるなら、リスクのある仕事に手を挙げて“自己創造的修羅場”に挑戦すべきです。

社内の価値観や政治性に捕らわれて汲々とせず、自らを鍛えよということですね。本日はどうもありがとうございました。
                                     (構成:浅久野映子)

●三枝 匡(さえぐさ ただし)
1967年一橋大学経済学部卒業。三井石油化学を経て、ボストン・コンサルティング・グループ勤務。75年スタンフォード大学経営学修士(MBA)取得。30代から経営の実践に転じ、赤字会社再建やベンチャー投資など3社の代表取締役を歴任。86年三枝事務所を設立。
上場会社ないし同等規模の企業を対象に、不振の事業部・子会社の再建支援を行うターンアラウンド・スペシャリストとして活動。2002年6月にミスミ代表取締役社長CEOに就任。主な著書に『経営パワーの危機』『V字回復の経営』『戦略プロフェッショナル』(日本経済新聞社)などがある。

■トップページに戻る■